今、この瞬間を精一杯生きていますか?

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zoom RSS 大人にとっての遊び

<<   作成日時 : 2016/09/06 22:36   >>

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 子どもの遊びと違うところは、自分の人生でしてきたことで嬉しかったこと・楽しかったことほかの人と共有したいことを創造し、何らかの形に表現して残すことかもしれません。誰かと一緒に何かを創ることなのかと最近は感じます。
 
子どもはただその場で遊ぶことそのものに夢中になって、形に残すことやより多くの人たちとシェアすることに思いが及ばないか、それを実現する手段を持たない場合が多いです。でも、大人たちは難なく自分たちの想いを様々な媒体を使って表現・創造していけます。より多くの人たちと感動を分かち合いたいと深く願います。小さな世界だけではなく飛行機でよその国に行き、パソコンで外国語で語り合う経験があるからです。

考古学の国際会議のセッションのお手伝いをしたことを書きましたが、彼らのプレゼンはまさに遊びの延長でした。自分がした研究を映像や音声や文字で生き生きと表現し、それを参加者とともに分かち合うのです。楽しまなくちゃ損という感じです。意地悪な質問もしないし、本当に疑問に感じたりすることを聞き、仕事を褒め称え合います。何年かに一度で会えたことを心から歓び合っていました。お手伝いをしている私もとても刺激になりよろこばしく感じました。

研究は孤独なものであるという人もいますが、共同研究や資料やヒントを与え合うこともできます。行き詰っているとき、何となく元気がないとき、病気だと聞いたときに息抜きに遊ぼうと誘うことだってできます。それをしないと研究自体を止めなくてはならなくなったり、さらなる高みや発見ができにくくなります。遊びがないところにほかの人を幸せにする研究はない気がします。
堅苦しい融通の利かない四角四面の畏まったものばかりの学会の発表のあとはどっと疲れが出て、何をこんなところまで聞きに来たのだろうと感じたこともあります。反対に多少緩さがあっても、心を明るく楽しくしなおかつ有意義な内容の発表に出合うと疲れも飛んでしまいます。

研究に没頭すると周りが見えなくなるいわゆる「おたく」的要素が私にもあると自覚していますが、それは自身の名誉が欲しいというより、何もかも忘れて夢中になる子ども時代にプラスしてその研究をほかの人たちとシャアしたいし、役に立ってほしいし、何らかの明かりになれたらと思うからです。その研究が100年後までもシャアしてもらえたらこんな嬉しいことはありません。

感謝していること
先生が論文のための資料の本を提供してくださいました。とても助かります。

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