フォーカシングセッションでのきづき

 話しの中でこんなことを言われました。「人を羨ましがること、嫉妬することが原因で、何もしていない他人を攻撃することがある」。どうしてそんな無意味で不毛なことをしてしまうのか私には未だによく分かりません。人生の可処分時間は短いのに、つまらないことに時間を無駄遣いするなんて。でも、羨むことで意地悪することを本人たちは快感でしょうし、止められないのでしょう。ただ、そういう暇な人もいるので、何も原因が思い浮かばない時はそうなのかなと考えることにしました。

 終りでの、今日のピッタリ言葉は、「ロケットを飛ばしたい」と「橋を何とか架けとしているのに繋がらない」でした。ロケットは真理なら、お伝えするのみということです。橋を架けようとして繋がらないのではなく、繋がらなくていいときはそれでいいと私は解釈しました。繋がるべき橋はしかるべき時に繋がります。自ら繋げようとしなくても何らかのきっかけで、簡単にふとつながるときもありますし、今は、特に躍起になって橋を架ける必要性は感じません。

私のピッタリ言葉は、「真理の中で安心して自由に生きられる今を楽しむ」でした。「ありのままのあなたでいていいし、何でも好きにやっていいよ、私が護り支えているから」という感覚を安心して満喫し、思うままに好きなように自由に生きている私がいます。

参加者の人と終ってから、話をしていて、つまる所やっぱり、どこで相手を信頼できるかというと嘘をつかないとか、自分の私利やお金儲けの為に相手を利用しないということを言われていました。理論的にカウンセリングの方法や適用で行きづまったとき、でももしかしたら、あの人の言うことはこんなことかもしれないと善意に解釈できるからということでした。悪いことで騙すことのない人だと信頼・信用できることが大事なのだと私もぼんやりと感じていましたので、言語化できてよかったです。そういえば、少し前にお話しした僧侶の方も同じことを仰っていました。

感謝していること
 しばらくピッタリ言葉と別の角度からも向き合う楽しみを得ました。有難いです。


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