結婚はモラハラ目的ではなく、お互いをありのままに受け要るためのもの

 余計な執着や比較を持つ人と、それを超え、そんなことでは安寧満足の内に生きられないことにきづいている人とでは住む世界が違うのです。だから相交わることはありません。途中で片方がきづいた場合、モラハラは逃れられますが、きづかない相手と違う世界で生きることは一種の修行のようなものとなります。その修行で一生を終えるか、別の環境で自分が成すべきことをするかは思案のしどころです。
 
同じようなきづきの内にいる人と一緒にいることが情緒の安定をもたらし、トラブルも避けられます。それでも、何とかきづく方法があるのではないかと、私は模索しています。最近は、真理との邂逅がそのカギを握っているような気がしてなりません。この真理との実践事例を集めて、なんらかの道しるべが確立できたら、人間同士もっと優しく暮らせる気がします。研究はまだ端緒に就いたばかりなので、まだ見通しがついていませんができることを粛々としてまいります。

感謝していること
何かの渦中にあるのではなく、客観視した時、はじめて研究が始められることにきづきました。有難いです。

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