世の中がよくならないのは政治家と研究者などが世間を知らないため

 大学院の博士課程に身を置いて3年が過ぎようとしています。やっと学会誌に論文が一つ通り、もうすぐ世の中に出ます。ここで、ひとまず1年ほど休学して残り2つの論文を書き上げ、修了の運びとする計画を立てました。

 どうして、大学院に進んだかと面接で聞かれた時、大学で教師がしたいからだと答えました。先生方がどのように講義をするかを実際に受講することで学ぼうとしていました。大学院修士在籍時、院生は小人数で、主に学長、副学長、名誉教授の先生たちからの薫陶を賜りました。教師として学生の人格の涵養に重点を置いた講義を必死で受講していました。2年間は修士論文の完成のみならず、単位を取ることも必須であり、ほとんど睡眠や食事をゆっくり摂った記憶がありません。京都から夙川までの阪急電車の中では、英語の本を読み、英語の予習の続きをしていました。あんなに時間に追い立てられていながら、なおかつ充実した時はありませんでした。

 博士課程の講義は玉石混合でした。杖にも柱にもしていた研究科を立ち上げた副学長が一昨年他界してからは、一日も早く修了することが私の目標となりました。博士課程での講義単位取得は修士時代のものがそのまま移行したので必要ありませんでした。それでも、色々な教員の講義を受講したのは、修了後、自身がどのような講義をするかイメージを持つためでした。

 転入3年目からは、副学長以上の講義はほぼ聞けず、むしろ反面教師にする内容の講義を砂を噛むような忸怩たる気持ちで受けていると、こんなところで燻っていてもいいのだろうかと暗澹たる気分になりました。それは他大学の講義も受講することで何とか凌ぐことができました

 今現在は、私なりの参加型、もしくはワークショップの講義を世界各地でしていかなくてはならないと焦りを感じております。今年は専門である宗教の教義の理解の強化をしつつ、論文を発表し、修了後の地球規模のネットワーク創りをしていく所存です。

 修士・博士の期間、論文の合間の長期休暇に多く場所を旅しました。論文の為のフィールドワークで広島に1月滞在したのが最長でした。ある時は友人のところに、また別の時はツアーでと、いろいろなところに行きました。7日から2週間の間、欧州(英、仏、ギリシャ、露、ベルギー、トルコ)フィリピン、中国、インド、ネパール等に行きました。

 そこで、出合った現地の人たち、ツアーコンダクターや旅の仲間などから様々なことを教えていただきました。世界は広く、そこにはステレオタイプの人がいるのではなく、血の通った優しく穏やかで今を生きる人たちが私を迎えてくれました。普通の人が普通の暮らしをしている中でのことが尊く有難く感じました。この感覚を政治家や学者という立場にいるひとたちが知れば、もっと世の中は棲みやすくなり変わって行くのではないかというのが私が今、感じていることです。

 修士を修了した時、ある先生から言われました。

「あなたはこれから、博士論文やほかで周りの普通の人たちの声を論文に書いていく義務があるのですよ。普通の人たちが思っていること、言っていることをあなたは文章にして、世に知らしめることができる立場にあるのですから。」

感謝していること
愚鈍で怠惰な私ですが、自分で探し回らなくても、いつのまにか、周りの方々がいろいろなことを教えてくださいます。有難く感謝しております。


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