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zoom RSS 人間同士における信頼関係

<<   作成日時 : 2018/09/10 11:19   >>

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 分かり合おうとしても別の業を持っているので完全にわかり合うことはできません。
 歩み寄り、近づく事はできますが、それも限界があります。
 親や近しい人である配偶者や恋人などが話を聞いてくれたとしても、別の人間なので完全な一致をみることはできません。訓練を積んだカウンセラーなら表面的には受け入れてもらい、自分の気持ちを理解してもらえたという気持ちになることもありますが、究極のところでは孤独を癒すことは皆無であると知らされます。

 信頼関係の最も強い絆であると認識されているものは、親子関係です。親が子どもを養育することを放棄すると世間から当然の如く非難されます。子どもが親に対して肉体的、精神的に危害を加え、殺すような存在であったとしても、それを何とかするのが親の役目だと世間の無責任な人たちは言い続けます。
次に強いとされるのは夫婦や恋人の関係です。婚姻届という紙で契約を結ぶことにより、行政から多少の恩恵を受ける代わりに、貞操義務という信頼関係が課されます。恋人は形としての縛りはありませんが、片方が不貞に及ぶとその時点で関係が破棄されますので、夫婦と似たような信頼関係が求められます。

実際手をかけて相手を殺すとか、傷つけるとか、不倫をするとかはしなくても、心で傷つけ殺し、他者との不倫を考え、言葉で威圧して相手を黙らせたり、罵ったりすることは日常に行われますが、それは身体的な作為ほど大して問題にされません。しかし、心がその人の存在の元であり、行動よりも簡単にできる言葉もその人の人格を表します。
何をやっているか、何を言っているか、そして何を思っているかをトータルで見ていく必要があるのです。

よくよく人間の本性を見ていくと、結局自分が大事で、他人のことは後回しである人間の本性に辿りつきます。欲や怒りや愚痴の煩悩が出たら平気で他人を傷つけ、殺すことも厭わないのが人間の本性なのです。ただ、縁が来ないからしないだけです。
しかるべき縁が来たら何でもする人間ではありますが、真理との邂逅ができた人はこれらがよくわかるので、自重して生きるようになります。周りの人に対してもなるべく自分を後回しにして、その人が真理との邂逅ができるようなサポートに回ります。なぜなら、自分はもう真理との間の信頼関係ができているので、人間に対してそれほど信頼関係を強要する必要がないからです。そして同じような体験ができた人同士では、真の意味で心から、お互い譲り合い、思い遣ることができます。

以上、分かる人には分かりますが、分からない人には分からない話です。

感謝していること
 人間に対して過剰な信頼関係を求め、縛ることが無くても平気になったことは有難いと感謝しております。

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