大学は教員を免許制にして研究者と分けたら?

 大学で学生や教員がアカハラ・パワハラ・セクハラ・マタハラに遭うケースが報告されます。教員とは何なのか考えさせられます。

今日は子どもの高校の懇談会でした。担任の先生は大学院を出て中高一貫校の数学の教員となった人です。昨年の高校1年の時から連続で今年も担任をしてくださっています。まだ二十代ですが、本当に佳く生徒たちの面倒を見てくださいます。2年から文系と理系が分かれて少人数になったせいか、娘は数学がよく分かるようになったと言っていました。年齢は若くても、人としてとても尊敬できる先生です。子どもたちがどうしたら数学ができるようになるかいつも考えていると言われます。クラブ活動の顧問もしていらして、そちらも熱心に指導されているようです。

幼稚園から高校の教員になるには教育原理などを教職課程で学び、教育実習が必須です。現場で適性を考えて、実際、教員になるかどうか決めます。無理ならほかの仕事に就くことになります。向き不向きを自分自身で判断できるのが教育実習の期間です。私も幼稚園、小学校の教員の資格を取るためにそれらを経験しました。教員とは人格の涵養だと思い知らされました。

大学の教員はそういったことがなく、非常勤を経て、公募などで常勤になり、教員と研究者の二足の草鞋を履くようです。教員と研究者の両方の面で優れた人なら言うことはありません。しかし、教員としては素晴らしいけれど、研究がもう一つなのと、研究は素晴らしいけれど、ハラスメントを空気を吸うように繰り返し、学生の芽を摘む教員なら、害がない方に子どもを託したいです。ゼミの先生の外でも聞きに行くこともできますし、自分で研究を進めることもできます。

ハラスメントをする教員のために学校を止めないとならなくなったり、研究が滞るなどの実害の方が深刻な問題を孕みます。教員は知識を教えるだけではなく、人としてのお手本になるように人格を磨くことが、素晴らしい研究者を世に出すことにつながると私は感じます。でも、ハラスメントをしたり、整理整頓ができない、だらしのない格好をしているなどの教員でも研究が認められていると評価されます。先々、自分で自分の首を絞めることになるでしょうから、気を付けた方がいいとは思いますが、いい大人だし、敢えて口にはしません。

大学は、論文や研究指導をする教員と、研究専門にする人たちを分けたほうが、学生のためにはなる気がします。それが叶うなら、教員は高校までのように、教育の専門科目を履修するなど教職課程を取り、教育実習に行くべきです。あまりにも常識や優しさのない教育者として?がつくような教員の話を見聞きして憂う今日この頃です。

感謝していること
 中高一貫の私学に娘は通っていますが、先生方の温かいご指導に感謝しております。


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