今、この瞬間を精一杯生きていますか?

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zoom RSS カウンセリングの限界と自己超越

<<   作成日時 : 2018/07/28 10:56   >>

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 信心の話を30年1万人以上の人と面談しました。

 その結果、途中、その人が何を何に重きを置いているか、一目見た瞬間、もしくは3分ほど話すと、おおよそ分かるようになりました。

 信心の話を直球ですることが私の使命だと感じています。それが目的で面談し、話をします。それ以外のことは別の人の仕事だと弁えています。目的は常に忘れず、軸がぶれてはならないと肝に銘じて話しています。

 
信心の話が真理や真実の話だとして、カウンセリングで相手の生き方や考え方を聴くことは方便です。ただ、初めから真実の話を欲していて、分かる人は稀です。方便から真実に入ることは重々承知しています。それでも、人生は短い、一期一会だと認識している私は方便は面倒、まどろっこしく感じます。度の面談の中で、一言でも御仏の救いの話をしたいと思って、話しています。それは私も目の前の人もまた再び会えるかどうかわからないからです。

煩悩に翻弄される姿をただ聴くだけでのカウンセリングだけでは栓がないのです。賽の河原の石積みと同じです。積み上げた知恵や修養も、欲や怒りや愚痴の棒で一瞬で崩されます。六道の迷いを繰り返すのと同じです。自身が迷っていると気付かないなら、永遠に迷いから抜けることはできません。

そこで、御仏の願いが絶対に見捨てることなく救う、どんなに甘えても構わない広大無辺な智慧と慈悲をもちうるものだということを知らしめ、そちらに向かって生きる覚悟を持ってもらうことが信心の話をする者の役目です。

方便をいくら繰り返しても、それは方便でしかありません。方便の話の中にも、真実を差し挟んで、何だか不思議なことを言われた気がする、でも大事なことのようだという疑問を起こさせるような話を意図的にできるところまで話の技術を高める研鑽が必要です。それをしている人、できる人に書物でしか出合えず、生きている人には終に合えませんでした。おそらく目の前の人が、苦しんでいる本当の理由は無明の闇を抱えているからであり、常にその人が迷いから抜けるためにどのように話したらいいかが主眼にあり、それを仏と共に念じていたからそのようなことができたのだと拝察します。

私はカウンセリングは方便としてはするけれど、本来、信心の話をすることが使命です。だから、相手の話に引きずられ、肯くばかりではなく、その人の迷いの日常を揺るがす、驚き、不思議を相手に感じさせつつ、迷いを抜け、悟りを目指せる機縁になるような生き方、話し方を私は常に心掛けてまいります。

感謝していること
 カウンセリングとの理解しえない違和感は真理を目指す軸がぶれているか、その視点を忘れていることが原因だと気付いたことに感謝します。

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