人は自分以外の誰か(特に母親)を助けるために生まれてくる

過去の歴史も文学もなぜ学ぶかと考えると、それは今までのそれらでは果し得なかった新しい発想を生み出す礎にするためです。
 よくよく過去を振り返ってみると人間は大してことをしていないし考えてもいません。

 戦争に明け暮れた歴史を垣間見る度に、これを踏まえてもう少し違った生き方を若い人たちに提示できたらと考えます。
 文学も惚れたはれた、ナルシズムを追求する作品より、もっと一般に生きる人たちのそれぞれの使命や真摯な生き方を表現されるものが評価されるようになることを願います。

 戦争もナルシズムも暇な男性のお遊びとしか私には考えられません。
 戦争に付随する経済も遊びです。
 衣食住を満たせて他人の為に生きられる仕事が出来たらそれでいいのではないですか。
 そうしているうちに、真理を求める気持ちになれたら、もっといいです。

 人は他人を助けるために生まれてきました。身近な両親を助けるために。特に母親を。
 元々出産に耐えられるだけの頑丈な身体と精神や能力を持っている女性が男性と協力して子どもを産み育たり無償の家事をしているうちに謙虚さを学び、小さい人たちへの慈しみを感じて、それをほかの人たちに知らせていくことで、争いを止め、共に共生していくのが人間社会だと私は考えます。北欧などの福祉国家はこれを示してくれています。残念なことに日本は某巨大国家ばかり見て、自国の福祉が進んでみんなが満足しているので、ほかの国を干渉しない国をお手本にしようとはしません。

 女性たちが子どもを産まずに仕事をしたら男性よりももっと素晴らしい仕事が出来るのでしょうが、それを野放しにすると都合の悪い僻む男性たちが阻止しているのが現状です。
 ある人が女性はゴリラで男性はサルのようなものなのに、ゴリラが縮こまって弱いふりをしたら、サルはどんどん攻撃的になって暴力で威圧するようになると言っていました。
 みんな女性の能力を認めているのですが、当の女性たちが弱いふりをして遠慮している態度がモラハラ・DVなどのハラスメントを引き起こす一因になっているようにも最近感じています。

 世界中の女性たちがもっと声を上げ、自分たちが生んだ子どもたちを戦場に送らないと叫び、子どもたちが母親を助けたらきっと世の中は変わると私には感じられるのでそのような著作をしていきます。また、修士論文の課題である杉浦日向子さんの描く強い江戸の女性たちを紹介します。
 感謝していること
 午後から雨が晴れました。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック