そこは笑うところでネタだったのかもしれない

 団塊の世代より年上の戦前に生まれ、戦争のことを少しでも覚えている世代の女性たちを私は尊敬しています。物がなくてみんなが貧しいのを肌で体験していて、戦後を乗り切ったバイタリティが素晴らしいです。本当に強くて優しいお姉さま方に私はお世話になってまいりました。

 子どもの頃おばあちゃんと比べて、あんなに頼りなく見えていた母でさえも、今頃は80歳になり、様々なことを乗り越えとても陽気で明るく逞しくなっています。
 孫を持つくらいの年齢になると、諦観というか達観というかとてもサバサバしていてそれでいて包み込むようなはんなりとした優しさがあります。
 フェミイニズムの前の世代の彼女らは制約のあった中でも、家事や子育てをしてきたことを誇っています。誰かにお金にならないと言われようとそんなことをものともせず、自分の人生に対して誇りを持っています。
 これは見習わせていただきたいし、事情が有る無しに関わらず金銭対価を伴わない仕事をしている人たちにはとても勇気付けられることでもあります。

 建てのものを横にもしないような夫に対して、「自分で出来るでしょ」って一度言ってみたらいいかもしれません」し、「それって笑うところだからネタにして笑い飛ばしましょう」と申し上げたことがあります。

 最近のネタのどうしても信じられない奴らにしても、それは怒ることじゃなくて、お笑いのネタと考えると少しは気が収まるかもしれません。
 自分と違う次元で生きている人たちなのだと線引きして、笑い飛ばすことも大切だと思い出されました。
 「変なの」
 「わかんないんだよね、自分がしていること」
 「赤ん坊でももっとまし」
 「今まで何も考えてこなかったのかな?」
 「よく無事に生きてこられたよね」
 「人の気持ちが分からない大賞でもやりたい!」

 もしかしたら、こう思っている人たちも私のことを同様に考えてたりして。
 怖い・・・・・・
感謝していること
 人生は学びの場ですが、愉快に笑い飛ばす笑いで楽しんだ方がいいですね。

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