気にならないことと嫌で止めて欲しいこと

 ものの善悪は幼少の頃からどうでもよかったのです。

 正しいかそうでないかはどうでもいいのです。

偉そうに誰かを評価することは苦手です。


 私の自分以外の誰かに対する判断基準は、気にならないことと、嫌で止めてほしいことこの二つしかありません。

 誰かに自分の価値観を押しつけようとは思いません。

 気にならないことをする人たちと一緒にいればいいだけです。

  嫌なことを止めて欲しいと伝えても、変化がなければ離れるだけです。

 他人を変えようとしてもそれは無理な話です。

 嫌なことを嫌だと言われても変えられないで、それ以降も故意に続ける人とは縁がないと私は認識しています。

 何か告げるのは一度で十分です。知らせても、それでも嫌なことを続ける人は、自分がやりたいことをする欲の方がその人には大事なのです。嫌だと言われたことを本気で止めようと本人が決意して止めるまで関わってはならないのです。

 とりあえず、一度は嫌だと感じることは言ってみることにしていますが、よほどの時です。それを軽く受け止める人は人生を大切に生きていない気がします。そういう人たちとは関わったらいけないのだと、残り少ない人生を考えたとき決意しました。冷たいようですが、今生の使命を果たすことに専念いたします。

感謝していること
 何度も同じことをあまり言われたことがありません。ついうっかり癖で止められないこともたまにあり、それは差し引いても、嫌だと言われたことを改めるように心掛けます。私のようにもう縁がないととらえて、私から離れたひともいたかもしれません。嫌だと敢えて伝えてくれるのは、まだご縁を持ちたい気持ちがあるからだと有難く感謝しております。


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