積極的な人生を生きる(意地悪な人や卑屈な消極的な人とは関わらない!)

 他人の持つ本質的な部分はおそらく今生では変わりません。
 仏さまでもおそらく変える事は出来ないでしょう。
 それを人間が何とかできると思うのは自惚れであり、我が身を滅ぼします。
 
 人間の中にもいろいろな階層やグループがあり、どこかに属して生きています。
 成人するまでに、ほとんどの人たちは、自分と似たような心地よい場所を選びますが、試練を求めて違う環境に生まれてきて、その中のメンバーの心ある人たちに何かの示唆を残すために、違和感を感じつつ、更にその場の人びとから虐められ、挙句の果てには自死を選んだりということもあります。
 しかしながら、たいていの人は自死という形ではなく積極的に果敢に生き抜くことで人生から問われている目的を果たしていきます。

 生前に、大筋は自分でプログラムして生まれて来るので、どんなことも文句は言えず、誰のせいにもできません。今の環境の中で精一杯ベストを尽くすしかありません。
 敵役として現れる意地悪で卑屈な消極的な人には、自分を鍛える試金石だと感謝しつつ、なるべく関わらないようにして、自らの信じる道を積極的に生きていくことが肝要ではないでしょうか。

 他人を変える労力を使って神経をすり減らすよりも、自分の得意なことで自分を待っている多くの人たちに還元していくことを選んだ方が、有意義な気がします。
 していてワクワクする面白そうなことを笑いながらよろこんでくれる素直な人たちに施すことが無理がなく消耗しない生き方なのかもしれません。
感謝していること
 大きなカートを引いて通学途中、段差で躓いて転倒しましたが、小指を痛めただけで済みました。テープで固定して回復を待っています。あまり多くのスケジュールを入れていたので少し休めということなのかもしれません。
 あるいは謙虚になれということかもしれません。
 どちらにしても、怪我も有難いです。

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