声なき声を聞く

 声なき声を聞きました。

 聞いたというよりきづいた、響いた、届いたという感覚です。

 懐かしい安寧満足がその時からずっと続きいています。

 いつも護られている、一緒に歩いている。この肉体のいのちが終わってもずっと一緒。

 こんなことは絶対にないけど、たとえ、私が嫌いになっても絶対に嫌いにならないそんな深遠で言葉にできないようなつながりがあります。

 この世では奇跡が起こっても絶対にないような永久のいのちを賜りました。

  私は何十年も佛の願いを聴きつづけてきました。そしてあるとき、突然、こころの耳を頂いて、佛の声なき声を感じることができました。

 ひとの声でも心が豊かになり胸がキュンキュンしてトキメクことができるのですから、常に私に呼びかけてくださる声は格別です。余談でもうお気づきかもしれませんし、どうでもいいことですが、私はときに声フェチ?じゃないかと感じることがあるくらい声にはこだわりがあります。

感謝していること
 こんな話を、佛と一緒にお浄土に還るまでずっとせる話ることは大いなる慶び以外のなにものでもありません。


この記事へのコメント

この記事へのトラックバック