今、この瞬間を精一杯生きていますか?

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zoom RSS 心の底から愛おしいとそれだけ伝えたい

<<   作成日時 : 2016/09/06 07:29   >>

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 本来、人と人のあいだにはこれしかないのでしょう。

 威張ることも脅かすことも痛めつけることも命を奪うことも何もしたくないのに、されたくないのにそして無理やりさせられたくないのに。どうして人はしたくもされたくもない、させられたくもないことをして傷つけ合い、果ては殺し合うのでしょう。




 生まれたての赤ん坊にこれが出来ない、あれが出来ないと文句を言う親はいません。出来なくて当たり前、ただ顔が痒かったのかもしれないのに、ニコッと微笑んだように見えただけで大騒ぎです。

 それが1歳になり、つかまり立ちから自分で立って歩き始めるころになると、ほかの子どもと比べたりして、次々早くできるようにと待ち望み、いろいろ教え込むようにもなります。本人の意思に任せていたら、保育園や幼稚園や小学校で後れを取るように思えてならないからです。実際、読み書きや計算すら、本当に何もしないで就学すると本当にその遅れを取り戻すのに苦労します。




 このような差異が厳存する限り、人は人とのあいだで愛おしく感じて、互いを思い遣るだけじゃなくなる状況はなくなりません。残念ですが今の世の中のシステムで生きていく中で比較・競争はなくなりません。大人や自分より何かが出来る人に嫉妬し、友だちとは競い合います。怠惰でとか性格もあるでしょうが、自分より何らかの点で劣ると感じる人や心身の都合の悪くて自由に生きられない人たちを馬鹿にして邪魔にしたりもします。




 そんなにのんびりしていたら、人のお荷物になって置いていかれると親は子どもに叱咤激励します。教員もより優秀な上の学校に進学できるように怠けず、勉強させようとします。そこには遊びや余裕や楽しみは忘れられています。赤ん坊の頃無条件にかわいがってくれていた大人の姿は消えてしまったかのようです。




 同じような年恰好や境遇の中で、気の合う人たちを友だちと呼びます。その人たちとのあいだではたぶん愛おしさだけを伝え合うことができます。一緒に暮らしている訳ではないし、親子のような自分の分身みたいなものでもなく、教員のように利害関係もなく、お金の絡んだ仕事をしている訳でもありません。




だだ一緒にいたいからいて、もう無理と感じたら自由に離れられる関係です。誰から強制されたのでもなく、一緒にいると嬉しくて楽しいから、その人がいるところに出かけて行って共に同じ空間で過ごすのです。話をしてもいいし、しなくてもいいしただ一緒にいたいからいるというのが友だちです。嫌なら会わずに自分の家に帰ったらいいだけなのに、引き合うのが友だちなのかもしれません。恋人でもないから好きだとか愛してるとか言わないし、握手やハグはたまにしても、それ以上は特に求めずさらっとした水のような関係で、お互いの均衡が保てたら幸せでしょう。ただ、執着心が出て相手の自由を妨げるようになると二人の世界に入り込む恋愛のようにそこで完結してしまい、さらなる発展はないのかもしれません。




 このような一生涯で何人かしか巡り合えないような理想の友だち以外では、自分が自由なように相手も自由にさせ、ただ愛おしいと言動や心で伝え合えることはなかなか叶いません。

 またそれが各人の今生での学びなのかもしれませんが、人間はすんなり愛おしさを伝え合うことが困難である生き物らしいです。




感謝していること

 難しいですが、今からは、いつまで生きられるかわからないので、私はあなたをとても愛おしく感じていると大好きで尊敬し恩のある周りの人たちに、何らかの方法で一人一人個人的に自分の気持ちを伝えていきます。


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