ベン・ジョンソンの幼くして逝ってしまった子どもの詩

  お母さまが97歳で他界されたと英語の先生が入ってこられるなり、授業の初めに仰いました。いつもお洒落な先生の髪が跳ねていて、憔悴されている様子でしたので何となく変だと思っていましたら。
 
 昨日の別の先生の英詩の授業が脳裏に浮かびました。
 ベン・ジョンソンの詩でした。
“On My First Son”
Farewell, thou child of my right hand, and joy;
My sin was too much hope of thee, loved boy.
Seven years thou wert lent to me, and I thee pay,
Exacted by thy fate, on the just day.
Oh, could I lose all father now! For why  
Will man lament the state he should envy?
To have so soon ’scaped world’s and flesh's rage,
And, if no other misery, yet age?
Rest in soft peace, and, asked, say here doth lie
Ben Jonson his best piece of poetry;
For whose sake, henceforth, all his vows be such,
As what he loves may never like too much.

 7歳で亡くなった息子に対する気持ちが切々と書かれています。
 この世はいろいろあるから、老いないうちに亡くなったのは幸せなのだろうとかいろいろなことを考えて気持ちを切り替えようとしてもどうにもならない様子が伝わってきます。

 授業で次のように感想を話しました。
 おばあちゃんを92歳で亡くしたとき、私は京都から関東の実家にどうやって帰ったかも、お通夜もお葬式も何もかも記憶にないくらい泣き続けました。1週間は仕事に行っても手に付かず、家に戻った夜は、3か月涙の乾くことはありませんでした。楽しかったころのこと、もっと一緒にいたかったこといろいろな思いが錯綜していました。今でもおばあちゃんがいなくなってしまったことを思い出すと涙が滲みます。(大学時代のバイクの事故の後、おそらくそれが原因で数年後に亡くなった友だちのことを思い出してもうるうる来ます)
 お隣にいたちょっとお姉さんの聴講生の方も恩師のことを思い出すといまだに涙が出ると言われていました。

 授業が終わって少しだけ先生のお母さまの思い出話をもう一人の人とお聞きしましたが、老衰で安らかな最期だったようです。
 でも、先生、悲しい時はどうぞ我慢なさらず、お泣きになってください。
感謝していること
 その後すぐにカフェにいったら、ランチをいつも一緒に食べるお友だちがいてくれて、顔中口にして怒っていることを話しましたら、私を気の毒そう見ながら「そうだね」って聞いてくれて嬉しかったです。

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