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zoom RSS 苦しみの根幹を取り除くことしかしたくない

<<   作成日時 : 2018/07/20 20:30   >>

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 私はカウンセラーの資格を持っていますが、いわゆる傾聴の技術を基本としたカウンセリングが嫌いです。ただ真実を話すための方便として我慢して聞くことはできますし、苦手ではありません。所詮、相手はたいていは何も考えていない凡夫ですから、そんなもののありのままを見させてもらっても、何だかな〜といった感じです。苦しみの枝葉は取り去ることが来ますが、根幹を根こそぎ取り去らなければ、枝葉はまた伸び、苦しみの花が咲き、いつまで経っても、仕合わせな人生を送ることができません。そんなことをいうカウンセラーには滅多に出合えませんが。

とにかく中途半端なのが嫌いで、うんざりします。傾聴できて、相手の気分も分かるけれど、それで対症療法になるだろうけど、そんなことでお金をもらう気にはなれません。また別の苦しみが出てくる、根本的な苦しみの解決ができないままで終わらせるのは、本当の援助でないのです。何かできることや能力と、したいことは別物だと思い知らされました。

ある人と何年か関わり、その人が私に対して時には嫌なことをしてくるのをあまりよく感じていませんでした。でも、ごくたまに困っているとき、助けてくれたりもしてくれてはいます。ただ、その人が忙しそうなときや、機嫌が悪いときは、怒らせないように、とりあえず避けていました。何でこの人は私に対して、意地悪で、我が儘で、気が短く、怒りん坊で、でも、他の人にはなぜいい格好をするのだろうかと冷静に観察し続けていました。

その結果、私自身が、他人に意地悪はしないけれど、他人の悩みや煩悩に対して自分と同様、淡白で、得意なことや気が向けばするけれど、自分がしたくないことはしないという我が儘な質で、顔や態度には出さないけれど、直ぐイラッとして、いい格好をするわけじゃないけれど、積極的に援助活動をするというのではなく、困っているといってきているから何かできることをするといういい加減で適当な人物であることに気がつきました。その人は合わせ鏡というか反面教師のような人だったのです。同じ穴の狢、本質的にそっくりなところをよくよく見せてもらいました。自分自身の優しくもないし、親身にもならない、同情も共感もしない冷たくさばさばした所を嫌というほどリアルに感じさせられた気がします。

たぶん、そういう類いの人間でも苦しみの根幹を無くすことができます。苦しみの根本は性格的なところにあるのではなく、ありのまま、そのままを変えないまま、真理との邂逅をするだけだからです。それを望む人には話ができます。別のことをしてほしい人に対しては、そういう話をしてくれる人をお願いして下さい。私は私のできる仕事をしてまいります。

感謝していること
 私は自分自身を尊重して大事にするようにして生きてきてから、自分が扱うように周りも扱ってくれています。嫌な人とは関わらないよう気を付けてもいます。それでも、巡り合わせというか縁というのか合わせ鏡のような人と関わっていたのはこういうことかと納得しつつ、感謝できました。もうそろそろ、そういう反面教師も飽きてきたので卒業したい、気分よくつきあえる人だけを選んでいこうと決意出来たことに感謝します。


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