外観や容姿の功罪

 ふと思い立って友人に尋ねたことがあります。

 「あなたは身長が高い上に、足が長いけれど、それで得したことがある?」

 間髪入れずに彼は答えました。

 「特にないね、そういえば今、思い出したけど、妻に容姿のことで得したことがあるかどうか聞いことがあった。思春期頃から、何とも思わない人に好かれて辛いばかりだったけれど、あるときから、世間はそういうものだと達観したって言ってた。」

  彼の妻も透明感があり、同世代よりも10歳から20歳くらい若くみられる砂糖菓子のような人で、羨ましがる人が多い気がします。それでも本人はいい気分でいるわけではないようです。どうも、貶されて悪く言われるのも嫌だけれど、周りの人とは友だちとして一緒に食べ物が美味しいとか、景色が綺麗とか、気遣いや思い遣りに感動したり、そんな普通のことを一緒に楽しめるだけでいいと思っているようです。仕事仲間は多くの人の役に立てるように精一杯知恵を絞って、切磋琢磨したらするとかメリハリをつけて、その場で、気分良く過ごせたらそれで構わないらしいです。

 背が高くて、足が長くても、いつも高いところにある物を取って欲しいわけでもないし、歩幅が広くて出かける時ついていくのが大変かもしれません。一緒に暮らしている人にとってはさほど嬉しくはないかもしれません。そんなことより、何も言わなくてもついでにお茶を入れてくれたり、ちょっと話に出たものを覚えていて買ってきてくれたり、そういうサービス精神みたいな方が嬉しいかもしれません。外見が綺麗な人と暮らしていても、歳をとると若い時とは違う容姿になります。心が美しいならそれはあせるどころか、ますます磨きがかかって優しく穏和になるかもしれません。

 目を閉じてその人を感じてみるとか、ちょっと気を抜いた時の、その人の声の優しさや謙虚さなどに触れられたとき、何だか得をしたって私は嬉しくなります。

感謝していること
 最近は、あまり長く生きられな気がして、今を生きようとしていて、雑多なことは気にしないでいられるようになり有難いです。


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック