真仮の水際

 疑いが晴れたときのことを貧困な語彙や拙い表現力ではありますが、書いてみました。
 長年の私にとっての聞法とは内陣から御仏の打ち出す真実の玉と外陣にいる私の雑行・雑種・自力の玉の戦いでした。御仏の真実の玉をひょいひょいとすり抜け、全く役に立たない自力で応戦していたまことに愚者の私でした。

 それがあるとき終わりを遂げたのです。自分の頭の中の限定的な情報をこねくり回してこしらえた偽の仏が死んで、真の仏との対面が出来るまでのギリギリのせめぎあいが三定死で、行くも帰るも泊るも死の自力と他力の信仮の水際だったのです。無始から迷っていた魂が生まれ変わる時でしたから、この世のどんな苦しみよりも大変でした。
 呆然としました
 本当にあっけない幕切れでした。
 全く何にもなかったのですから。
 今まで信じていたものが完全に裏切られる不可称・不可説・不可思議の世界でした。

 ショックというより、自力が廃ると同時に安心満足の私の表現では円満調和の心境になりました。
 そのままだったときづかされました。
 そのままの意味がよく分かりました。
 智恵も修養も何もかも間に合わないというのはこのことかとコトリと落ちました。
 不思議なことに、疑い・計らいはこの時スッカリ取れて、その後は全く出てきません。逆立ちしても出てこない、全く消えたのです。
 ちょうど千年の闇に一条の光が差したら、即座に暗闇は無くなるのと同様に。その後は光に包まれて、あの暗さはどこへ行ったのやら今は全く感じません。

 何にもないことがこんなに安心だったのかと、疑いも計らいも歯が立たないと知らされました。それからは疑いは全く消えました。
 疑いようにも自分の力が全く何もできない・役にが立たないと知れされたのですから、そのままお任せするしかないじゃないですか。
 その時疑いが晴れて以来、二度と疑いが出てきません。信心決定、信心獲得、廻心、自力が廃った体験とは疑いが晴れたかどうかです。これを信疑決判といいます。

 どうして僧侶や宗教家たちは門徒やお預かりしている人にこのことしっかり教えないのか不思議です。おそらく自分自身が本気で助かりたいと求めた体験がないからでしょう。
 死後が気になったら、助かりたいのなら、それがどういう体験なのか気になるはずです。釈尊や高僧方がこういわれているというのではなく、自分の体験としてそれを獲たいと求めるはずです。
 
 雨が降らなかったら晴れることが無いように、疑わなかったら疑いが晴れるということはありません。言葉を変えれば、本当に救われたい、今死んだらどこに行くかはっきりしない不安な心を何とかしたいと泣き泣き聞法に足を運んだ経験がないのでしょう。
 教える立場の人が疑いが晴れたのを、なぜ信心を獲たと言わないのか、念仏・念仏ととお金(信心)を入れた財布(念仏)のような言い方をするのか私には分からないのです。親鸞聖人があれほど「信心」と言われたのに、蓮如上人も「信心」と言われたのに。

 私にとって死の解決、自力を捨てることが人生の目的でしたので、ハッキリするまでは妥協できませんでした。
 今もし、疑いがまた出てきたら、初めからやり直してもいいです。そんな心が微塵でもあれば、また迷いを繰り返しますから。そんなことは絶対したくありません。
 ただ有難いとよろこぶのではなく、疑いが晴れたかそうでないかが肝心だと宗教家や僧侶からはあまり聞かないのです。何かというと有難い念仏の話で誤魔化します。
 
 そこをある人はやかましくいわれています(しかしながら彼からも、おかるさんのように、疑いに泣かされ泣き泣き求めた話は聞いたことがありません)
 疑い・計らいの意味が分かっていない感じがします。計らいとは本願力を疑う心です。御仏の頭の上でああだこうだと疑って、そのまま来いの呼び声が「ハイ」と聞けない心です
 
 やはり、学者や僧侶に疑いが晴れた経験がないという事でしょうか?
 自力が廃っていないということなのでしょうか?
 ある方が自力など晴れることはないと平気で言われました。
 寺に生まれてしまったばかりに十劫安心を繰り返し聞かされ、有難い話ばかりが染みつき、信心を賜ったつもりの「安楽椅子」を壊すのは並大抵のことではありません。寝た子どもなら起こせますが、狸寝入りをする子どもを起こすのは至難の業です。特に真宗では、三業惑乱などもあり、信心をハッキリ言わなくなったのかもしれません。

 感謝していること
  疑い深い、納得するまで諦めない性質に生まれたというのは御仏とのご縁が深かったという事ならそれは大いなるよろこびです。

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