何か偉い肩書がある人だけが真実を知っている訳じゃない!

 「私は先生の話が聞きたくてここに来ているんで、あなたの話を聞きたいわけじゃない!」友人が年配のお姉さまにこう給われてました。
 資料である本を輪読しながら、先生や参加者がいろいろ話す談話会ということなので、いつも好きなことを言っていたらしいのですが、何度も同じ集まりに出ていた人に、先日そんなことを臆面もなく対面で言われて、びっくりしてようです。
 
 「あなたは、意図的に私たちをある方向に導こうとしているけど、私はそんなこと聞きたくないし、私はもう悟りを開いていますけど、それが分からないんですか?それにあなたは全然幸せそうじゃないし」

 「えっ?何が起こったのだろう?この人何を言っているんだろう?」と言葉を失いかけたけど次のように言ったそうです。
 「私はずっと長い事、数えきれない人たちと話をしてきたし、救われるまでの道程は自分が通ってきて、全部わかるから、対面している人の信仰がその人が言っていることでだいたいどれくらいか分かるし、あなたは現時点で救われていないと思うけど・・・・・・。最後は御仏との関係だけど、分からなかったら沙汰なんてできないし。あなたもきっと救われたらわかると思う。それにここは談話会で講義を一方的に聞くところじゃないんだし。」
 
 その後、売り言葉に買い言葉でこう言おうと思ったけど、言葉を飲み込んだそうです。言っても分からないし、別の形で、別の時に堂々と反論しようと考えたようです。こう言いたかったって後で話してくれました。
 
「あのね、先生は確かに素晴らしい人徳のある方で、みんなが慕って集まってこられるのでしょうが、ここに来られる人が自由に話せる場所を提供しているわけで、先生の講座は別にあるし、そこでの講義を楽しんだらいいでしょ?ここは談話会だから誰が話そうと勝手だし、気に入んないなら耳をふさぐとか寝てたらいいでしょ?」

 どうもお姉さまは仏教の目的を勘違いしているようです。いつも他人と区別して比べるような二元論的な人間の迷いを抜けて本願を賜ることだと、先生はいつも仰いますが、お優しい言われ方をするので、どうしても自分本位の解釈を通して、分かったつもりになって、理解しようとしません。
 
 我が強いお姉さまには自分の解釈や自分の人生の方が、友だちよりも優れているという自負や思いがあったのでしょうか。
 あんたの話など聞きに来ているのではないのだから黙っておれと口封じをして、次回からもう来られないようにと恥をかかせたかったのかもしれません。

 自力を誇り、真実を明らかにしようとする人の足を引っ張り、やる気をそぎ、言わなくてもいいことをあえて言っているとも、きっと夢にも思わず、それが仏法を謗り、恥ずかしいことだとは思っていないのだと感じました。
 自分は正しくて、みんなを代表して余計な発言をする奴を黙らせる手柄を立てたのだと。
 きっとみんなもそう思っているし、よろこんで、賛同して心の中で拍手してくれているだろうと・・・・・・。

 先生や他の参加者の方のお考えは分かりませんが、やはり、仏教の教学の基礎がないととんでもないことを言い出す人がいるのだと知らされます。
 御仏の願い・生起本末と世間ごとの「縁起」を勘違いしてるような発言を何度もされるので、厳しく訂正するとふくれるので私もやんわりたしなめたりして過ごしてきましたが、一度参加者の中の僧侶の方の説法などではっきりガツンと言ってもらった方がいいかもしれません。

 それに、私は教師や布教活動もしてきましたが、小売りや旅館やホテルなどのサービス業を渡り歩いてきたので、縁を切る覚悟をした人にしか、徹底的に理知的にぐうのねも出ないほど筋を通して論破しませんし、世間ごとは放っておくことに慣れていますが、事は仏教の後生の一大事で複雑でした。友だちが我慢して言葉を飲み込んだのがよく分かりましたが、次回は何らかの形で真理をはっきりさせるのでしょうね。

 真実の言葉の杭はその時は分かりませんが深く刺さり、効き目は絶大です。きっといつか救われるご縁になるので、御縁の深い人達には何か感じるものがあると思われます。
感謝していること
 少額投資の義理チョコのお返しに、子どもは20倍から100倍返しのチョコを山のように受け取りました。私のお友だちはわざわざ郵送でチョコのほかに中学の入学祝までくださいました。みなさまのご厚意に有難く感謝します。
 少しばかりなんだかな~って感じで申し訳ないです。娘には徳があるとは思えませんが、たしかに愛嬌はあります。

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