親御さんの真の願い(お話22)

「僕はね。人間てね。それぞれが生まれてくる前に自分でこの人生をどう生きようかってだいたい計画してくるんじゃないかってこの頃感じてる。きっちり全てではないだろうけど、大雑把にね。
 どんな国のどんな時代のどんな親のところに生まれようかってきめてね。それからどんな人に助けられて、どんな人が敵役になってこれを乗り越えて成長を促してくれるとか。人でなくても事故にあったり、病気をしたりも予め織り込まれているような気がする。」

「みっちゃんはそんな風に感じてるんだ。ぼくも何でここで、今、これをしているんだろう、何か意味があるのかなってよく思ったりするんだけど、後になるとつながってきて、こういうことを知らせるための事だったのかってわかることがよくあるんだ。
だからみっちゃんの言うこと何となくだけど、共感できるな。」

「それでね、かずちゃん、楽しいことや、ハードルの低いことならそれほど何も感じなくてスイスイいけるけど、苦しみに出遇ったときどうするかが、その人の「学び」なんじゃないかって考えてる。
そこが踏ん張りどころかもしれないね。
 ただ多くの「普通の人」はそれをだだの「悪いこと」だとらえて、文句や愚痴を言ったり、逃げたり、避けたりするんだよね。死ぬほどの事ならそうしてもいいんだろうけど、そうでないことは、立ち止まって、今遭遇していることの意味を考えてみる方がいいんじゃないかと僕は思うんだけど」

「みっちゃん、ぼくは何でもやってみようって、好奇心がたくさんあった方だから、逃げるのは嫌で向かっていったことの方が多いからそれもよくわかる。逃げてたらどんどん不安が膨らんでいくけど、向かっていったら大したことなかったりすることも多いよね。辛いこと、悲しいこともそれを受け止めて、十分味わってたら、人生の糧になることも、逃げてばかりいる人にはわからないかもしれない。」

「そうなんだ、かずちゃん、人生の中で、『いいこと、そうじゃないこと』ってわけられない気がする。
その時はいいようでも、後で考えると、甘い誘惑だったり、大変だと思ったことチャンスだったり、後にならないとわからないこともたくさんあるよね。
 人生万事塞翁が馬ってことかな。
 そうそう、お父さんの話なんだけど、仏教のお話を聞きに行ったいたところまで話したよね。それから、ずっとお念仏を称えながら、色々なところに聞きに行ってた。いつもね『また違った。本当の教えを説いてくれる人はどこにいるのか?仏様に対する疑いがどうしても晴れない』って悲しそうに言うんだ」(つづく)

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