日常の細かい事こそ大切です

徳川家の将軍になる人たちでもご飯は自分でよそったようです。
ほかの人たちは慣れると1回でちょうどいい量をお椀に入れることが出来たのに、慶喜だけはそれが出来なかったらしいです。徳川幕府が彼で終わったのはこういう小さなことも原因になったのではないかという人もいます。

これは逸話かもしれず、真偽は分かりませんが、真実をついているような気もします。
小さなことを疎かにして、何度も同じ様なミスを繰り返す人を私はあまり信用しません。
我が子でも、シャツと下着を一度に脱いだような洗濯物(これも私にしたら驚愕ですが)洗濯機やかごに入れなかったり、ゴミを床に落としたり、ご飯粒をやおかずを残したり、いろいろ信じられないことをしてくれます。
物を使ったら、戻さず、結局探さなくてはならず、たくさんの時間のロスをさせられました。

何度も、何度も、きちんとするように言いはしますが、困ったことになっても改めようとしません。
こういう無責任なことをしていると、同じようないい加減な所作の男と付き合ったり、結婚したりして、連鎖が止まりません。きちんとしていたら、やっぱりいい加減な人とは一緒に入られませんから。
習慣はなかなか付きませんが、おばあちゃんや両親がきちんとその都度片づけたり、後始末していたのを思い出して、徐々にですが、私はいい加減な生活態度を改めていきました。元々、あるべきところに物がおさまらないと落ち着かない方だったので、やっぱりだらしないのにはイラッときます。

整然としていなくても、せめて出したら戻すとか、手抜きや無作法なこと、ほかの家族が困ることなどは小さい時から止めた方が、将来の為になります。
また、いい加減な生活態度は勉強や仕事にも、そっくりそのまま鋳型のように反映されます。
綺麗でそつのない仕事をする人は、日常の生活や動作も無駄がなく後に使う人のことが考えられています。二度手間をしないように一度でさっとこなせるようにここぞという時は集中して仕上げます。
一事が万事とはよく言ったものだと感じます。
感謝していること
 大学院の費用を入金してきました。来月からの新しい生活が待ち遠しいです。

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