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zoom RSS 人の中の「真摯さ」に私も号泣しました

<<   作成日時 : 2012/12/06 12:58   >>

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 本で読んで、大学の講義で聞いてそんなものかなと思っていたことが、私にもスカッとわかりました。
 幼少の頃から、さっさと人間に見切りをつけ、ひたすら御仏に向っていた私ですが、信心を賜ってからは少し周りが見えるようになって来ました。

 そこに見えたものは、嫌だと思って見切っていた、欲や怒りや愚痴の煩悩に塗れた人間の性の悲しさでした。自分の欲を満たすために、他人を欺いたり、蹴落としたり、嘘をついて仲違いさせたり、またもや嫌な思いをするのが嫌で、私は心の扉を慌てて閉めてしまいました。

 それでも、周りから愁嘆の啜り泣きを聞くと、居ても立ってもいられなくて、書くことしか出来ない私はメッセージを送り続けてきました。
 文章の余り上手くない私にはなかなかお役に立てません。気持ちは有り余るほどあるのに、空回りばかりで、本当に申し訳ないことだと感じていました。1人芝居をしているようでむなしさばかりが残りました。書いても書いても反応がなく、数字は増えてもちっともよろこべない時期が長く続きました。

 そんなとき、大学の授業で先生がドラッガーの『マネジメント』とそれを読んだ『もしドラ』の作者の話をしてくれました。
 「今まで、人に失望して1人で仕事などをしてきたけれど、チームで何かをすることはそこにいる人たちの「真摯さ」を見つけること」だと気づかされた」
 この話を聞いた私はそのときは、言葉しかわかりませんでしたが、ドラッガーの本を読んだり、日常や仕事でほかの人のすることをじっくり観察するようになりました。
 そうすると、不思議なことに、家族や同僚の人たちや子どもたちや周りの人たちの思いやり、優しい眼差し、心遣いが以前よりもっともっと感じられるようになって来ました。

 以前と全く変わらない同じ状況の中、人間の世界は、人間であること自体が大きな矛盾(永遠に満たされない欲望を死ぬまで追い続けて、さとりを求めず、死後も輪廻を繰り返す)をかかえており、基本的に苦しみのが溢れているのですが、その中でも負のマイナスなことばかりじゃないことが、頑なな私にもだんだんわかってきました。

 人間は悪の塊、だから死んだらみんな地獄に行く、この「後生の一大事」を晴らすためと教える宗教団体に何十年もいました。そこで人間に対するマイナスな見方を洗脳されてしまっていたので、今もなかなか他人に対して心を開くことが出来ずにいます。

 何気なくフェイスブックを再開して、2つのグループに入って、投稿したり、「いいね」を付けていったら、たくさんの人と知り合えました。アメブロではかつて中傷されてからコメントを無しにしているので、メッセージくらいしか交流はありませんし、ビッグローブはコメントや気持ち玉はいただけますが、タイムラグがあります。
 フェイスブックはチャットのように何か発言したらそれに対しての「いいね」やコメントがリアルタイムで入ってきました。(それでついついこちらの記事がおろそかになってしまっていました。申し訳ありません。お詫びにこうして感動したことを書かせていただいています )
 
 グループの中で交流をしていうちに、私のつまらない意見や発言に対しても「いいね」をくれたり、「真摯」なコメントを返してくれたりする人たちがたくさんいることにリアルタイムで気がつきました。
 おそらくいつもブログも直接コメントや気持ち玉をくださらなくても、共感して心がつながっている人たちがたくさんいてくれて、それが数字になってきているのかとあらためて知らされて、嬉しくもなりました。
 数日の体験でしすが、それはもう感激の連続で、こんな世界があったのだと驚きました。
 駄文を忍耐強く読んでいただいていた皆さんには有難く感謝しています。

 「ああ、これが人間の中の真摯さということなんだ」と今日の明け方に突然気がついて、私も号泣しました。
 嗚咽と共にしばらく涙が止まりませんでした。
 泳げなかったのがオリンピックのスイマーになったように感じました。
 人間というのはこんな楽しみがあったのだと、半世紀かかって遅ればせながら知らされました。

 それでも、基本的には私は宗教家・教師であり、そして中心的な発信手段は今まで通りブログです。続けられる限り記事を書いていきます。 
 卒業論文やレポートや資格試験や子どもの進学のことなどで、山ほどしなくてはならないことがありますが、ぼちぼち続けていこうと思います。

 それからもう一つ、人間としての「真摯さ」を私はOさんから感じ取りました。Oさんは色々言われていますが、政治家として私はずっと前から注目していました。震災のとき彼が総理だったらもっと違っていたかもとも思っています。選挙の第一声の演説の映像を見ました。コートも着ずに、大きな明るい声で、ビールの箱の上で素晴らしい演説をされていました。
 誰に、どこに投票するかは個人の考えによるものでしょうし、好きにしたらいいと思います。

 それでも映像からくるオーラを感じて、私はまた涙が止まらなくなってしまっていました。歳を取ったせいで涙腺が緩んだのでしょうか?

 よかったこと
  きょうは結婚記念日ですが、こんな感動的なこともあるよと見せて励ましていただきました。
  死なずに生きていてよかったと御仏に感謝しています。

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