「煩悩即菩提~ありのままで~」

御仏に救われると煩悩を持ったまま、その煩悩がよろこびに変わる人生になります。
 ただし煩悩は死ぬまでなくなりません。よって喜怒哀楽が無くなるということもありません。生活習慣や癖がすっかり、がらっと消えてなくなることもありません。

 法然さまのお弟子の耳四郎は泥棒目的で説法会場に入りましたが、そこでお話を聞いてその場で救われています。
 救われてからも泥棒の癖が抜けず、法然さまの所に懺悔に行ったようです。
 今までは悪を悪とも思わなかったものが、懺悔の気持ちは起きます。
 煩悩で酔っぱらった状態もそのままという訳ではなく、だんだんに酔いが醒めて御恩報謝に邁進するようになる人もありますが、全部が全部とは言えないかもしれません。同じ救われた同志といえども、他人さまの心の奥底までは分かりかねます。

 煩悩から欲や怒りや愚痴の心を人間の世界で起こすと、救われていたとしてもその報いはやってきますので、当然苦しいのです。
 救われる前はただ苦しいですが、救われてからはこんな煩悩まみれの情けない者がよくぞ救われたとよろこべるのです。そうして、もったいないやら、申し訳ないやらで、御仏に対しても、世間の人に対しても恥ずかしくない生き方をしようと私もだんだん思うようになってきました。
 真宗宗歌にも「世の生業に勤しまん」という歌詞があります。救われた後も世間の事も疎かにはできません。

 昨日『アナと雪の女王』の映画を見てきました。映画も素敵でしたが、アカデミー賞の主題歌も素敵でした。その歌の最後の歌詞はこうでした。

 “The cold never bothered me anyway”
  これが「煩悩即菩提」の状態に何となく似ているように感じました。
 日本語の歌詞は「少しも寒くないわ!」
 英訳の訳詞は「寒さなど平気よ!」
 日本語の歌詞は寒いけれど、やせ我慢しているしているような印象も受けますが、英語はキッパリ寒いことは寒いけど平気といってのけるところがより強く逞しく、エネルギッシュに感じられます。
感謝していること
 毎月いろいろ支払いをしても、間に合って暮らしていけているのは有難いです。

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