いつきづくの?上から目線・自己満足・お情けをかける弱者救済活動

 エリート男性・女性による男女平等政策は弱者を救済する根本的な解決にはならないと感じます。
 自身が差別され、悔し涙を流した人にしか不平等は心底分かりえません。
 恵まれた裕福な家庭に育ち、有名国立私立大学にすんなり進学し、国家や地方の公務員や一部上場の企業に就職できた挫折を知らない人たちが、仕事として弱者を救済する政策を立ててもそれは頓珍漢で満足なケアを獲られるものではありません。

 上から目線で自己満足の自分の余裕のある時間やお金の余ったものを与えるボランティアも信用しません。
 所詮、必死に働かなくてもいい立場の、小金持ちの道楽としか映りません。
 自己満足の範囲であることをよくわきまえて、その上で、申し訳ないけれどできることをさせていただいていますというのなら、尊敬できますが。

 弱者救済にはお金や物を与えるよりも、その人たちひとりひとりに人間に生まれてきた目的があり、それを果たすために生きていることや人間としてのプライドを持つことを分かりやすく教えることが大切であり、根本的な救済だと私は感じます。魚を釣る竿を与えたことになると思います。
 
 勘違いしている人たちは大学や大きな講堂での講義・演説をしている自分に酔い、それで大きな仕事を果たしたと満足します。しかしながらそれは偽善以外の何物でもありません。国会議員から始まって地方の議員に至るまで、話すよりも当事者の困っている人の話を聞かなくてはならないことが分かっている人は少ないです。
 自分が話し注目されることに酔いしれています。
 ワークショップで相互に話し、参加者が気付きを獲たり、聞くことで援助の方向性を探ることなど頭にない人が多いです。
 それは本当に困っている人たちが声を上げられないことが分からないからなのかもしれません。諦めやその日の暮らしの経済的心配から抜けられずに何も言えない人たちに福祉政策は度々かないのがこの国のまた世界中の国々の悲劇です。

 根本的な問題は人間として果たす目的をしっかり知らせ、それを実際に生活の中で実践しながら獲得することを教えることです。お金は物は一過性のもので、生きる目的が分からないと、それを生かせず無駄に使ってしまうことになります。

 弱者救済政策やボランティアをしている人に言いたい。
 あなた方のしていることはハイヒールを履いて後ろ向きに急な坂道を駆け昇るようなものです。とても辛く厳しく何度も転び、生きている間に天辺まで登れません。
 
人間には努力してできることと、出来ないこと、何だかよくないことと思えることでもそれが後から考えると人生の目的を果たすためにつながっていることなど人間の考えが及ばないこともたくさんあります。
その場限りの対症療法をしている限りでは、何の解決にもならないばかりか、かえって苦しくなることもたくさんあります。
そこのところをよく理解していないと本当の援助は出来ません。
感謝していること
フィリピンのマニラで大学生たちそして女性たちとのワークショップでたくさんのことを知らされて帰ってきました。

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