自分の力は間に合わないと知らされ、全て阿弥陀仏にゆだねること

 私には自分自身の軸はありません。
 人間の誰かの言っていることも全面的に信用しません。
 自分や他人に頼ると自分や他人が崩れ落ちそうになったとき一緒に崩壊するからです。
 
 結局、ほかの誰かや自分の力を信じて生きている人は、それらが滅びた時に自滅します。
 相対の世で、夢幻の何かにすがって生きることほど怖いものはありません。
 それがわからないから、人は苦しむのでしょう。


 同性同士でも近い年齢・似たような境遇なら、嫉妬心を起こしやすい。
 異性間では支配・被支配関係から抜けることは皆無です。
 女性が本来の強さを維持して、弱い男性にどちらがボスか睨みを利かせて居続けるのはしんどいです。
 生涯未婚か夫が死んだ後、自身が稼げるか、遺産などで経済的に恵まれている未亡人は悠々自適の人生を長期間に渡って楽しめる事実もあります。
女性に支配されるのが嫌な感覚を持つ(精神・肉体どちらでも)男性は、同性、特に若い人と心を通わせようとします。


 同性でも異性でも人間でもない真理に身をゆだねることしか、本来の意味での心の安寧や絶対的満足はあり得ないと知った人たちは、仏や神の救済を求めます。
 仏は死は断絶ではないことと、人間の魂はみんなつながっていることを教えてくれます。
 それが知らされても、まだ肉体は迷いの世界の真っただ中で生きていくわけで、翻弄され、流され、影響を受けます。それが楽しめたらいいのでしょうが、私にはまだ楽しむ余裕がありません。それでも、やっぱり、阿弥陀仏の救いがましますことを身をもって体験した御恩を何らかの方法でお返しして生きたいという憶いはなくならず、それに泣かされ生き続けています。
感謝していること
 いろいろありますが、阿弥陀仏の本願を軸にして前を向いて、彼の仏と共にゆっくりでも、一歩一歩、前に進んでいこうという気持ちが湧き上がってくるのは有難いです。

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