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zoom RSS 騙されちゃいけない!セラピストの全部があなたの幸福を願っているわけじゃない

<<   作成日時 : 2018/07/08 09:18   >>

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 セラピストをしている理由は一つじゃない。

 利養――生活の糧を得るため

 名聞――名誉を得るため

 勝他――他人と比較し自身の能力の優位をよろこぶため

 仕事なので当然時間を区切り、報酬を得るし、何となくよくなった人が増えれば商売繁盛、自分の方がたくさんの患者を治せているという自己満足がある。要するに仕事なのである。何が悪いと言われればそれまでであるが・・・・・・。

 所詮、カウンセリング、セラピーといっても心の表面上のこと、対人関係のノウハウをちょこちょこっと伝えるだけ。傾聴という耳触りのいい言葉で、カタルシスを促しスッキリしたように見せかけるだけのこともある。患者の真の意味での幸福なんて願えない。自分自身も幸せじゃない人間が他人の幸せを願えるわけがないからだ。心の奥底の闇など問題にできるような、能力技術のあるセラピストや論文にお目にかかったことなどない。

 人を迷いから悟りに導く宗教家、心身を直す医師、教育者には仕事と割り切った利養、名聞、勝他だけではない身を削ってでも成し遂げずにはいられない使命のようなものが必要だと私は感じる。




 宗教はセラピーとは全く違う。根本的な心の闇を解決する。そこには利養、名聞、勝他など関係ない。ただひたすら、目の前の人の迷いが覚めることを願うのみ。自身が真の意味の幸福に導かれ、他にも同じように体験してもらうための研鑽の日々を送る。ただ、そういう宗教家に出合うことも本当に稀である。お経やお聖教の中にしか、もしくはもうこの世にいない、生きていない方々の文献からでしか、私自身は出合ったことがない。




 救われたことを慶ぶ人はたまに見かける。それを嘘だとは言わない。そうなんだろうと感じる。しかし、それなら、その慶びを伝える方法を研鑚して、多くの人たちに分けてあげたらいいのにと歯がゆい思いがある。所詮人生50年ないし100年の間のこと、それならくだらない利養、名聞、勝他に終始せず、また煩悩に翻弄されず、利他の精神で生きたらいい。救われた御恩を感じるなら、ただ、報謝の生活をすればそれでいい。生きていても、つまらないことばかりなので、ここは私の居場所ではない気もする。なので一日も早く故郷に還れることを私は願っている。既に死の解決も出来たので、あとわずかの残された命を有効に使って行く所存である。

感謝していること

 今、できることは粛々として、知り得た知識や経験なども文章などに残せるだけ残して、故郷に還ろうと思えることに感謝します


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