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zoom RSS 嫌なことは嫌だと認識し、十分に味わい切る

<<   作成日時 : 2018/06/07 06:49   >>

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 たとえそれまでどんなにお世話になり、色々なことをしてもらっていたとしても、嫌なことをされる縁は来ないとも限りません。それが故意であるか、うっかりであるか、欲や自制心に負けてしまったのかはこちらからは判断が出来かねます。問題は相手がどういう意図でその行為をしたかではないのです。それはその人が背負って行かなければならないことです。

 されて嫌だったこと、それを「認識して、十分に味わい切る」ことが肝要です。

 自分が感じたその嫌だったことは、相手に告げたら「そんなこと」と一笑されてしまう些細なことかもしれません。法を犯しているのでもなく、嫌なことをした本人の内部準拠基準や、倫理道徳観念において、たいしたことでなくても、ほかならぬ私にとっては大切で絶対して欲しくないことなのです。

そこで「そんなこと」といわれても、「やっぱり、嫌だった」ともう一度、気持ちを訴えて、分かってもらえばいいのです。もし、関わる気がなければ、今生では永遠にご縁がないように二度と近づかないか、挨拶程度のアッサリした付き合いに戻ればいいです。

一番大切なのは自分の気持ちに嘘をつかないことです。

「嫌だったことは、ただ、嫌だった」のです。

これを味わい切らないまま、嫌なことをされた人と何でもなかったように関わると、何だか「気持ちが悪い」まま気分がよくない状態が続きます。「疑心暗鬼」が常に付きまとい、また同じことをされるのではないかとどうもスッキリしません。

 人生は一度限りです。どうせなら「嫌だ」「気持ちが悪い」「疑心暗鬼」などという余計な要らないもので、「プチうつ」になる中途半端なことはしたくないものです。もしまだ見込みがあり、何らかの交友関係を保ちたいなら嫌だったのだと訴え、そうでなければ距離を置き関わらないようにしたらいいです。その際、必要なことは「嫌だったんだ」と十分味わい切り、自分の気持ちに嘘をついたり、誤魔化したりしないことです。風呂場や寝床や空いている図書館の仕切りの中で泣き尽しても何でもいいですが、一度は苦しみ悲しみに浸り切ることがないと前に進めないと私は最近になってよく分かりました。

感謝していること
 心や体にいろいろなものをため込むのはよくないと、出すことを教えてもらいます。最近は炭の粉末をシリアルや飲み物に混ぜて小さじ半分ほどを食しています。身体の調子がよくなっているようです。


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