「自分にばかり目を向けても救われない!」

真理を求める人が陥りやすい罠があります。
 それは自分の罪や悪ばかりに目が向き、真理の尊さ素晴らしさに感謝することに思いが向かないことです。
 有限の命を守ることに関与しながら、腐った脳みそをいくらかき回しても何も解決することはないのに、自惚れて、自分の力で何とかなるように思って、真理の存在の能力に底を敷いて無視しようとします。
 その最たるものが真宗を元にして出来た心理学の手法などです。
 救ってくださる阿弥陀仏や宗教色を抜いて、ただひたすら人間にしてもらったことや返したことや迷惑をかけたことなどを反省したりして心理面を掘り下げても、栓がありません。一番大切な部分を反故にしてしまったなら何にもなりません。

 しかしながら、そんなようなことが世界中の科学という名の下でまかり通り、エビデンスの取れないものや見えないものは嘘だと言われます。
 実際、世の中には目に見えなくても存在するものがたくさんあります。
 
 たとえば、思い遣りの心です。ちょっとした怪我などでも、メールで状態を尋ねてくれる人がいたら、その人はきっとずっと大丈夫だろうか心配してくださっていたのです。その心配の気持ちはメールを読んだ時点まで分かりませんが、確かに存在していたから、送信という行為を実行されたのでしょう。

 思い遣り優しさなどは目に見えませんが確かに存在します。
 それ以上に広大で絶え間なく降り注ぐ御仏の光明も目に見えませんが確かにあります。
 嬉しいことに、今日も心にコトリと落ちたと言われる方がありました。
感謝していること
 縁の深い方に次々巡り遇え、迷いを抜けるお手伝いをさせていただけることは本当によろこばしいことです。私の方こそお礼を言わせていただいています。

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