今、この瞬間を精一杯生きていますか?

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zoom RSS 社会・労働改革運動家・慈善運動家とかいわれる人たちは自己矛盾に気づいているのか?

<<   作成日時 : 2018/11/15 17:45   >>

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 偉人といわれる人たちが、家族や身近な人たちに冷淡だった話をよく耳にします。名利が得られるなど自分の手柄になることには必死ですが、それに忙しくて、何か話をしようとしても無視や後回しにされる例を沢山見聞きしていました。身近な人ほど大切にしなくてはならないと私は感じます。それらの人たちを自身の活動のための手足として当たり前のように感謝せずして遣うような態度には大いに疑問を感じます。だから、私の周りにいる社会運動や何らかの障害を持ち生きづらい人たちや動物たちを支える活動をしている人たちに対して、私は引いた立場から冷徹な目で見ています。

 何らかの事情で困って、生きづらい人たちや動物たちを助けることを悪いとはいいません。それでも、自分が関わっている以外で苦しみ悩む人たちに対して、同じように助けたいと感じるかどうかは疑問です。身近な例として、自分の家族やペットは大切にするけれど、内部の教え子や関係者にハラスメントをする教員や活動家もいます。確かに自身の興味の範囲での救済活動をしたり、研究者として論文やほかの文章で、同情心のあるものを書いているけれど、学会などで理路整然とした矛盾のない発表ができるかもしれないけれど、それは違う気がします。

 私は有縁の方々に生死を超えること、生死出づる道を話して、実際その体験をしていただくことはしますが、ほかのことには無頓着です。さらにいうと、冷淡というより無関心の域にあります。短い人生で自身のできることは限られているとある時から割り切っています。

でも、そんな中、身近な人たちに、助けて欲しいと言われたら出来るだけそれに添うことをしています。普段は自身の使命であることを中心に生きていますが、ほかのことにも目配りだけはして、自身ができることはさせていただいています。私は俗にいういいひとではないので、できない事はその場できっぱり断ります。でも何かしら力になれそうなことは一緒に考えます。それでも、表層的な手伝いではなく、根本的な解決を目指すために努力します。自分の関心事以外に普段は無関心であることを自覚しつつ、それでも何か頼まれたらさせていただくスタンスです。

 何を今、一番大切にしなくてはならないのかを熟慮し、今何をすべきかを常に見極めた言動に心がけなければならないと最近はよく考えます。

感謝していること
できることを淡々とさせていただきながら生きられることは有難いと感謝しております。

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