自分をどう見せるか、どう思われるかとかよりただ必死に生きてきた日々

 ずっと死んだ後どうなるのか恐ろしくて、そのこと一つ解決したいと思って生きてきました。だから、人生をいつも特に楽しいとも感じずにいました。
 何だか休む暇もなく動き回るのは性分みたいで、真理を賜る事に自分の力が何一つ全く間に合わないということが知らされた、死の解決が出来てもあまり変わらないようではあります。
ただ、無味乾燥だった世界が少しずつ味わえるようになった気はします。何だかいつもくすっと笑っちゃえるような。 
御仏の願いを賜ってからは、振り返ると訳も分からず、直後からインターネットになにかを書き、実践を繰り返しながら手さぐりで沙汰を毎日のようにさせていただいた初めの一年間。
  
 その次の年は、インターネットでのやり取りを中心にしてコメントやメールやチャットなどをしておりました。ゴールデンウィーク明けには我が家に御仏の願いが聞きたいと何日か泊りがけで聞きに来られた方がありました。結局その場では御仏との邂逅とはならず、帰宅後、電話でしんじんをたまわっていることにきがつきました。これが私と関わった方で御仏の願いを賜った方の初めの方でした。その方との対話の記録をメモして文章にしたのが「さとりと救いについて」の小論文です。

それから一度の面談と数回のチャットの後の、二度目の面談の最中に目の前で廻心の体験をなされた方がありました。その間の夏の初めにたった二度の面談と数回のメールで疑いの心が晴れた方もありました。
その後は順調にたくさんの人の疑いが晴れるお手伝いをしてまいりました。

それでも私は産婆や医師などと同じように御仏の前までお連れしたら、役目はそれでお終いでいいと感じています。何度か一緒に布教活動をさせていただこうとしましたが、温度差があり上手くいきませんでした。
それ以来、人間の世界等こんなもの、御縁の深い人なんてめったにいない、仕方ないと思ってぼちぼちエッセイ風の文章を書いたり、最近は短歌で信心の世界を表現したりしています。

誰かと関わるといいことばかりではなく、嫌な思いもしますが自分の気質というか本来持っているものなども少しずつ分かってきました。関わった方から教えていただいたこともあります。
基本的に人さまをぐいぐい引っ張っていくようなタイプではなく、あんみつ姫のように誰か助けてくれるような人がいつもいて、護られて、だから何でも自由にできて、だんだん楽しい人たちがどんどん集まってやっと何かできているという感じでした。
常に御仏の御加護を受け、親や夫や子どもや妹や弟や友だち、そして会社の社長や社員さんやお客さま、そしてたくさん通った学校の先生方が陰に陽に支え励ましてくださったことが思い出されます。

一方で私は余りにも意地悪で、強欲で、他人を虫けらのように扱うサイコパスなどを見てきもしました。どうしてこんな人たちが同じ人間なのだろうかと悩み考えたこともあります。ただ、生来の?楽観主義と茶化して冗談にすることを覚えていき、そして本当にダメだ死のうという時には、周りの温かい方々に助けられ、何とか死なずに来られました。

  途中、仏教を説く人たちの真摯で誠実でないどころか余りにも下世話で下品な態度や嫌がらせなどに閉口したこともあり、次第に心を閉ざし内に籠り抜け殻のような日々を送ったこともあります。これは御仏とのお出合いの後も変わりませんが、御恩に報いようという気持ちと、このまま終わってしまっては情けないという懺悔の気持ちが湧いてきました。

御仏と二人で歩くようになってからは、苦しみがそのままよろこびとなり、まさに煩悩即菩提という感覚なのです。 だから、たまに愚痴を言ってしまい、大変でしょうと心配して言われても、もう遊びになっているから全然大丈夫なんだけどという感じもあるのです。
何を余裕気取っているんだと言われても、だって、そんな感じなんだから仕方ありません。いつも心はほこほこ、ほくほく温かく機嫌よくいられるのは御仏と心が通じ合えていて、何でもおまかせだからなのかもしれません。
それでみなさまにも、一日も速くこのような疑いが全き消えて全てを真理におまかせされる身になっていただけたらと、毎日何か発信してきました。ずっと走り続けております。
気がついたら来年の1月で、心がすっかり生まれ変わってから、もう6年になろうとしています。
その年の終わりころから始めたブログ
http://gufuna.at.webry.info/
元いた宗教団体やモラハラなどを書いていたブログ
http://ameblo.jp/stella18/
これらを書くことでも私は少し成長できた気がします。

今年はご褒美なのか、大好きなイギリスに8回目10年ぶりに行けました。美術館や博物館やキューガーデンをはしごしたロンドン。初めてコーチに乗って行ったサウサンプトンでは素敵な方々との出合いがありました。行き帰りをご一緒させていただいた先生方には本当にお世話になりました。御恩返しも何もできず、心苦しい限りですが、今の学びなどから必ず将来何かお役にたつ所存です。

とりとめのない話になってまいりましたので、今日はこの辺で失礼いたします。
どうかみなさま佳いお年をお迎えください。
感謝していること
 ご近所の方が今年も自家製のだし巻き卵を持ってきてくださいました。いつも何かしら頂戴したり、お逢いすると気持ちのいい笑顔の御挨拶を頂戴します。
本当に何かと周りの皆さまにはお世話になり有難く感謝しております。

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