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みんなの「きづき」ブログ


無償・無条件の愛と条件付きの愛の違い

2018/01/15 10:32
 前者は真理との邂逅に近いもので、後者は人間の煩悩の愛のような気がします。

 真理もしくは超自然的な人知に上らないものは無償で見返りも求めないで、ただそこに愛が存在します。人間の愛は求め合っても同等ということもなく、常に不満が付きまといます。ああだから、こうだからと条件を付けなければ愛せないのです。親の愛といっても完全に無償とか条件がない関係は、最近ではあまり見られなくなったのかもしれません。

 ただただ愛おしい、無償で条件のない愛情を与えられる立場にあり、ふんだんに注げたらいいのに、三次元の人間の入れ物をもってしては限界があるので、無償・無条件の愛は難しいのかもしれません。ただ、それに近づけるような努力はしてまいりましたが、これからもさせていただく所存です。

感謝していること

 9年前のあの時からずっと私は無償・無条件の慈愛の光に包まれていて、特に何も欲しくもないです。文章が上手く書けたり、ほかのひとに分かりやすくお話しできる能力があればとだけ願います。


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あなたはこうなりたかったんですよね

2018/01/15 10:27
 自分がそうなりたいと考えていたこと以上のことを用意していてくれる方がいたとしたらどんな気持ちでしょうか。世間のことでも、自分が願っていたことを、こうなったらいいと口に出したこともないのに何故か分ってくれていて、「さあどうぞ」とあとは自分が受取るだけにしてくれたら、嬉しくて仕方がないでしょう。

まさしく、これが欲しかったというものを遥かに超えた用意されたものを手に入れたとき、夢じゃないかと天にも昇る気持ちになるでしょう。

 真理との邂逅が私にとっては、まさにそれでした。

同じような体験をしていただけたらと存じます。また、世間的なことでも、これが欲しかった、こうして欲しかったというサプライズの何かを沢山受取って欲しいです。

 蓄えてきたいろいろなものはきっと使い切れないうちに死んでいかないとならないでしょうから、必要としている人に差し上げることが出来たら嬉しいです。

感謝していること
死の解決が出来こと、それだけで外に何も別に要らないです。不思議で有難いです。


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「救われていても10年以上きづかないことがあるなんて」

2018/01/14 08:28
 一週間や一ヶ月きがつかなかった例は知っていました。私がお話しさせていただいた人たちの中にいました。10年以上というのは本当に驚きました。それほど善知識や信心を賜った同行に遇うことは難しいのでしょう。今日そんな話を聞いた後、座談会が終わったとき、実は私もそうだったときがつかせていただいたという話を聞いて、またびっくりでした。それというのも、私自身がもう二度と間違わないというくらいハッキリした真仮の水際が立っていたからです。

 一味の信心に救われたひとが少ないのと、そういう人の中でもゆっくり話を聞いてくれる人が又少ないので、救われていても本当にそうなのか確信が出来ないでいるひとがたくさんいるようです。だから、そんなひとたちのために話をしてあげて欲しいと言われました。

感謝していること
新たな私の使命を発見できた気がしました。有難いです。


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本当に大事で大切ひとにはよろこんで思い遣れる

2018/01/07 10:51
大事で大切なひとには、ちょっとでも快適な気持ちになって欲しくて、一つ一つの言動にこれ以上できないくらい心を配っている自分がいます。世間でいう、「親しき仲にも礼儀あり」というような「べきとか義務」とは明らかに違います。知らず知らずのうちに、礼儀や思い遣りの自分の手元にある最高級品を提示しています。ただし、商いとは全く性質を異にして、それは無償で見返りなどいらないものです。無理して嫌々何かをするから、歪が生じて、疲れたり、愚痴が出たりします。

 人生は、本当に大事で大切なひとと共によろこんで、ただそこにある慈愛をよりよく感じられるような言動、もしくは、ただ一緒にいることを楽しむ時間だと私は捉えています。それが具現化できるようなら、どんな言動の工夫も楽しみに変わります。

感謝していること
 どんな時も、自分の意思で人生をより豊かに味わえるように出来るようになったのは、有難いと感謝しております。


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言葉で表現できないけど嫌だった感覚の正体にきづいた過程

2018/01/04 22:07
 幸せな気分を味わうのに言葉は要らないです。

 ただ、ああ〜と感じるだけ。
 反対に不幸せな気分になるとき、自分以外の誰かの意地悪な言葉がそこにあります。

 その不快さを今まで言語化できなかったせいで、私は度々場面緘黙状態になりました。嫌な人とはなるべく一緒にいないようにしても、それが何らかの理由で避けられない時、自分自身が言葉を発することがなければ、何か嫌なことや酷いことを言われる回数がどんどん減ってきます。そして、目標は嫌な人と関りを断ち、相手にもされないことです。このように、言葉は人をそれほど幸せにはしませんが、不幸にすると私は実感を通して感じています。

 嫌な感覚の正体は自分を守り、イイ人、素晴らしい人、立派な人、私より賢く頭のいい人に見せかけようとする狭窄な心が感じられる立ち回りです。その演技性がどうしようもなく目や鼻について、心をナイフでぐりぐりえぐられるような感覚を覚えました。そこまで自分に自信がないの?私なんかに勝ってどうするの?仲良くできたらそれでいいんじゃない?

 ひととひとは共生して生きられたら、何の嫌さもないです。譲り合って、分かち合って、気持ちよく感じることが出来るような営みを続ける生き方を追求したらいいだけです。でもそれは難しいとされています。それは嘘だと私は知っています。自我を満足させるためのノウハウを子どもたちに押し付ける大人を止めたらいいだけです。優しさと思い遣りだけを実践して子どもたちに見せたらいいだけです。簡単なことです。

 生存学・障害学などという学問分野があります。そういうところで研究し、論文を書き学会発表をしている研究者に問いたいです。「他人にそして自分自身に優しく思い遣りのある内容の研究がベースにありますか」と。私は今の大学院でご一緒させていただいているある研究者をとても尊敬しています。文章力・語学力などの能力の点で優れているのは当然として、その上に、自分やほかのひとを幸福にする研究をずっと続けているからです。お話しされる一つ一つの言葉に重みがあり、謙虚で優しさに満ち溢れています。

 嫌だった何かに私が今、だんだんきづいてきたのは、その方自身、ご自分が体験した嫌だったことを例に陰に陽に私に分かり易く教えてくださったからだと感じます。嫌だったときどうするかお尋ねすると、「泣く、自分に対してキーとなる、許せない」という言葉が返ってきました。私は自分を抑える質なので、嫌なことを隠蔽し、誤魔化して生きてきたのだといつも新鮮な驚きを感じました。私のつまらない螺旋状の質問に付き合って丁寧に教えていただけたので、だんだんにどういう方向で自分の研究を進めてったらいいか可視化された気がします。有難いことです。

感謝していること
 素晴らしい方とは思いがけない場所で出会えるものだと感謝しております。


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人間そのものとしての在り方の障害〜幸せ基準で生きられない障害〜

2018/01/04 11:18
 幸せな感覚を味わえない人がいることに昨年は驚きました。

 今年はそれらの人たちが何を基準に生きているか研究追求していきます。

 人間として生きることは共に幸福を感じられるように共感し合い、助け合い、心を通わせ合う場面設定です。全てに「合う」という言葉が含まれます。

  やっと人間そのものとしての在り方に対して障害が生じる原因となるキーワードが判明しました。

 「自我(自己愛)」

  これが満たされるかどうかだけを悦びとする人たちが、その瞬間、瞬間で自我が満たされるかどうかで生きていることが人間の在り方を歪めます。自我を満たすことが他人の不幸の上に成り立っていようとお構いなしで生きるひとたちの為に苦しむことはないのです。このことが分かりました。

  

 そう自己愛性人格障害をもつ彼らは、「幸せ基準」では生きていません。彼らの生き方は「幸せ」でも「不幸」でもないのです。以下の二つのことをし続けることで生き延びます。

@自我が満たされるか否か、自己満足の世界なのです。彼らは自己肯定感が信じられないほど低く、みっともない自分を晒したくないし、恥をかきたくないので、極端に価値のある自分を他人に見せることを基準に生きています。

すなわち「恥から逃げる脳内変換」=「モラハラ」です。

Aただ、ずっと価値のあるいい人を演じ続けるのは疲れるので、同時に自分に逆らわない、攻撃してこない捕食対象の人物に対して虐待し続けなければ生きていけません。


自己愛性人格障害者の捕食対象者(被害者)から抜ける方法があります。これが出来たら、少なくとも世界が変わります。彼らの悪魔的常套手段である誤魔化・すり替えの理論にノーを突きつけることです。

「自分もこういうところがよくないが、お前のこういうところの方が余計悪い」

「これはこれ」「それはそれ」という考え方を徹底的に身に着けることが最大の防御です。

しっかり自分がされて嫌だったことと、相手の嫌だという言い分を分けて、同時に比較衡量することを避けます。同時に威嚇的に言われると

「確かに自分の方が悪いかも」

 気が弱い被害者はいつも押し切られて、自分を責めることになります。

 今、嫌がらせを受けて嫌だと言っているのに、過去にした過ちを出されて、だからお互いさまとか、むしろお前の方が悪いといわれても、それは全く別の話だとキッパリ言い切ることが出来たら、モラハラの被害から抜けられるかなり有効な第一歩です。

ただ一点考えなくてはならないこともあります。人生の在り方を慈愛や幸福で捉えるひとと自己愛を満たすことのみが基準であるひとにはおおよそ接点はないように感じられますが、自己愛性人格障害を持つ人も元々そんな生き方をしていた訳ではないのかもしれません。今生か過去世のいつかわかりませんが、何らかのきっかけで、自己愛を満たす生き方をするようになってしまったのかもしれません。それは確かに気の毒ですが、本人が気づくしか変われる方法はありません。

 もし家族や大切に感じられる人が自己愛性人格障害であるなら、次のように彼らが感じられるように言葉でも行動でもいいので教えてあげてください。

 「確かに自分の方が悪いのかな?」

 そういう疑問が出て、だんだんに、可愛そうだ、気の毒だ、愛しているから自分の元を去られるより、惨めでみっともなくてありふれてるけど、いっしょに幸せでいたいと望んでいる自分を見せて、共に幸せな気分を味わい合う気にさせたらこんなにいいことはありません。

まずは、「これはこれ」「それはそれ」ということを徹底的に示すことです。

「いまここで、私は辛い気持ちでいる。幸せを感じられない。私は幸せに生きていたいので、あなたに私の幸せを奪われたくない、だからあなたの言い分を受け入れるわけにはいかない、あなたが変わらない限りわたしはあなたとは関われない」と表明しましょう。

 まだまだ私の研究は続けていきます。今日はこれまでにします。

感謝していること
 弱い立場の人は論理的で効果的な言葉を発することを諦めて、諾々とモラハラにしたがってしまいます。私はサバイバーとしてモラハラに対処する言葉や理論を研究追求していこうと決意しました。全ての人が幸福を味わって生きてもらいたいと願っているのだということにきがついたことに感謝します。


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スピリチュアル+五感で十分味わう体験は一生涯いつでも何度でも甦る

2018/01/03 11:27
 人間という入れ物を持っているから感覚として体験できることは、特権というか醍醐味でしょう。有難く不思議です。
 
日々やって来ることをこなすのに忙しくしていませんか。
ただ食べたり飲んだりして、余った時間に生活を維持するために働く、そんな人生を見直しませんか。衣食住を満たすための人生はとても勿体ないです。競争や諍いで人間同士威張り、傷つけ合うのも止めませんか。
 
今後は人生で自身にやってくる、慶ばしきこと楽しきこと憂きことも悲しきことも十分味わう生き方をしませんか。
 
 ひととして生きてきて、私には忘れられない記憶があります。
今生の最大の課題であった生死をのり超えたときの、真っ暗に落ち込んだ心が急に晴れた感覚は鮮明に甦ります。ただそこに明るく優しく安心満足できる時間と空間だけがあることを信知できた感覚も鮮やかに心の奥深く留められ、いつでも取り出せます。このような理由から、十分に私の今生の目的は果たせた気がしています。

残りの人生はそれらの記憶のうち、それを欲している現在と未来の有縁の人たちと共有していく所存です。そのために、出来るだけ分かり易く、自身の能力を駆使して、様々な媒体で描き、話し、または黙って傍に寄り添い伝えていきます。

感謝していること
本当に辛くて何度死んでしまおうかと考えました。いまだに生きていられるのは、何の不思議か、人生はまんざらでもないかと感じられることを体験ができたからです。有縁の方々とそれをシェア出来たら幸いです。
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宗教家・教員(先生・教師)もしくは物書きの役目

2018/01/02 11:34
 宗教家はもちろん、他のひとたちに何かを伝える立場の者は、自分の関わるひとや学生や読者の苦しみに寄り添い、苦渋のモヤモヤした気持ちを吸い取り、歓喜に変えるのが一義的存在価値だと私は理解しております。
誰かに何かを教える人や描く人は、自分が偉いのではありません。そこのところを間違ったら大変なことになります。

 大きく間違っているので周りの人や学生が迷惑し、読者にそっぽを向かれるのです。しかるべき仕事をこなしていたら、それなりの評価は得られます。それ以上に何か出来ることはないかと考えるなら、徹底的に謙虚になることです。謙虚になれないのは、慢心と無知がなせる業です。


所詮、人間の出来ることなどたかが知れているし、大したことはありません。本当に、素晴らしい人なら誰かに雇われる教師稼業などしなくても周りの人に引き立てられ、恵まれた暮らしが出来ているはずです。物書きにしてもしかりです。それが出来ていないのは、大した仕事が出来ていないからだと反省しなくてはなりません。


 誰かに何かを伝えるというたいそうなことは要りません。自身が経験したり学んだことの中で、苦しいことを苦しいと、嫌なことを嫌だと認められない人たちの代わりに、そこから変わるにはこういう考え方をして、こういう方向に向かえばいいと教えたらいいのです。それを書きとめて、本や論文にしたり、講義をしたり、ワークショップでシャアするのが仕事です。書いたものや語ることは決して自身の自慢ではなくて、全て参加して聞く人、読む人のためのものでなければならないのです。ここのところを大きく間違っている学者や作家先生といわれる人たちを多く見ます。嘆かわしいことですし、悲しく、時間の無駄であり、人類の発展を逆行し、一人一人の心に何も残しません。

 ひとの生きている意味や仕事とは、真理との邂逅を果たすことです。そのために、先に真理に目覚めたものたちが、真理を目指して、自身が生きていて受けた喜怒哀楽を回りや後身と共有し伝えて、より真理に向かえるような方向にみなと共に向かうことです。

 中途半端な教師や物書きより、まだ、宗教家や占い師やきちんとした仕事の出来るカウンセラーの方がましです。自分を後回しにし、ただ来訪者の心に寄り添い、前向きで明るくなれることを伝えます。こんなことを書くと、そんな奴らと一緒くたにするなとか、自分のやっていることは高尚なことだとうそぶく輩もあるでしょうが、それは図星を指摘された負け惜しみです。悔しかったら、多くの人を感心させ、感動させ、生き方を前向きで楽しく変換させるような仕事をしたらいいだけです。それも出来ないくせに他の職業を批判し、非難する資格はありません。

以上、かなり辛口のことを述べましたが、自分自身も常に自戒していくために書きました。

感謝していること
生きる目的意味をしらないでひとを指導したり物を書くことが、どんなに無意味で時間を奪っているか知らされたことに有難く感謝します。

 


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死と徹底的に向き合い、生死を超えた体験なしに死を軽々しく語るなかれ

2017/12/31 12:05
  多くのひとが死を語ります。文章で書いたり、講演したり、対談したり、テレビやラジオで発言したりします。
死を語るそのほとんどが実際にやって来る死のためには、蒲団の上で水泳の練習をしているようにしか私には感じられません。実際、水にも入らず何をやっているのだろうかと可笑しくなる感覚と似ています。また、動物園の檻の前で獰猛な肉食獣の虎等を眺めて、虎とは恐ろしい奴だ、あの牙や爪にかかってはひとたまりもないと驚き半分に高みの見物をしているひとたちをも連想させます。インドやアフリカの竹林で、突然、子どもの虎と出くわしたとしても、腰を抜かすくらいの衝撃があるでしょう。

 西洋哲学・心理学・社会学で薀蓄を垂れても、ずばり死の解決の方向性を示しているものに私はまだお目にかかっていません。どんなに高尚なことを言っていても、実効性の伴わないものは無用の長物です。

 物心ついた時から、私は死の恐怖に怯えて、何とかこの不安な気持ちを払拭できないかと仏教にその解決の道を求めました。人間の能力で何とかできる問題だとは思えなかったからです。

 その中で私が選んだ浄土真宗は聞法修行です。阿弥陀仏の本願の生起本末の説法を聞き、疑いが全く晴れた時、仏の悟りの52位の一つ手前の、51位の正定聚の菩薩になれます。横超といって0段の凡夫が一気に生きているいま、ここでその身に救われると親鸞聖人は説かれました。

 この体験をさせていただこうと、何十年も疑いの心と対峙しました。無常は迅速であるのにも変わらず、死は刻々と迫り来るのに、死の解決が出来ないまま呼吸や心臓が止まったら、私はどうなるのだろうと眠れない日々を過ごしました。大きな重い課題をずっと抱えながら人生のあらゆることを、心から楽しいと感じることもできませんでした。

 何十年もの長い年月を経て、それがあるとき、ふと、いま、救わらなかったらどうなるのかと、長綱をはいていた遠い死が今という目前に迫り、それまでの教養も修養も聞いてきた仏教も私の迷った脳や心で受け止めてきた偽物だと知らされ、頼るものは何もないと全てを手放させられた時、助かる縁も手掛かりもなくなり、これ以上ない漆黒の暗闇である無明が広がった途端、それが晴れるという体験をしました。自分の力で「疑情」を晴らすことは出来なかったのだとハッキリ知らされました。「ああ・・・・・・」という感嘆の言葉しか出てきませんでした。親鸞聖人とこれは同じでした。危ないところだった、もしこの身に救われなかったら、また迷いをくりかえすところだっと不思議で有難い何とも言えない出来事でした。

 お前の勘違いだろう、夢でも見たのだろうと言われる方もあるでしょうが、これはある人で一生涯一度、ない人は想像も出来ないことでしょう。死に向き合い、死を超える体験はもしかしたら、世界の別の宗教等でも出来るのかもしれません。これはまだ研究に着手していないのでわかりませんが、別に真宗などセクトに私は拘っていません。私のように死の不安に怯えて、解決したいひとたちに向かって、方向性を示せたら幸いです。それが死の解決を実際体験した者の使命であり、楽しみであると私は自覚しております。

感謝していること
本当に不思議で有難い身に救われたことに感謝します。

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真宗の転迷開悟、もしくは真理との邂逅(きづき)について

2017/12/25 18:54
 阿弥陀仏の本願に対して微塵の疑いもなくなり、信じられたか否かです。

 きっかけは無常観・罪悪感等いろいろあるでしょうが、ただ、疑いが完全に晴れたかどうか、これを「信疑決判」といいます。一生涯である人で一度、ない人はまた迷いを繰り返すことになります。

 どうか一日も早く、阿弥陀仏のご本願を賜ってください。いまここで救われます。
 
感謝していること
 何十年もかかって、やっと本願真と知らされました。不思議で有難いです。念仏でもなく信心一つで救われる親鸞聖人が明らかにされた真宗の教えを日本で聞くことが出来てとても嬉しいです。


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タイトル 日 時
生死の超越(後生の一大事の解決)から逃げず、向き合う真宗のこれから
 仏教は最終的に仏に成るところを目指し、実際仏に成れる教えです。 ...続きを見る

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2017/12/24 10:09
言葉にならない、言葉が出て来ない、またはどもってしまう
  内向的な私は言葉を飲み込む癖があります。 ...続きを見る

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2017/12/16 09:06
死の解決が人間の究極的目的
 もし、あとわずかの命だと分ったとき、人は何を思うでしょうか。 ...続きを見る

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2017/12/06 23:39
何度も繰り返してるのでわかること、嫌ならとりあえず身をスッと身を引くこと
 身を引いても、それでもなぜか離れられないならきっと、それは本当に運命なのでしょう。離れられないと諦めるところまで縁があるならそれはそれで大切にしないとなりませんが、離れてスッキリする場合もあります。試してみないと分かりません。 ...続きを見る

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2017/12/02 21:44
自己を正当化するために他者を責める究極は戦争、どこかで止めないと
 「人を殺す実弾が入っている銃で訓練したことが嫌だったんだよね。それが嫌で徴兵、避けて来たんだよね。いつかは銃を打つ訓練が始まることは頭では分かっていたけど、実際、してみて嫌だったんだよね。今の本当に持って行きどころのない辛くて悲しい気持ちを数か月後に訓練が終わるまで、銃を扱う時は、いつも忘れないでいて。元の生活に戻ったら、きれいさっぱり忘れてもいいけど」 ...続きを見る

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2017/11/30 17:20
どうしようもなく辛くて悲しいとき誰に気持ちを聞いてもらう?
 行き場のない遣り切れない気持ちを共に味わい、なおかつ壊れそうになっている脆いギリギリな部分を支えてくれる優しくて強いひとです。 ...続きを見る

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2017/11/30 11:01
私に生まれたこと、私でいられることに感謝出来ると・・・・・・
 自分以外の人や出来事に感謝していた私ですが、自分自身に感謝したことがなかったことにきが付きました。取るに足らないちっぽけな私をそのまま救ってくださった佛さまへの感謝や御恩の気持ちはずっと続いています。それでもその佛さまが大好きだ、可愛いと大切にしてくださっている私自身をそのまま受容できていなかったのです。 ...続きを見る

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2017/11/28 23:44
光明に触れ、酩酊から醒めると、徐々に煩悩が歓喜になり光輝きだす
 煩悩が光明に照らされると、懺悔となり歓喜に変わりよろこべます。 煩悩はそのままで、本当に生きている実感が持てます。 魂・精神を真理(のようなもの)に完全にわかってもらえている安堵の気持ちで満たされます。真理(のようなもの)といつも一緒なので、他人と比べて誇ることもなく、そのまま、ありのままの状態が嬉しいのです。 ...続きを見る

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2017/11/26 12:51
自分の気持ちをしっかり感じて“でも私はこっち”ってしたいこともそうでないことも選んで生きる
 聞き分けが良くて、人に不快感を与えたくないとか、即行動してなるべく物事を先延ばししないようにしようと心がけて生きてきました。 ...続きを見る

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2017/11/23 10:06
愛を請うひとたち
 児童自立支援施設を御存じでしょうか。 ...続きを見る

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2017/11/20 22:48
心の強さに加えて時間と根気と思いやりがあればモラハラから自由になれるかも
 しかるべき誰かに出合えて、自分がモラハラをしてきた事実を知り、受け止め、本当に直そうというきもちになれば、自性である意地悪を我慢でき、抑える別の生き方が出来るようになるかもしれません。それはモラハラをする人にとっては不本意であり、利益はないので、甘えが抜けず獲物に依存して甘い汁を吸う状態から変わることは難しいです。 ...続きを見る

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2017/11/13 23:57
マーマレードボーイとスパイスガール
 甘さの中に苦いところがあるマーマレードボーイ。 ...続きを見る

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2017/11/13 23:27
そこに慈愛があることの意義――倫理・道徳とかの正しさじゃなくて――」
  親に孝行、人に親切は正しいか問われたらただ他正しいと答えます。しかし、実践できるかどうかといえば、話は別になります。 ...続きを見る

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2017/11/11 14:17
人生と向き合ったら恐怖は消えていた
 逃げている間はずっとモヤモヤした気持ちが消えません。 ...続きを見る

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2017/11/11 09:50
自分と向き合い自分に対しての責任を果たす
 自分と向き合うのはある意味、恐ろしいことであり、自分に対しての責任を果たすことは途方もなく困難なことに思えます。それでも、これが出来ないと苦しみをずっと抱えて生きることになります。 ...続きを見る

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2017/11/09 12:11
モラハラ加害者は自己愛性人格障害の可能性大、精神の病かも
見かけは大人、知能も大人、でも人格が0〜2歳児。 ...続きを見る

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2017/11/06 11:09
自分を反省することを止めて、相手を憎むことが出来たらモラハラから離れられる
 「モラハラする相手を責めることより、自分にも原因があるから反省すべきだ」という人たちの言うことを信じてはいけません」 ...続きを見る

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2017/11/05 13:45
違和感の正体
ほとんどの人と接するとき、言い知れぬ不気味さを感じていました。完全に信用することのできない何か、違和感がありました。 ...続きを見る

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2017/11/05 12:31
実存のきづきは真理と本人の間こと〜代れも引き受けも出来ぬ痛み〜
 きづきの話を10年くらいしてきました。 ...続きを見る

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2017/10/12 11:23
上に立つ境遇にある者の“自分語り”の矜持
 地位や名誉も持たない一般の人の中にたくさんの素晴らしい方がいます。 ...続きを見る

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2017/10/09 08:47
存在していていることを本当によろこぶには
  身体・思考・心・スピリチュアルがバラバラでそれぞれが勝手にいろいろな方向に行こうとしていると苦しいです。多くのひとはこのことにきが付いていません。全てが統一感をもって満足な状態になったとき、自身の存在を肯定できよろこべます。 ...続きを見る

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2017/10/08 06:56
人間として存在する意味
 食べて飲んで日々過ごして年を取って死んでいく人生の意味を私はずっと考えてきました。そして、それが迷いから抜けることであることに何となく気がつきました。迷いから抜け出したいと本気で高校時代から考えるようになりました。 ...続きを見る

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2017/10/08 06:29
とても人間のすることではない、泣くことも死ぬこともできない経験を手放すには
 他人のみならず、実の親に虐待され殺されそうになった、性的虐待を受けた等心身にどうしようもない傷を負った人たちの話を数えきれないくらい対面で聴いてまいりました。 ...続きを見る

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2017/10/05 10:59
感謝がない・謝れない・改められない・人を虐めるのはいつも被害者で自分が不幸なので
 お蔭さまで、佳くしていただいて嬉しいです。 そんなに辛くしんどく苦しいのなら止めます。 ...続きを見る

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2017/09/24 11:02
「周りに火を燈して大切にする〜泥のついた本音(煩悩)を認めた上でその先〜」
 大切にしたものが残るということなのだと分かりました。 ...続きを見る

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2017/09/23 06:29
伝道・教育と研究の相違点
 前者は対象者の解脱・より良き人生への導き、救いに主眼が置かれますが、後者はメカニズムの解明に着眼し、客観的態度で行われます。 ...続きを見る

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2017/09/21 15:56
不誠実な態度を取る人の行く末
 あまり気が進まない中、意を決して、あることを注意した時、そのことに反省するでもなく誤魔化して、その場で、反対に自分に対する不満を持ち出されて、改善して欲しいと言われたとき、もう無いな、挨拶さえ関わるのは二度と無理とさーっと冷たい空気が流れたことはありませんか。思春期の子どもならともかく、社会人になってもそんなことをするのはアウトですよね。それが子どもだとしても過去世から、ろくな人生を歩んでこなかったのだと呆れてしまいます。 ...続きを見る

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2017/09/21 15:50
人間同士は真理を媒介してしか真の意味で分かり合えない
 三次元の身体を持つ以上、別の入れ物に入っている以上、いくら気持ちを慮ろうとしてもおのずと限界があります。 ...続きを見る

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2017/09/19 13:40
お互いに完璧に信頼し合える人物とはなりえないならどうする?
 どんな夫婦・親子・師弟関係も絶対的な信頼関係たりえないと心底知らされたとき、本物の救いを求めます。人間の誰かが何かして助けてくれるとか、心の内を完全に分かり合えることはないのだと分かりきったとき、自分の力に頼ることは止めざるを得なくなります。誰かの為に何かをしたいと願ってもその人が望むそのものをしてあげることは叶わないし、誰かが私に私が本当にして欲しい何かをしてくれることもできないと心から知らされた時、真理との邂逅を願わざるを得ません。 ...続きを見る

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2017/09/19 06:28
人間の慈悲が小慈悲である三つの理由
 仏の慈悲が大慈悲であるのに対して、人間の慈悲が小慈悲であるその訳は以下の3つのことがらに因ります。  @相続しない ...続きを見る

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2017/09/18 07:37
人間の誰かには継子としてしか頼れず、甘えられないことにきづく
絶対に裏切らないのは実の親であり、継父母には他人行儀でしか接することはできません。しかしながら、いくら血を分け腹を痛めて産んだ子でも、人間の親は真の親にはなりえないことに、私は物心ついた頃から気が付いていました。 ...続きを見る

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2017/09/17 20:13
所詮人間の慈悲なんてこんなもの(笑)
理解者(味方)は私だけ、可愛そうなあの人を何とかしてあげたい。 ...続きを見る

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2017/09/17 10:46
苦しいのは真理を知らず、迷った自分ばかりに目が向いているから
 人生は苦なり。 ...続きを見る

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2017/09/16 07:05
老若男女に関わらず今救いを求めるひとに向けて
 今救われたいんですよね。 ...続きを見る

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2017/09/12 11:32
誰かに何かして欲しいことも、自分がしたいこともありません
 今生での私自身の望みは叶い完結したので特に何も要りません。 ...続きを見る

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2017/09/08 09:30
自分の未来にその人がいて欲しいかどうか
 ひととのいま・ここの関係はどんな類のものでもこれに尽きます。  誰かとこれからも何らかのかかわりを持ちたいなら、そうなれるように真摯に誠意を尽くした方がいいです。信頼関係は本当にわずかなことを積み上げていくうちに強固なものに徐々に変容していきます。 ...続きを見る

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2017/09/04 09:10
自立なんてできないのに・・・・・・
 人間は自立が出来ないからろくでもない配偶者などに依存・執着してDV・モラハラなどの被害に遭って命まで奪われるのに。 ...続きを見る

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2017/08/29 07:12
自分の気持ちに素直に生きる
 嫌々何かをするのは止めました。    嫌なら黙って身を引く。  苦手な人を無理に変えない。  怖れや怒りを隠し持つ人には自分から関わらず、ひたすら待つ。  誰かの都合のいい人にはならないで、仏教の教えや、自分の倫理観に基づいて生きる。    本気で生きていきます。   私に残された時間はもうすぐ終わるので。  生き切ったという日々を重ねていきます。  自分を愛おしみ、ひとも同様に。 ...続きを見る

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2017/08/28 09:28
救いやさとりをどう表現するか
 ものがらは同じでも、表現方法は千差万別です。 ...続きを見る

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2017/08/27 09:35
本当に嬉しいことはほんの些細な日常の中に隠れてる
 女王(自分の王国の)気質の私は他人に負い目を感じさせたくありません。 ...続きを見る

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2017/08/18 09:24
慈悲(愛)を請(乞)う人を卒業すると
 何の疑いもなくただ信じることが出来たらもう何もいらなくなった ...続きを見る

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2017/08/04 20:32
視座を上げると見えてくるもの
 最終的には自身は生死を超え、全てがつながっていることが分かります。 ...続きを見る

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2017/07/16 10:26
三昧を生きる
 好きなことを好きといえて、自由自在に生きる。 ...続きを見る

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2017/07/16 00:30
人間に生まれて来た意味
 迷いを抜けるためです。  人間の時にしか迷いを抜けることはできません。  苦しみが重くのしかかるようなところ、楽しすぎるところでは迷いを迷いと感じられず、どうしたら抜けられるかなどとは考えられません。    浄土真宗の聴聞で初めて聞いた説法は「人身受け難し」でした。  迷いの六道で迷い続ける私たちは人間に生を受けた今、阿弥陀仏のご本願の生起本末を聞き疑いなく信じた時、この迷いのサークルから抜け出ることが出来ます。  そもそも六道の中では、地獄・餓鬼・畜生界に生まれるも... ...続きを見る

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2017/07/09 18:42
きっと あなたのところに逢いに行くね、私、だから生きてて、待っててね!
 世界中の、死刑囚のところ、刑務所、少年院、難民キャンプ、やっと自由な場所に助け出されたひとたちがいるところ、小さい女の子や男の子たちの集まってるところ。  私は自力を手放して他力にすぐに救われる話をしに行きます。  もう少し、生きていて待っていてください。 ...続きを見る

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2017/06/19 01:46
理論と実践の関係(浄土仏教の救い)
  まず考えることから始まります。  どうして自分は苦しいのか。  周りの人も苦しんでいる。  どうしたらそこから脱け出せるのか。 ...続きを見る

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2017/06/16 06:39
まず何が一番大切か、それが問題
 稲垣瑞劔師は村で一番、仏教の聴聞を聞きに行っていると評判の女性に会いもせず、写真も見ず結婚相手として選んだと聞きました。相手ももちろん、仏法熱心な人ですからよろこんで妻となってくれたそうです。 ...続きを見る

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2017/06/15 08:33
この世でおそろいの真剣さでお互いに向き合うことはできない
 <どちらかが先に行き、追いついたと思ったらまたおいて行かれ、いつまでたってもぴったり「おそろい」の憶いでいられるひとはたぶんいない>  これが私の今のところの結論です。  いつか人間じゃなくなったとき、そこで一緒のひとたちが「おそろい」のひとでしょう。  私は欲張りで、妥協したくないのでひとに憶いを求めることは止めました。いろいろ走り回ってもがかないとこう考えるところに至ることはなかったのでしょう。  感謝していること    新しい見地から、物事を感じ再構築していくことはと... ...続きを見る

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2017/06/14 22:43
義務が覚悟や決意に変わると苦しみが楽に変わる
 「こうあるべき」・「こうしなければならない」→「これでいい」・「これがいい」  このように変わった時点で目的が成就されます。  義務の段階ではとても苦しくて何度も挫折しますが、ある時点を超えて覚悟や決意に変わってしまうと執着が無くなります。 ...続きを見る

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2015/02/25 10:50
自分の力を完全に全て出し切った後にあるもの・・・・・・
 真理との邂逅などと難しいことを言っていますが、結局は自分の力は一切、間に合わないとハッキリ知らされることです。  中途半端な言動をしている人には知らされることはありません。  本当に精一杯自分の存在を賭けて、真理を体得したいと必死にじたばたした後に知らされることだからです。 ...続きを見る

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2015/02/23 13:12
佳いことを思い、口にし、行う心掛けが大切な訳
自身が病の床にあったり、仕事が少なくて経済的に不遇だったり、心身の病を抱える家族の介護で身動きが取れなかったり人生には様々なことがやってきます。  それらはニュートラルなのですが、悪しきものと捉えるか何かを学ぶためだと佳いように捉えるかで、もちろん現在もですが、その先の結果も違ってきます。 ...続きを見る

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2015/02/21 20:08
病は死の便り〜今、ここで御仏を疑いなく信じて〜
後どれくらい生きられると思っているのでしょうか?  今病に苦しんでいるのはとてもお気の毒ですが、もし今回治っても死ななくなった訳ではないのです。 ...続きを見る

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2015/02/17 20:55
知識と実践の間には途方もない乖離がある
 あれも知っている、これも分かっているという人は大勢いる。  でもそんなのはパソコンに言葉を入力して検索のところをクリックしたら一瞬で出てくる。  大切なのは心で何を感じるかを表現すること。  喜怒哀楽や温暖や意志や行動を起こさせるか否か等々。    知っていても何もしないのならコンピュータの方がずっと賢い。  この地球という星は行動が伴わないと学べないことになっているらしい。  何もしない人は傷つかない代わりに、何も学べない。  何かするとやり玉に挙げられ、いろいろ言われるけれ... ...続きを見る

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2015/02/14 00:41
御仏の願い
 何をしても安心できない、満足もできない。  本当は時間がうつろうことも何も変わることもなく、今存在するだけなのにそれが分からず、迷いの中でもがき苦しむ。  心が真暗で何も分からず、どこにいるのかどこへ行こうとしているのかもわからない。  自分が一体何者なのかそれもわからない。 ...続きを見る

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2015/02/13 09:29
自分以外の人の話を聞くということ
 ただ何となく聞いていてはダメです。  オーラとか雰囲気も感じる訓練をしましょう。  それが自分を護ってくれることになります。    話というのは何かしら伝えたいことがあるのです。  その伝えたいことによってにこやかなときもあり、何となく背筋が寒い時もあります。  また自分の為になるように感じることもありますし、反対に存在を脅し、果ては抹殺する意図を持っているのだときづくことすらあるのです。 ...続きを見る

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2015/01/13 08:15
確かに環境問題・陰謀説等々も大事ですが、いま、ここで救われていることが最も肝要
 このままの状況が続くと地球は温暖化が進み、何十年後には悲惨な状態になるという人がいます。  この何十年かごが50年後だとしたら私は生きていないかもしれません。100年後であれば余程医学が長足的に進歩しない限り、100%に近い確率でこの世には存在しないでしょう。    環境問題などで不安を掻き立てられるようなことを聞くと、7年前以前ならきっと死後の暗闇の恐怖が払拭出来ていなかったので、戦々恐々としていたことを思い出します。  しかし今は、全てを御仏にまかせてあるので死後の不安は何もありま... ...続きを見る

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2015/01/11 03:03
真理や事実を知るために何をしたらいいか
  何か起こった事実なら、そこに行ってその時のことを聞いて回り、自分の足や目や耳を使って直に取材すること。二次情報ではなくその場で体験した人の書いたものや話を集める。どこかのジャーナリストが言っていることですが、とても重要です。 ...続きを見る

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2014/12/30 20:34
疑いが晴れてこそのよろこび
あなたとの 出値いのときから 消えていた 要らぬ疑い これがくせもの  ...続きを見る

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2014/12/30 09:42
御恩報謝
今日は授業で短歌を詠みました ...続きを見る

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2014/12/09 05:58
人間関係のツールが違う人たちと関わるには覚悟がいる
思いやりや優しさの言動を以て自分以外の人とコミュニケーションを取ろうとする人と、暴力や脅しで言うことを聞かせようという人のアプローチの仕方はとても異なります。 ...続きを見る

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2014/11/17 07:51
絶対調和=空=無
 ほかでしているブログでこのことを詳しく解説している投稿記事があります。  http://ameblo.jp/stella18/entry-11653067805.html  その中で以前は「真理の光源」は存在する空間の『全てであり、または無(空)』でもあります」と表現していました。  「全て」という表現がほかの二つと完全にイコールになっていないように最近感じていました。それで罰の言葉で言い表せないかずっと探していましたが、ピッタリの言葉に出合えました。  「絶対調和」です。これなら「全... ...続きを見る

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2014/11/14 10:58
今の取組の姿が、そのまま明日を創り、迷いを抜けられるか否かを決定する
人にはそれぞれその人がしなくてはならない役割があります。  各人が人生から問いかけられているものです。  しかしながら、それはそんな大げさなものではありません。  日々の小さなことの積み重ねです。    家庭内でも自分に課せられた仕事があります。  子どもには子どもの大人には大人の役割があります。  不幸にして幼少に親を亡くす子どももありますし、そうでなくても親が自分の仕事をするために家事をこなさなくてはならない子どももあります。  子どもの自立の為にわざと厳しく家事を仕込ん... ...続きを見る

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2014/07/19 22:32
本当に手に入れたいものは心のブロックが外れたら今すぐ手に入る
救われたいと思って宗教団体に属している人たちのほとんどは本当に救われたいと思っていないでしょう。  何故なら、本来の目的である真理との対峙をしている人を見ないから。    口では救われたいといいながら、団体の世話や金儲や名誉を得ることに一喜一憂している人をたくさん見てきました。  そして無常が迫ってきているのにこんなところで仲良しごっこのお遊びはしていられないと団体を出ました。 ...続きを見る

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2014/07/18 07:52
ご縁のない人を悲しむ
 縁無き衆生は度し難し  無宿善においては力及ばず ...続きを見る

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2014/07/13 18:40
自己中とか自意識過剰の人は見ていても一緒に居ても悲しい
 お蔭様で丈夫で今まで過ごせておりますが、病気の人が愚痴や文句を言うのは悲しいです。  元気なお前に分かるのかと言われれば、病気のことは分かりませんが、迷いの魂と対峙して無明業障の恐ろしき病に私はずっと苦しんでおりました。    とにかく、今死んだら困るという気持ちが強く、常に頭から離れなかったです。  未来の行く末が不安で、特に死後は全く分からない、どこからきてどこへ行くのか生まれて、5年前に救われるまでずっと不安でしたから、不治の病に冒されている人たちの気持ちは分からないこと... ...続きを見る

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2014/07/12 17:22
人が安寧を得ることは三世因果を知ること
中国に顔回という孔子の門弟の最高の人格者がいました。彼は極貧な生活で、しかも夭折しています。  一方、盗跖という大泥棒は悪事の限りを尽くしながら、富貴栄華を極めて死にました。  孔子は、この二人の人生を比べて 「あゝ、天道、是か、非か」と大いに嘆いています。 このようなことは、私たちの周りにはたくさんあるのです。 ...続きを見る

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2014/06/23 01:08
これでどうでしょう?(宇宙との一体化)
 宇宙全体が私の中に存在し、宇宙の中に私が存在する  光明が私の中に存在し、光明の中に私が存在する  宇宙全体が一つのエネルギーの塊であり、皆がつながっている  そこにはもちろん自我もなく、無であり、空であるけれど  同時に全てでもある ...続きを見る

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2014/06/17 20:01
体験と理論(教学)の両方を説くのは難しい!
 宗教家と呼ばれる人で歴史に名を遺した人たちは、真理との邂逅の体験がおそらくあり、それを理論立てて説法していきました。  本当は体験だけで構わないのですが、小賢しい人たちを納得させるためには、理論や理屈が必要だったからでしょう。  後に教えに基づいて体験を獲た人たちは数多くありましたが、教えをその時々に応じた言葉で、時には外国語を翻訳して残した人はその中でもわずかです。 ...続きを見る

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2014/05/24 18:47
自分の人生は自分の足で立ち責任を持つ
 自分の足で歩けるようになったら、その時から自分の人生を生きなければならないということにきがつかない人たちがたくさんいるように感じます。 ...続きを見る

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2014/05/24 12:26
自分の中にある罪をことさら考えてもいつまでたっても救われません、自分で何とかできるものではないから
 宗教団体のある人たちは罪で脅します。  そしてたいていの所は、結果的に免罪符を買うためのお金を要求する仕組みを取っています。    ほとんどの新興宗教の団体の主催者や幹部はその宗教の教義や信仰はどうでもよく、そんなことより名利を求めています。  信心を獲るのに一生懸命なのは、末端の会員さんたちです。  実態のない信心を獲られると騙して、祈祷や高価な壺や印鑑やビデオや書籍などを買わされたり、献金でお金を巻き上げられます。 ...続きを見る

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2014/05/24 00:13
もともとただ私は光の中にいた
このことはいろいろな意地や我慢や見栄や下らない自分を守って力んでいることから自由にならないと感じられませんでした。 それらが何もかも全く役に立たない、それどころか真理にきづくのを妨げていたことがわかったのは救われたまさにそのときでした。 正義や道理や自惚れは不安や恐怖から身を守るための実体のないかえって邪魔になるものであるのに、それにきがつかないのです。 ...続きを見る

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2014/05/23 08:55
 救われた人は「救われたい」気持ちはすっかりなくなり、二度と起こりません
 「救われました」「救われています」と自分の力で何とかしたい、何とかできるという心がすっかり消えます。なぜならそれらは、迷いを抜け出ることには全く役に立たなかったことが心の底からわかったからです。  頑張って下さい!覚りは足下にあります!   「タイミングが大切です」  どうか、ご縁の深いみなさんと一緒に、それぞれが、御仏(真理)と対峙して、今、この場で救われてください!  今を逃したら、また迷いの世界を輪廻することになります。  吸う息、吐く息の中に無常が潜んでいます。  臨終が... ...続きを見る

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2014/05/22 22:12
覚悟・決意して、扉の所まで行って、取っ手に手を掛けた瞬間、あなたは真理の中
もう少しです。油断なく真理と対峙してください。 くれぐれも突発的な事故に巻き込まれて、命を落とすことのないように!ここまで来たのに勿体ないから!  あなたが一番、真理の近くにいます。  一秒でも早く真理と一体にさせていただけることをお念じ申し上げます。  本当に、本当に、もうすぐですから。  今、ここで、あなたが救われます。  感謝していること  御仏の憶いの詰まった願いとみなさまの尊く深い仏縁に感謝しています。 ...続きを見る

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2014/05/21 18:11
異国文化・宗教等に対する先入観と情報リテラシー
 情報リテラシーとは 【英】information literacy  情報リテラシーとは、目的に応じて情報を活用する能力のことである。 「リテラシー」とは、もともとは識字能力、読み書きできる能力を指すが、情報リテラシーは印刷された文字だけでなく、見聞やインターネットの情報といった、各種の情報源を適切に利用し、散在する情報の中から必要な情報を収集し、整理し、そして発信するための能力を指す。  情報リテラシーのうち、コンピュータやインターネットを中心としたITを活用する能力は特にコンピュ... ...続きを見る

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2014/05/19 22:32
生命や精神の危機に際しては権威や常識を信じるな!
もしも、地震や水上で海難事故またはレイプされそうな場面に直面したら、逃げる時は自分で判断しないとなりません。冷静に状況を判断して、生き延びる方法を考え、素早く行動に移します。  生命の危機に遭遇した時には恥も外聞もありません。お金や財産よりもまず我が身の危険を避ける行動をとります。必死になってどうしたら生きられるか一秒を争う状況で集中して命を護ります。 ...続きを見る

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2014/05/16 06:46
人間に智慧はないけど少し想像力があれば、自他共に佳い方向に向かえるかも
仏ではないので智慧はありませんが、人間は頭脳が発達しており、想像力というものが備わっています。  その想像力をフルに駆使して、自分以外の人の立場、状況になり替わることは多少なりともできるかもしれません。    想像の翼を広げるには、たくさんの経験より、自分や他人の痛みを感じる受容力が大きく関わります。想像力を生かせる人は、過去世からの贈り物も含めて、相手の立場に立って、笑顔が弾けるようなことを常に考え、その人が恥をかき、悲しい思いをすることは避けます。 ...続きを見る

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2014/05/09 21:35
煩悩が造る罪悪を超越した救い
  我が身の罪悪ばかりに目がいって、御仏の超世の尊い願いを知らないならば、生涯ずっと己の罪悪を償う生き方をするのでしょうか。  某宗教ではその罪をある一人の男が背負うという発想をするらしいです。  たかが人間などに罪を償える力があるとは到底考えられない私にはとても理解不可能です。    元々人間は有限で迷った存在なので、自身の生命維持のため食べ物や他を奪い合ったり、迷いの世界が暗くてほかの人がよく見えないので、誤解が生じ、ぶつかり、戦い合ったりするのかもしれません。  だから... ...続きを見る

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2014/04/27 20:27
治りにくい病について(無明業障の病)
 人間は邪見・驕慢で自分の本当の姿が分かりません。  迷いの世界にいるのにそのことが分からないから、そこから抜けようともしません。  「私が救われていないとでも思っているんですか?」という方は自分が救われていると思っているのでしょうね。それが本当ならこんな結構なことはありません。    明らかに救われた人の言動ではないことを繰り返す人でも、本人が救われたつもりなら絶対「救われたいと思わない」でしょう。  思い込みという頑なで強固な「信念のようなもの」がある人というのはかなり付き合いにく... ...続きを見る

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2014/03/26 22:47
根本の解決をせず表面を取り繕う人たち
民意なんて反映している国政選挙は近年ありません。  みな巨大な某国の意向に沿う結果になっています。   日本国民は原発を反対する政党に投票しているのに、投票用紙をそっくりそのまま、捨てられてしまったり、経済優先の党に開票機械が書き換えたりすることも大いに考えられます。   まずは、機械から人間の手による開票に戻し、自主的な市民の出口調査を徹底するなど不正開票が行われない選挙を取り戻すことをしなければ栓がありません。  選挙制度の不正をそのままにして、いくら大義名分の素晴らしい... ...続きを見る

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2014/03/18 22:28
全く、スッカリすがっているものを手放す勇気
 それが迷ったものでも、それが分からない状態のときは、放してしまうと大変なことになる、なくなったら死んでしまうような錯覚に陥ります。  せっかく自分が思い浮かべるいもしない仏や神やキリストなどのイメージや残像を消し去ろうとしても、完全になくす事は出来ずに、迷いの元だから捨てよと言われても、また再びそれらを思い浮かべたり、ネットでわざわざ画像を検索してきて、安心して落ち着こうとします。 ...続きを見る

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2014/02/28 22:39
安楽椅子の罠
救いを賜ったという人にも、本当に救われた人と思い込みという安楽椅子に座っている人の二種類の人があります。  仏教の教えで御仏から賜るものと同じような心境になれるものが、アメリカや日本のがんの末期医療で「ターニングポイント」とか「チョイスポイント」とか呼ばれるものと類似しているかもしれません。今、これを私は研究しています。 もう一つ、ナチスドイツの強制収容所から生還して「夜と霧」で有名なロゴセラピーで有名な心理学者フランクルの研究やほかでも似たような境地をよろこんでいる人がいるかもしれ... ...続きを見る

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2014/02/26 21:10
明日をも知れぬ無常を感じる方々へ
 もしかしたら、現在不治の病に冒されているかもしれませんし、今晩夜道を歩いていて車が突っ込んでくるかもしれません。  今日有って明日が分からないのが私たち人間の寿命です。  それなのに、限りのある命なのに、いつまでも生きられると錯覚しています。 ...続きを見る

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2014/02/23 16:14
一度や二度失敗したからって何なんですか?私は30年近くやってきましたよ
 こんな風に弁護士の宇都宮さんはおっしゃいました。サラ金のグレーソーン撤廃の法案が通り、本当に国民は助かりました。  いつ法律が通ったかも当事者ではなかったので知りませんでしたが、宇都宮さん始めたくさんの弁護士や政治家の方々のお蔭で救われた方はたくさんあったでしょう。 ...続きを見る

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2014/02/13 19:19
敵前逃亡ほど卑怯で残念なことはありません
 ただし戦って無駄に命を落とすことではありません。  いつまで生きているつもりなんですか?  がんを宣言された人、80歳以上の人などではなくても、いつ死ぬか分からないんですよ。  それなのに「今」救われる真理との邂逅をなぜ急がないんですか?  なぜ諦めちゃうんですか?  なぜ、向かっていかないんですか?  いくらでも手伝うって言ってるでしょ?  遠慮してる場合じゃないでしょ?  諦めて諦められることなんですか?  それほど真理の探究は軽いものなんでしょうか?  失望しました。... ...続きを見る

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2014/02/13 18:07
暗い心(疑情)と黒い心(煩悩)の違い
 信心を獲たら「暗い心」は無くなりますが、「黒い心」は臨終まで無くなりません。  しかしながら、信心を賜るまでこの二つの心の区別はつかないのです。  御仏を疑う心とそのほかのものを疑う煩悩の疑いの区別などつくはずがありません。  信後は御仏を疑う心が全く無くなるので気が付きます。 ...続きを見る

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2014/02/12 22:17
今、ここで救われることをお話ししていくことしかできません
 過去を悔いても戻る事は出来ません。  未来を憂いても、自分で何とかできることとそうではないことがあります。   同じ日本人でも情報をどれだけ取り入れられる能力があるかで、考え方も変わります。  貧しい家やその上DVの環境なら、その連鎖は綿々と続きます。抜けることはとても難しいです。    生まれ持った気質というのも厄介で、僻みっぽいとかいじけてるとか警戒心や劣等感が強いとか、怖がりとかいうのは死ぬまでそのままだと思います。  真摯に誠実に素直に生きたら楽だといくら言っても、酷い目に... ...続きを見る

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2014/02/12 17:22
何でも表面的なことをいじっていても栓がない
 今度の都知事選挙のことをみんながいろいろ言っています。  投票日の朝にすでに出口調査が出ていたとか開票を一手に引き受けたM社の機械がもう開票結果を出しているとかといった怪情報も言われます。    みなさん、次回の選挙からは、出口調査や手作業の開票の全ての過程を市民監視できるよう請求しませんか。  全く疑いの余地のない選挙開票を取り戻さないと一般市民の生活はますます困窮します。 ...続きを見る

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2014/02/11 13:03
真摯に積極的に前だけを向いて生きていきましょう!
 人間がすることなど「見・聞・知」の仏さまはすべてお見通しです。  それなのに、御仏を騙して、賄賂を使って救われようとします。  そういう魂胆だから金輪際救われないのです。 ...続きを見る

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2014/02/07 12:59
御仏を仮想敵にして戦い、完全降伏して救われる
 真理の存在を仏としても神としてもいいのですが、何故救われないのかが問題です。  救われてから5年にわたる布教の経験からいくつかのことが分かりました。  もちろん前提として、ご本人がどうしても救われたいというところまで縁が熟していることは外せませんが。 ...続きを見る

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2014/02/06 21:08
文章(チャットではなくメール)でのやり取りの沙汰の事例
 最近書いている信心についての投稿記事の事例を今日はご紹介します。  もしかしたら、これと今まで書いてきたことなどで今、救われる方もあるのではないかとも感じます。  今回は特別、皆さまに、このような事実があることで、希望を持たれ、一日も早くく救われることが出来るような願いを持ち、特別、沙汰の相手さまのご許可を取って掲載させていただいています。    この頃ずっと書いておりますように、お友だちの読者の方々の中にも、もうちょっとで救われる予感のある方が何人もあるので、もしかしたら○○さんと同... ...続きを見る

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2014/02/05 00:18
どうか、今、救われて御恩報謝の嬉しさを思う存分味わってください
 「食べ物と念仏」は分け合ってよろこぶものだとおばあちゃんはよく言っていました。  幼い私には何のことかよく分かりませんでした。  おばあちゃんは、念仏講で配られるお供物の饅頭などのお菓子を自分は食べずにいつも私たち孫に3つずつ持ち帰って来てくれました。2つしかないときはそれを均等になるように分けて与えてくれました。  「おばあちゃん、いつも私たちにお菓子のお土産をくれるけど、おばあちゃんは食べてるの?」  あるときこのように尋ねました。するとこのように答えてくれました。  「孫がいな... ...続きを見る

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2014/02/04 07:32
まだよく信じられないけれど文章・言葉の力ってあるみたいです
 ご縁の深い人は対面でなくても、電話などの音声でなくても、文章やその中のたった一言だけでも、それを拾い出して、(というより浮かび上がって見えるのかもしれませんが)御仏に救われてしまうのだと感心しました。  ずっと書きためている私の拙い表現の文章の中からも、「きづき」を賜る方が出てこられることは嬉しくもあり、驚きでもあります。 ...続きを見る

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2014/02/03 22:46
既知でない心の存在
もし心が意識に上るだけのものなら、いじめや犯罪はほとんど起こらないか減るでしょう。知識・良識が働いたら、それらは人を悲しませることであり、人に対して嫌なことをししたら、必ず何らかの報いを受けることが分かるからです。    会社の上司や教師が生徒にセクハラ・パワハラ・アカハラをしたり、家庭内でモラハラが横行するはずがありません。頭では今自分がしていることがおかしいという認識はサイコパス以外には多少なりともあります。 ...続きを見る

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2014/01/22 20:58
もしも今日が死ぬ日だったら覚悟はできていますか?
 核戦争がどうとか、天変地異や災害がということも確かに気になるし、予防措置は取った方がいいです。  しかし今死ぬとなったら、それよりも大切なことがあるのではないでしょうか。  自分は何のために生まれ、生き、そして死んでいくのか、そのことが分かっていないのに、世相やその他のことをいろいろ言っていても栓がありません。  両方考えなくてはならないのでしょうが、どちらかというと自分の生きる目的が優先されます。 ...続きを見る

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2014/01/21 21:01
やっぱり同じように感じてる人がいるんですね!ハッキリ言わないとわからないでしょう
   きもっ!  きしょ!  一緒の空間で空気吸うのが耐えられない!    とにかく気持ちが悪いのです。  こんな風に感じる男がたまにいます。  今まで被害者としてではなく、ハッキリ、具体的に冷静に「やめて!」と声に出す女性がいませんでした。  また、同性である男性がに変に寛容で許してしまってきたせいで「気持ちの悪い奴」は野放し状態になっています。  被害者としての懇願ではなく、真摯な生き方をする大人の男女両方から、「きもい男」には次のように上から目線で諭さないと... ...続きを見る

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2013/12/22 05:10
つまらない自慢をする自惚れが邪魔して、大いなる力に完全にまかせられない
 自然や周りの些細な風景がこんなに素晴らしいと感動できる自分が好き  いつもってわけじゃないけど、わりと他人に優しくできる私はいい人  牛さん、豚さん、鶏さん、魚さん、命をいただくことを有難く感謝している私って素晴らしい  言いたいことがあるけど言うと揉めるから、飲み込んで、この辺で丸く収めようと出来る私って親切で我慢強い  本当はしたくないことでも、困ってるって言われると相手に利用されているんじゃないかってちらって思っても、役に立ってるって思いたい。    全部偽善ぽくって煮え切ら... ...続きを見る

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2013/12/18 20:30
人生の方向が180度反対向きに変わる出値(であ)い
 真理との邂逅いわゆる「廻心」の状態、御仏の願いに値(あ)うのは一生涯一度です。  これを果たせたなら、残りの人生は御恩報謝の楽な御仏との旅となります。 ...続きを見る

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2013/12/18 01:28
疑いなく本当に信じられた後でないとよろこべないのに・・・・・・
  朝日が昇ると思わず拝んでしまいます。   自然って素晴らしい!   毎日の食事でたくさんの命をいただきながら生きていられることを感謝します。   あれもこれも、有難い・・・・・・ ...続きを見る

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2013/12/12 12:05
自分の力で無始より続く迷いが出られるというのは我が身知らず
 自分の外にある偉大な何かに畏敬の念を持っている人には決して言えないことを平気で言う人がいます。  憐憫を通り越して、とてもとても悲しく切ないです。  縁無き衆生は度し難しと仏さまも言われます。  御仏も縁がない人はどうすることもできません。 ...続きを見る

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2013/12/04 19:39
親御さんの真の願い(お話し125)
 救われてから御仏への御恩報謝の気持ちがずっと離れません。寝ても起きてもこの御恩をどうやってお返ししたらいいのだろうかと、仏さま中心の生活に視点が変わってしまいました。   今までは助かりたい一杯だったのが、全てが仏さまにおまかせに変わってしまったのです。こういう言動をしたら仏さまがよろこばれるだろうか、かなしまれるだろうか、ちょっと怠けたいけれどもうちょっと頑張ってみようかとか、こんなことをしたら仏さまのご本願が一般の人には信用してもらえなくなる、仏さまを傷つけることになるから絶対しないで... ...続きを見る

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2013/11/25 12:26
殻=思考・煩悩(刺激)・認識・自我・物質を破る・超越する
私たち人間は殻の中におり、これらの状態しかわかりません。   だからこれらのもっと殻を固くして、自身の魂を武装して窮屈に生きています。   つまんないし、苦しいし、暑苦しいから捨てちゃったらといってもほかを知らないから脱ぎ捨てることはできません。 ...続きを見る

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2013/11/15 00:39
明日でこのブログは5年目に入ります
 「一人でも読まれる方があるなら」と思って続けてまいりました。  身体が動く限り、もう少し書いていこうと思います。  それが御仏の願いをお伝えすることになるのであれば、少しでもお手伝いが出来るのなら、私の使命なら。 ...続きを見る

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2013/11/13 09:02
親御さんの真の願い(お話し119)
 目に見えないものの中に御仏の特徴である智慧と慈悲の働きがあります。  量しれない光のようなもので私たちをよい方へと導いてくださるものがあるのです。   その働きは私たちを罰するものでは絶対ありません。  だから仏さまと聞いても、全く怖れることもなくあたたかで穏やかな気持ちになります。  上からの力でもって、誰かを罰する、または罪びとの原罪の身代わりになってくれる人でもありません。    煩悩というのは罪であり、迷いの元でありますが、それを仏さまが罰するということは未だ聞いたことがあ... ...続きを見る

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2013/11/06 22:56
考えるんじゃない、感じるんだ!(Don't think, feel)
 『マトリックス』や『燃えよドラゴン』でこのセリフを耳にされた方も多いと思います。どういう意味なのかと当時はよくわからずに聞き流しておりました。    アートの世界等は感じることが重要な気がします。  感じたことを音や色や形や触覚で表現し、他人にも味わってもらうものなのでしょうか。 ...続きを見る

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2013/10/30 20:06
全てを手放したそのとき、救いを賜われます
 自分を実際より大きく、重要で、有能、又は優しい人物だと見せたがる人たちの心の奥底を熟考していくと、怖れや不安からくる劣等感を取り繕うことに終始しているのだとわかってきました。 ...続きを見る

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2013/10/28 03:13
親御さんの真の願い(お話し111)
 「真理の光源は」存在する空間の「全てであり、また無(空)」でもあります。 まず、ここ、冒頭からが難しいですよね。 この「無」について、ここではヘーゲル弁証法の結論〔極地〕を用いて説明します。 ...続きを見る

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2013/10/26 12:34
「人によって世界は違って見える」
 小さい時に庭に咲いていて、学校に切って度々持っていった深紅の薔薇がありました。家を新築したときにその薔薇は無くなっていました。  おばあちゃんが何個も大切に育てていたサボテンもどこかに消えてしまいました。 ...続きを見る

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2013/10/22 08:47
親御さんの真の願い(お話し109)
 親鸞聖人が悲歎述懐和讃で次のように仰います。 ...続きを見る

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2013/10/15 21:06
人を教え導くために必要なこと
 いろいろな所で教師として、宗教家として人を教え導くことをここ5年ほどしております。  自分が誰か先生について教えていただくよりも何倍のしんどく疲れます。下準備とか勉強や布教の方法といったものは何とかなります。知れています。 ...続きを見る

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2013/09/25 12:26
親御さんの真の願い(お話し105)
 結論としたら、御仏の救いには何もいらないのです。自力がまるで廃った時に他力に救われます。   この自力というのが厄介な奴で、なかなか消えて無くなってくれないのです。また、この自力さえも気が付かない人がほとんどなのです。   僧侶だからといっても、学問としては知っていても、体験で気が付いている人は少ないでしょう。 ...続きを見る

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2013/09/16 19:39
親御さんの真の願い(お話し97)
たかちゃんのことが、何となく気になりちえちゃんは電話してみることにしました。 ...続きを見る

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2013/09/03 20:43
親御さんの真の願い(お話し92)
 救われても、それが本当かどうかを救われた人同士で話し合い、確かめる必要があります。もし、自分の勘違いや思い込みで救われていなかったとしたら、仏教ではまた迷いの世界を経巡らなくてはならないからです。  せっかく人間にいる時に、尊い御仏の願いを聞くご縁に恵まれ、迷いの世界から抜け出して、さとりの境地に達したとしても、もしも勘違いだとしたら大変なことです。 ...続きを見る

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2013/08/18 12:21
親御さんの真の願い(お話し88)
 みなさま おはようございます。たかです。  なかなかさとりをきづかせていただくことがみなさんのようにはできませんが、何となく分かりかけてきたような感じです。  それと、ずっと気になっていたことがあるのですが、よろしいでしょうか?  今さらという感じですが、けんにいちゃんのことです。  自分たちのことで精一杯で、おにいちゃんはどんなことを思っているのかなとふと思っています。  僕は自分ががんに罹っているんじゃなかって思った時から、自分の人生を振り返ったり、何のために生まれたかなど考えて... ...続きを見る

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2013/08/06 08:00
親御さんの真の願い(お話し83)
それからね、もう一つとっても大切なことを思い出しました。  人間の寿命は短いし、無常の命を持っているから、何の不思議か大切な弟が仏縁があり、どうしても聞きたい気持ちにお育てにあずかったのなら、一日でも早く救われて欲しいって気持ちがずっとありました。  だんだん、救われたい気持ちが強くなっていく様子を応援していましたが、嬉しい反面、焦る気持ちもあり複雑でした。 ...続きを見る

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2013/08/01 21:02
親御さんの真の願い(お話し82)
みつさま かずさま たかさま  こんにちは ちえです。     みつが書いてくれたことで、ちょっと昔のことを思い出しました。   あの頃はちょうど私が救われてから、1年半くらい経っていました。   救われた次の日から、沙汰の練習をほぼ毎日のように重ねていました。  そしてついに、5月の初め頃に初めてお話ししている方が御仏の願いを賜って、次々と有縁の方々がよろこんでいかれた時期でした。 ...続きを見る

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2013/08/01 18:28
親御さんの真の願い(お話し81)
 みなさん おはようございます。みつです。  僕が信心を賜った当時のことを、思い出すより当時に何か書き留めたのではないかと、ファイルを探していました。  しかし、どうしても見当たらず、お姉ちゃんとのチャットを読み返しながら思い出しておりました。    その当時、 「どうしたら助かるのだろう」 「どうしたら自力が捨てることが出来るのだろう」 「救われるとはどんな体験だろう」 「自力をなぜ捨てることが出来ないのだろ」と、 ずっと「どうしたら」「どうしたら」と思っておりました。 ... ...続きを見る

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2013/08/01 08:08
親御さんの真の願い(お話し80)
 信心を賜るということが疑いがなくなり、今まで信じていて、しっかり掴んでいたものを放したときだということを、いくら聞いてもなかなかわかりません。  自分の力を過信して、何とかすれば何とかなると思い込んで力んでみたり、反対に真理の光源の力を疑って、自分のような罪の深いものが救われるのは無理なのではないかと寂しい気持ちになったりします。 ...続きを見る

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2013/07/31 19:55
親御さんの真の願い(お話し79)
 また、ちょっと戻っておさらいをしますが、善をして助かろうとしても、平素、余裕がある時は自分の余っている時間やお金や物で人の役に立つこともできます。自分や家族が生活していくのも大変なのに、人さまに施すことはなかなか困難です。  自分や子どもが食べられないのに、隣の子どもに食料を分けてやれる人はなかなかいません。 思い立ってはよいことをしようと心がけはしますが、忙しくて忘れてしまったり、ずっと続けることは難しいです。  町内の呼びかけでみんなと掃除は出来ますが、毎日仕事が済んで帰宅後、一人で... ...続きを見る

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2013/07/30 21:39
親御さんの真の願い(お話し78)
 みなさん、よくわかってこられたようなので、お話を先に進めます。 ...続きを見る

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2013/07/29 12:36
親御さんの真の願い(お話し77)
   ご縁を疑いなく信じ、素直に受け入れることは易しいようで難しいです。「我」というものが抜けず、頑なで無知で、自分が自分がという自分の手柄を前面に打ち出し、それをよしとして生きていたときのことを思い出すと何ともやり切れません。そうした頑張りや思い込みを重ね強くすればするほど、御仏を疑い、また、悲しませていることになるとは思いも及びませんでした。  分からぬ事ではありましたが、全く正反対のことをしていました。  今まさにそういう自分と向き合って、そこから一歩踏み出そうとしているみなさまに御... ...続きを見る

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2013/07/28 08:02
親御さんの真の願い(お話し76)
かずさま たかさま みつさま こんばんは ...続きを見る

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2013/07/26 22:56
親御さんの真の願い(お話し75)
たかさま かずさま みつさま こんばんは かずちゃん、たかちゃん みつが救われるちょっと前にした沙汰のチャットがあるので、それを読んでみてください。 ...続きを見る

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2013/07/26 00:42
親御さんの真の願い(お話し74)
たかさま、みつさま、かずさま    こんばんは ちえです。 ...続きを見る

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2013/07/25 00:17
親御さんの真の願い(お話し73)
  ちえちゃんはかずちゃんのメールの返事を読んで、返事をしながら考えました。   かずちゃんに直接話す時が来たのではないかと。   だから思い切ってメールをしてみました。 ...続きを見る

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2013/07/23 21:57
親御さんの真の願い(お話し72)
それから気になっていることがあるのですが。本当に真理の光源や大いなる存在に救われるかもしれないと感じていますか?そうなるかもという根拠のないもので構いません。それがなければ、そもそもこんな文章のやり取りはしていません。 救われるかもが救われるに決まっている、救われましたに変わるのは本当に時間がかかりません。求道というよりこの楽天的な期待とか予感なものが強まっていく感じです。 自身の身の上に照らした時にどうなのでしょうか?真理の光源に自分自身が対峙する、今、救... ...続きを見る

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2013/07/23 12:41
「親の心を子どもは知らない」
 子どもが井戸を覗いていたら、親は命がけで叫び、押し倒してでも止めます。  井戸を覗くことが死を招くことを子どもはわからないので、何で止めるのかと反対に親を憎み恨みます。 ...続きを見る

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2013/07/21 08:57
親御さんの真の願い(お話し70)
かずちゃん みなさん おはようございます。 ...続きを見る

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2013/07/20 07:53
親御さんの真の願い(お話し69)
 ちえちゃん みなさんこんにちは かずです。  さとりと救いの文章の解説ですが、たとえもあり非常にわかりやすくよく理解できます。  しかし、最も大事なところになるとそれ以上に考えが進まない、わからないのは、なぜでしょう。 ...続きを見る

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2013/07/19 12:29
親御さんの真の願い(お話し68)
考えてみたらすぐわかるのですが、人間存在の本来の意味についてや過去現在未来を見通す智慧もなく、自分の身体を維持するのに精一杯なものがやっていることなど、取るに足らないことであり、ガラクタ以下なのかもしれません。 ...続きを見る

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2013/07/19 07:36
親御さんの真の願い(お話し32)
 「みっちゃん、その『疑い』が取れた瞬間てハッキリするの?」  「あーこれが迷いの親玉だったんだってきづく人もいるし、そうでない人もいるらしい。何時何分何秒っていう感じじゃなくてね。どういっていいかわからないけど。僕の場合、一週間くらい信じられなかったんだけど。特に大きなよろこびが出てくるわけでもないし、念仏が止まらないわけでもないし、光や仏さまが見えたわけでもないから。」  お姉ちゃんが話してくれていたときだったんだけどね。初めのぞみちゃんと3人でブランチを食べながら話してて、昼になって、... ...続きを見る

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2013/03/23 20:00
親御さんの真の願い(お話し31)
「浄土仏教では二種深信と教えられてるから二つ。 ...続きを見る

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2013/03/21 19:58
親御さんの真の願い(お話し 24)
 「お父さんはね、自分ががんで余命が僅かって知ってから、色々な心の葛藤を通って、人間の価値はどれだけ長く生きたかじゃないんだってわかったって言ってたよ。 たとえ自分より若い人でも、子どもでも自分の生まれてきた使命や意味を知って、それを果たせた人は尊敬に値するんだって、あちこちお話を聞いてまわって感じたみたい。 ハッキリ救われていて、みんなにじゃなくて、自分一人にじっくり話をしてくれる人から話を聞かないと意味がないし、救われたならいつまで生きてても、死んでもいいんだって分かったって。 お父さ... ...続きを見る

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2013/03/09 14:12
親御さんの真の願い(お話23)
かずちゃんとみっちゃんはやっと、お父さんの話にもどりました。お父さんはがんの告知後、慣れ親しんだ真宗の教えをそこら中に聞きに行ったようです。それに対してかずちゃんが自分の宗教観を話しています。   「よくさ、お寺の説法とかで有難い、有難いって念仏称えているお年寄りがいるけど、正直言って僕も違和感があった。何が有難いのかわかんなくって。感情的になってて、盲信しているんじゃないかって、そういうこともあってなかなか宗教とか信仰の世界って入り込めない感じで避けてきたところがあるね。  狂ったように... ...続きを見る

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2013/03/08 21:31
偉いということを勘違いしていませんか?(人間同士は所詮ドングリの背比べ)
 自分の命をも犠牲にして人のためになれる人はあまりいません。  たとえ一時の感情で、命を捨てても、無駄死にだったりします。  真の意味での智慧と慈悲をもってして他人を済度できる人間はいません。  友久先生のお母様手紙の「偉さ」はこのようなことを言われているのだと私は味わっています。 ...続きを見る

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2013/03/06 21:08
妙好人 友久ひさのさま(友久久雄先生のご母堂)の残されたお手紙A
 名号六字を私の身心共に頂戴致しましたならばお名号の力によってすべてが解ります。  今、實相の眞實信心名号を假相の煩腦に投じて、之に特殊変化作用を起こさしめて煩腦変じて菩提となると言うことわ眞宗の一番大事の極知でございます。  私は自分の力では教典の意味は一字もわかりませんでしたが、六字の名号をいただいた途端に教典が一度の解りまして名号六字のい力に驚きました。煩腦変じて菩提となる。  此の所を一念歸命とも広相入とも云ひ、この変化作用と云ふことが三悪道を離れて仏と変化すると申されたので御座い... ...続きを見る

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2013/03/02 00:43
自意識過剰の人は心身の病で苦しむ
 全部ではないですが、自意識過剰の人は必要以上に人に期待し過ぎます。  特に親を特別視します。  親だって、人生20年か30年しかやってきていないのに、いきなり親になっちゃって戸惑ってるんだから、大目に見てあげないと気の毒だと物心ついたときから、客観視して、全面依存しませんでした。  おばあちゃんも優しくて、可愛がってくれたけど、高血圧だの、心臓病だの年寄りの病や、ひがみっぽかったり、愚痴を言ったりしていて、それも仕方がないと達観していました。 ...続きを見る

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2013/02/20 22:02
無力さを知る困難さ〜自惚れとの戦い〜
 何の根拠もないのに、なぜ人はあんなに自信をもって自説を押し付けるのだろうかと幼少の頃から感じていました。  その自信はなんだろうととても疑問でしたが、最近になって、それは反対に「自信のなさ」から来るものではないかと気が付きました。    実存に対する悩みを、自分の力が間に合うか否かを命がけで試したことがあり、そのぎりぎりを通ったことがあるなら、「無力さを知る困難さ」つまり「自惚れとの戦い」がいかに壮絶で全身全霊を傾けたその先に訪れたものであるかがわかります。  それは自惚れを見せつけら... ...続きを見る

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2013/02/19 00:18
死が目前に迫らないと救いは求めないの?
 がんの末期患者のビハーラやホスピスという施設では、最近「ターニングポイント」や「チョイスポイント」と表現されている境地に救われて、よろこびながら最期を迎える人がいることを知りました。 ...続きを見る

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2013/02/11 10:14
すべてが御仏のままに
 この頃、私がしている全てのことは自分がしているようで、「させていただいている」ような気がします。  「させられている」というと「イヤイヤ」している感じがしますが、そうではないのでこの感じです。  物心ついた時から大人だった私は、もう十分生きた気がします。  いつお浄土にかえっても構わないとおもって、日々過ごしております。    使命感とか大げさなものではなく、して差し上げたいことを淡々としているだけです。  受け取る受け取らないは本人の自由だし、ねたみや愚痴やねじくれた劣等感などで... ...続きを見る

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2013/02/11 00:28
「命は有限」ときがついた時から本当の人生が始まる
 いつまでも生きていられると思っている間は、つまらないことで争ったり、人を恨んだり憎んだりします。  たとえ敵と憎んで忌み嫌っている相手でも、もう二度と会うことがないとわかっていたら、最期位は優しい言葉をかけておけばよかったと思うこともあります。 ...続きを見る

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2013/02/03 15:37
「ありがとう」を何万回も唱える効果
 私たちの脳は何か考えるとそれを実現させようと必死になってくれるそうです。  だから、先に「○○になれてありがとう、感謝します」と言うとそれが叶うらしいです。  それでもいつもそのことに躍起になるより、一度願ったら、それを叶えることを淡々とやっていくだけでいいようです。 ...続きを見る

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2013/02/01 08:53
物語や対話の重要性
 さとりの世界を表現するのに、本当は形の匂いも何もないのでとても難しく抽象的なものになってしまいます。  実際、さとった人がたとえば、哲学者などの学者ならば、その表現は難しいものになってしまいがちです。  一般の人であっても、表現の手段を持たなかったり、影響力が少なかったり、発表の場所もなかったりします。  また、主観的な観点から、かえって、さとりから人を遠ざけるような、誤解するような表現をしてしまうこともあり得ます。 ...続きを見る

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2013/01/31 12:56
自分から逃げない強さと、拘らないしなやかさ
 自分から逃げるというのは誤魔化すとも言えます。  本当は突き詰めて求めなければならないものを、怖がって適当にこれでいいと自分で決めて逃げます。  そして、自分の殻に閉じこもって、そこで見えた世界にこだわり固執します。  そんなときは、誰の勧めも聞けません。 ...続きを見る

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2013/01/30 22:38
空気を変える
 空気は変えられます。  科学的な成分が変わるのではなく、その場の雰囲気が変わります。 ...続きを見る

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2013/01/22 08:58
苦しみがそのまま慶びに変わる
 自分に降りかかってくることをいいとかそうでないとかついつい区別してしまうのが人間です。  過去を振り返ってみると、そのときは何であんな目に遭ったのだろうかと苦しんでいたことが、あのことがあったから今こんなことができるようになったということがたくさんあります。 ...続きを見る

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2013/01/12 18:50
あたたかいこたつ 〜お母さん大好き〜
 種村健二朗先生の御著書の「大きい家族」の中に素敵なお話があったのでご紹介します。以下引用します。 ...続きを見る

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2013/01/11 08:46
自分に起こることは全てよいこと
 人間は仏さまのような智慧を持たないので、目先の損得や好き嫌いや勝った負けたなどで、物事を二者択一の短絡的な考え方しか判断できない人が多いです。  これでは短気になり戦争を起こしたり、力で威圧して言うことを聞かせようとする人たちもたくさん出てくるはずです。  このことは人生を生まれてから死ぬまでの短期間に区切って考えるところからくるのかもしれません。 ...続きを見る

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2012/12/23 09:17
「仏智に溶け込む」「自力の計らいを捨てる」のと「溶融」「溶けて無になる」こと
  親鸞聖人は『教行信証』の化身土巻で次のように述べています。    「衆生が娑婆界にある時、疑惑の心をもちながら善い果報を求めるという功利的な考えから、(中略)唯小さな凡夫の見解で因縁応報を信じ、自力の小善を修して小果実を獲んとし、又は只管自力の善根として名号を称えて彼の極楽へ往生せんと求願するのである。かように自力の計らいを捨て仏智に溶け込むという自然法爾の道理」  これに対して、フランクルは『それでも人生にイエスという』の中で    「収容所の囚人だった人が収容所の生活か... ...続きを見る

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2012/12/22 01:42
日本に決死の覚悟で仏教を求めに来た人へ(二度目の誕生日を迎えましたか?)
 お寺は幼稚園や茶道・華道の貸し会場や駐車場や分譲墓地がメインの機能的役割ではありません。  御仏の願いの生起本末の「説法」がなされ、そのあと僧侶と信者が「信心の沙汰」をする場所です。  いわゆる聞法道場としての場です。  それを誰も教えてくれないのか、自分で求めようとしないのかはわかりませんが、とても気の毒で悲しいです。 ...続きを見る

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2012/12/10 20:05
苦しみ 罪悪観 無常観 どんなことから「きづき」を求めるかは各自の縁
 「人生苦を感じないと真剣に御仏に向えないのでしょうか?」  そんなことはありません。  「罪を犯してまだこない報いに怯えている人、悪い結果が来て懺悔している人でないと御仏をたのまないのでは?」  そんなことはありません。  「不治の病を宣告され、明日まで生きられるかと不安だったり、身内が他界して悲しんでいる人しか救われないのではないですか?」   そんなことはありません。 ...続きを見る

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2012/12/09 15:11
「努力」ではどうにもならないこと(生老病死)
 教育は努力しなさいと盛んに勧めます。  一点でも多く取れるように勉強しなさいと教師や塾の先生たちは生徒に発破をかけます。  それで、有名大学に進学して一部上場の名の知れた会社に入ったり公務員になって、定年になって肩書きのないだだのおじいさんやおばあさんと呼ばれる老人になります。  それだけで済んだらいいのですが、必ず死が訪れます。  なら、1点、2点を争って勉強したり、仲間を蹴散らして昇進した仕事人生は何?ということになりませんか。    老人にならなくても、病にかかる人はたくさん... ...続きを見る

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2012/12/08 20:55
平和への教え・道
 隣国が理不尽な攻撃を仕掛けてきたら、あなたはどうするかと質問されたので以下のように答えました。  答えになっているかどうかはわかりませんが、私は宗教家なので、自分から先制攻撃をすることはありません。  お釈迦様がご自身の国が滅びても、攻撃も防御も何もされなかったのと同じように、私自身も戦争に加担することはないでしょうし、牢獄につながれても、戦争には断固反対します。  争うこと、競うこと、比べること、人より多く持つことに何の楽しみも感じない人が増えたらいいのに・・・・・・。 ...続きを見る

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2012/12/03 23:58
清らかな心を持ち続けること
 物心ついたときから私は清らかな心を持ち続けられる境地に出ると決めていました。  周りが嘘ばかりでも、社会や政治がどうでも、目には見えなくても、きっとそんな世界があると信じていました。  そうでなかったら生まれた意味がないし、食べて寝て起きて年取って死ぬなら人間でなくてもしているから、人間でしか出来ないこと成し遂げると決心していました。 ...続きを見る

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2012/12/02 21:41
グルメ・観光スポット・グッズの写真メインのブログ
「本当に一番欲しいものは手に入ったのでしょうか?」 食べたものや行ったところや買ったものやもらったものなど表面的なことばかり取り上げるのは、それによって 「ハッキリしない満たされない思い」を覆い隠したいのではないでしょうか?  外ばかりに目を向けて、自分に向き合うことから逃げている自分を見つめる時が来ているのではないですか?  「何かわからないけど満たされない思い」と対峙する勇気が持てたなら、すぐ一歩が踏み出せるかもしれません。 ...続きを見る

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2012/11/23 15:23
妙好人 友久ひさのさま(友久久雄先生のご母堂)の残されたお手紙
 あるとことから、縁があって友久久雄先生のご母堂の晩年のお手紙を入手しました。  先生のご許可をもらっているとのことなので、先生のプリントからをそのままご紹介します。  以下プリントを引用します。    母、法名釈尼芳清(俗名友久ひさの)八十四才をもって、去る四月三日目出度く往生浄土の身となりました。遺品を整理していましたら、誰に書き残すともなく、次のような信心のふみがしたためてありました。  豊中の辻本順堂先生に読んで戴きましたところ、大変お喜び下さいまして、 「是非とも一人でも多... ...続きを見る

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2012/11/21 09:43
人の笑顔が自分の幸せと知っている人たち
 お釈迦様は覚りをひらかれてからタイトルのような一生を送られました。  目の前にいる人たちの幸せを願い、その人たちの心のこもった思い遣りを受けられて生きていかれました。  たとえそれがどんなものであろうと、自分自身をよろこばせようという気持ちが込められていたものは、つき返すことはしませんでした。  全ては、自分に縁のあるものだとは大切にされました。    神通力がおありになったので、これは毒キノコだとわかっても、ほかのお付にはそれを食べさせないようにして、自分だけ食べて、おなかをこわさ... ...続きを見る

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2012/11/20 08:57
青い鳥は家にいた(真友)
 家にはいないのですが、近畿のお住まいの場所や遠くドイツや上海に旅行に行かれてもどこにおいでになっても、懐かしくかけがえのない真友がいます。  検索ワードでヒットしてこのブログの読者になられ、コメントやメールを頂いて、スカイプでお話したり、チャットしたりして、対面することができました。  今まで、子どもと2回、家族でお住まいの地域に車で出かけ、紅葉狩りとテニスを一度しました  絶対の信頼を置いている方で、いつも私の身を案じてくださいます。    家族のモラハラで余り辛くて、映画の『哀愁... ...続きを見る

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2012/11/18 20:54
プロとアマの決定的な違いについて
 プロとアマチュアの違いについて今日は書きます。  一言でえいば  「プロとは力みが完全に抜けて自然に同じことが同じように何回でもできる人」  これに尽きます。 ...続きを見る

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2012/11/17 11:40
損得を考えず真摯に愚直に種まきをする
 「死んだ後に残るものは集めたものでなく、与えたものである」 このようにいわれます。確かにその通りだと感じます。 ...続きを見る

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2012/11/16 12:58
表現者・学者・職人・教師
 同じ思いを持っていても、立場によって表に出す方法が異なります。  私は表現者であって、同時に教師の立場を選択しています。  学者や職人にはなりませんし、なれません。 ...続きを見る

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2012/11/16 08:59
人生の傍観者を止めて参戦すると生きている実感が湧く
 生きているのに、死んでるみたいな人が多いと感じていました。  善悪・正誤・損得・好き嫌い・勝ち負けに拘って、血眼になっている人はたくさんいますが、その人たちは私から見たら死んでいるのです。    自分の周りの外の世界だけを見て暮らしています。  自分の小さい世界で何がいい悪い、ちょっとでも得をしたい、勝ち組に入りたいと自分の都合で好き嫌いを決めています。 ...続きを見る

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2012/11/08 08:54
お軽同行
 今から約200年ほど前、現在の山口県下関市にある六連島にお軽という真宗の同行がいました。  妙好人と呼ばれ、次のような歌を残しています。 ...続きを見る

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2012/11/07 08:59
自我の殻のなかから外を見る
 今日は最近読ませていただいた本の中から素晴らしい文章を見つけたので、引用させていただきます。    「自我の殻のなかから外を見る 私たちというのは卵の殻のなかにいるような存在なんだ。みんな幸せになりたいと生きているんだ。  どうしたら幸せになれるだろうか考えると、やはりみんなから善い人間だと思われたい。悪い人間だと思われたくない。  できるだけ得になることを心がけていこう。損になることにはできるだけ近寄らないようにしよう。そして、できることなら、勝ち組のほうにはいりたい。負け組みのほう... ...続きを見る

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2012/11/06 08:58
縁のある人から離れないで喰らいついて!
 救われた人はたくさんいますが、自分が一番聞きやすい人に、喰らいついて求め抜いてください。  縁は大事にしなくてはなりません。  ピッタリ遇う人が見つかりますから。 ...続きを見る

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2012/10/29 21:21
宗教家(僧侶)の本来の役割
 宗教家というとやっていることが漠然として何だかよくわからない気がします。  色々な考えがあるでしょうが、私は宗教を生活の糧にしたり、お金をもうけようとは思いません。  なぜなら、ただで賜った信心なのに、人に伝えるのにお金を頂く気には全くなれないからです。  このようにフリーの文章で書いていたり、対面や電話やチャットやメールでお話をしていますので、実践宗教家とは名乗っていますが、お金を頂戴したことはありません。    これにはもう一つ理由があります。  以前30年近く所属していた団体... ...続きを見る

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2012/10/29 12:59
死に対して真摯であれ!
 西欧のケンブリッジ大・ハーバード大や極東日本の東大で学んでも、自分や他人の死や人生に対して真摯になれないまま卒業した人たちは、その後おかしな自尊心や万能感覚で生きていくのかもしれません。 ...続きを見る

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2012/10/28 21:16
先の見えない道を40年近く歩き続けた心境
 生まれて物心つくまではどのように感じていたかはわかりませんが、意識があった幼児の頃から、私は苦しみの中にいました。  身体は元気で、生活にも困っていませんでしたし、恵まれた生活を送っていましたが、心はいつも何かを探していました。  その何かは真理のようなものでした。  絶対裏切らない、全てが清浄なもので出来上がっているもので、どんな妥協も許さない完璧なものでした。  つまらない、くだらないものばかりが目に付いて、私はなぜ、このようなところに、限り有る命を持つ人間として生まれてきてしまっ... ...続きを見る

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2012/10/11 17:56
宗教家や文筆家が国の架け橋となる時代
 国の為政者や経済界やマスコミが人の思考を統制しきれない時代になりました。  人々は自由に海外に渡航しています。  そこで親しくなった人たちとの交流も盛んです。    あの国はどうだとかこうだとか報道されたとしても、その国に住んでいる人たちとの絆があれば、戦争にはなりません。国や経済の舵を取る人たちが、いくら戦争をしたがっても、誰もが軍隊にいくことを拒否したり、そもそも軍隊を持つことよりも教育や老人福祉や病気を治す研究などにお金をかけたいと主張したなら、そうなっていきます。 ...続きを見る

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2012/10/10 20:18
平等は納得して実践するもの
 人間も山川草木も何もかも全てが調和の中にあり、みなつながっていて、それぞれがかけがえのないもだと心からわかった人でないと平等を基調に生きられません。  いくら政治家が口では平等を叫んでも、本人がみんな平等だ何で思っていなかったら、不平等な世の中のままであり、格差は益々広がります。 ...続きを見る

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2012/10/07 06:44
ありのままの私でいられる自由
 私は私のままでいいし、ほかの何者にもなる必要はない  なぜなら何もかも全てがつながっているのだから  そして、私は命が終わっても、もう迷いの世界には二度と戻らない。 ...続きを見る

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2012/10/06 21:43
人に伝えるのは難しい
 初め子どもにピアノを教えようとして、けんかになってそれ以来、何も教える気力がなくなりました。  全て塾やお稽古事の先生にお任せしています。  毎日の課題をこなしたかどうか聞くことが私の仕事です。  前に寝込むほど懲りましたが、相変わらず、やったところをチェックすることはしていません。  もしサボっていたなら自分が困ることでしょう。 ...続きを見る

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2012/10/02 21:15
子どもたちに頼まれる
 バリアが私にはないせいでしょうか?  仕事で小さい人たちといると抱っこしてこられることがよくあります。  しばらくこちらもぎゅっと抱っこのお返しして、頭を撫でると嬉しそうにしています。  こんなことでよろこんでもらえるなら、何人とでも抱っこだったり、ハグだったりするのに。  遊び相手が見つからない子どもに「遊んで」とお願いされます。  子どもたちは寂しいのでしょうか? ...続きを見る

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2012/10/02 18:18
自分の力は全く間に合わないのとそれを救う真理が同時
 世間的な親切や慈善事業なら出来る人はたくさんいます。  場合によっては、自分以外の人のために命を投げ出すことだってできる人もいるでしょう。  信じられらないほど有難い奉仕の精神を持った人は、身近にはいなくても、歴史上や世界のどこかにはいます。  残念ながら、そうした行為は、現世において人を救うことであって、未来永劫相手を助けるものではありません。    相手の今も、この先もずっと幸せに生かせることができるにはまず、自分がその身になることです。  自分自身の中に自分を永遠に変わらない... ...続きを見る

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2012/10/02 08:57
人を単なる手段として扱わない(人はものや道具ではない)
 全ての人格は尊厳を持ち、尊重されなければならない。自分の利益のために、相手が受け入れがたいことをしない   これはカントの考え方ですが、私が最近書いていることと似ていると感じました。 ...続きを見る

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2012/09/30 10:58
信仰としての宗教と学問のそれ
 お経や経典や先達の書いたものの解釈を巡って、侃々諤々と議論がなされているようです。  確かに根本的なところが違っていたら、救われませんが、細かい枝葉末節なことでごちゃごちゃ争っても、栓がありません。そんなことばかりで、結果として誰にも教えを伝えないで死んでしまってはもったいないです。    学問で宗教をする人の気持ちが私には残念ながら分かりません。  布教がメインでそれを助ける為に、ほかの宗教を調べたり、名前や教義の説明の仕方は違っても、本当は同じものがないのかということで、私も他宗教... ...続きを見る

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2012/09/29 18:49
一緒に「きづき」をお伝えする稀有な人は何処に?
 誰も彼も、自分のことばっかり、安逸を貪ることしか考えません。  出来たら夏はバリ島のウブドでまったりして読書や書き物をして、春はロンドンのバラを見て、秋はカナダのビクトリアで楓でも見ながら、日本人の子どもに勉強を教えたり、スクールカウンセラーなどして、冬は生まれ育ったほとんど晴れている関東の暖かい場所で、私も楽しく過ごしたいです。  それなのに、何故かいつの間にか身体が動いて、何かしています。  勉強は嫌いなのに本を読んだりさせられてしまっています。  朝になると頭の中に文章が浮かんで... ...続きを見る

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2012/09/28 20:49
あっちに気を使い、こっちに遣い いい加減やめませんか?
 あっちにも、こっちにもいい顔をして気に入られようとするこうもりのような人を見ていると気の毒になります。  自分の立ち位置が確立されていないのでしょうか?  どちらの言い分も聞いて、折衷案を模索するのが政治の世界の手法でそれは、ある程度仕方の無いものでしょう。    しかしながら、「救い、さとり、きづき」などと私が表現しているようなことにおいては、人間として出来る限りの澄んだ清らかな心からくる言動をする人をお手本にして見習わせていただかないとならないと私は感じます。  権威や所属や世間... ...続きを見る

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2012/09/27 12:54
「きづき」も「お金」も抱え込まないで人の役にたてる
 「きづき」を賜って一人静かに、御仏のお名前を称えながらよろこびに浸るひともあります。  たくさんのお金をえて、それを自宅の金庫に入れて、時々それを出しては眺めてよろこんでいる人もいます。 ...続きを見る

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2012/09/26 08:57
周りじゃなくて自分のために空気を読む
 空気を読んで人のご機嫌を取ってばかりいると、そのうちほかの人は、なんて気が利かないのだろうと周りを怨んで被害者意識が高まってきます。つまんない生き方になってしまいます。    本来、空気は自分のために読むのです。  騙そう、利用しよう、不満のはけ口にしよう、いじめて楽しもうなどと近づいてくる人のいやらしい感じを察知して、逃げる目的で、いつも感覚を研ぎ澄していたら、ややこしいことには巻き込まれにくくなります。  または心を清らかに保っていたら、下心のある人、下卑な人は眩し過ぎて近寄ってこ... ...続きを見る

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2012/09/25 20:06
「きづき」を賜るには?
 久しぶりにこんなことを聞かれて、とても嬉しく感じています。  生きている意味や使命であることも、聞いてくれる相手がいないと張り合いがありません。  どこかに縁のある人がないかと、ブログを更新していますが、その甲斐あって今回も「きづき」を賜りたいとのお尋ねのメールを頂戴しました。 ...続きを見る

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2012/09/24 08:57
話しを聴くことと、話をすること
 30年近く御仏の話しを聞き続けました。  それと同時に、分からないながらも御仏の話を有縁の方々にお話してまいりました。  自分自身が救われてからは、救われていない人が話をすることはとても危うく、かえって縁を遠のけることもあるのだと分かりました。  それでも、御仏が縁のある方には、軌道修正してくださるので、話していったら、救われてからの話し方の練習くらいにはなるかもしれません。  ただ、自分が思っていた御仏や救われてからの心境が、全く異なっているので、内容の説明や救われるまでの過程につい... ...続きを見る

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2012/09/14 19:43
残された人生で出来ること
 人はそれぞれ、その人しかできない、志や人生の意味を持って生まれます。そして、本人にその意味が自覚できるかどうかは分かりませんが、志や意味を全うしたところで、この世を去っていくのではないかと、私は思います。  マイノリティとして、色々な差別や迫害やいじめを受けてきて、それでも死ななかったのは、私の志がまだ果たせていなかったからだと最近は感じます。使命が余りにも大きすぎて、果たし切れる時があるのかとも思われます。  救われる前は、塗炭の苦しみからいつ抜け出せるのかという日々がほとんどでした。 ... ...続きを見る

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2012/09/04 18:30
ビジネスと援助の違い〜相手がお客さんか否か〜
 ビジネスはお客さんを増やすのが目的です。  お客さんはたくさんの方がいいし、繰り返しお金を落としてくれた方がいいのですが、援助は対極です。  援助しなくてもいいようになって、自律して欲しいのです。 ...続きを見る

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2012/06/07 00:06
続・幸福への道
 昨年の今頃、「幸福への道」という記事を書きました。  そのときは中村天風さんのことを書きました。  積極的な潔い生き方を提唱した彼の生涯を、私は素晴らしいと感じます。  若いときは、いろいろなやんちゃなこともされてきたし、病気にも苦悩して、外国にまで治そうと出かけました。  武術・医学・経営など、何でもこなした人でした。  それでも、ヨガの修行をして、得たことを、広めようと、事業をたたみました。  90年余りの生涯の、晩年まで気力・体力・品格を保たれたと私は尊敬しています。  長... ...続きを見る

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2012/03/02 08:58
いつも思い出す記事
 今までたくさんの記事を書いてきました。  私は「きづき」を賜る心境まで、今生で、多くの方々に到達して頂きたいと、日々精進しています。  その一環として、このブログもあります。  一人の人間として、気の毒な人を見ていられない、何とかして差し上げたい、苦しみを抜いて、楽になって頂きたいという仏教でいう「抜苦与楽」の至高の形の体験を目指しています。  ただ、世間の苦しみで、「きづき」を求める心境にまでなれない方々も、残念で悲しいことですがたくさん見てきています。  私のやるせない気持ちを書... ...続きを見る

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2011/12/23 12:17
「きづき」を賜った後、言葉が心の糧に
 「きづき」を賜った後、お聖教を拝読したら、別の読み方が出来ました。  「自力」が抜けず、読んで助かろうとして力んでいた時と、助かってから、よろこび、よろこび拝読させて頂いているのでは違って当然ですが。 ...続きを見る

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2011/12/22 20:11
直感を信じること
 敏感なところがあり、結構、初対面の時の印象からくる直感は当たります。  ただ、人をよく見たい、そうであって欲しくないという期待のようなものが邪魔をして、甘く考えて、後で酷いしっぺ返しを被ることがよくありました。 ...続きを見る

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2011/12/20 12:58
チャット(はりまさんとステラ)
 はりまさんの疑問にチャットでお答えしました  以下了解をえて、転記します。ステラ ...続きを見る

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2011/12/18 23:11
真偽・正誤に命を賭け、怖れ・劣等感に満ちた人たち
 ハッキリ言って、どちらが正しくどちらが間違っていても、結果として、今現在幸せで、自分に対してやましくなく、正々堂々としていられるなら、それでOK!  適当に緩く、アバウトな私は、そのように感じます。 ...続きを見る

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2011/12/18 18:20
自己(実現→超越)・心理学と諸宗教(統合→融合)
 心理学を学んで物足りなかったことは、自己を「超越」するところまで、納得のいくように誰も教えていないことです。  「超越」によってえられる幸せを説明できる人はいませんし、人間としてのものがらと、真理との「融合」というべき最終段階のもの、すなはち、私の書き続ける「きづき」「さとり」「救い」については、はっきりと語られていません。 ...続きを見る

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2011/12/16 21:21
みなさまへ、ブログの主(あるじ)として
 おはようございます。  みなさまに今の想いをお伝えします。 時間になったので、昼に続きを書いています。失礼しました。 ...続きを見る

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2011/12/16 08:59
「諸宗教の統合」に向けての一歩
 ちょっと前の「シルクの膜の正体」の記事のコメントにこのように書きました。 ...続きを見る

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2011/12/15 22:49
「単語」「文章」の存在価値
 大金や財産が転がり込んだ  人生を変えてくれるような人と出遇えた    ある種の「単語」や「文章」との邂逅は、目に見える宝や人以上に価値を持つことがあります。  私の場合以下の単語、言葉で人生が変わりました。  「六道出離」     最近ではこれらです。  「きづき」  「魂の交流」  「さとりとの共存の中での決定的な矛盾」    それといじめを長年研究してきて、この言葉に出遇えたのも、とても価値がありました。  「モラハラ」 ...続きを見る

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2011/12/14 12:59
12月のミニトマトと小花、そして大輪の薔薇
 庭の鉢植えのミニトマトが青い実を3つ4つ付けています。  小さな白い花も健気に咲いています。  四季咲きのピンクの薔薇は大輪の勇姿を見せてくれます。 ...続きを見る

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2011/12/14 08:59
立ち止まったとき、優しい人に遇える
 忙しい、忙しいと形振り構わず、ルーティンワークをこなしているときは、仏様のような優しい人が周りにいても気が付きません。見えません。  何かの原因で(定年退職、心身の病気、出産、失業、身内の死など)ふと立ち止まったとき、実はずっと心に寄り添って、何も言わず見守っていてくれた人に気が付くことがあります。 ...続きを見る

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2011/12/11 08:29
今後について、どなたか、何か教えて下さい
 大学院の進学を本気で考え始めてから、説明会に出かけたり、先生の研究室を訪問したり、講演を聞きに行ったり、輪読会に参加したり、現在所属している大学の先生に相談したり、ここの所、毎日のように自分の行く末を考えてまいりました。  御仏の「きづき」をどうしたら、多くの方に伝えられて、幸せになって頂けるか、そのことの為に自分が何をしたらいいのか、探しています。  どこに行ったら、一番、私が輝けるのか、無理しないでも笑っていられるのか、私が私でいられるのか、考えています。未だどうしたらいいのか、迷って... ...続きを見る

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2011/12/10 23:57
PC (political correctness )ポリティカル・コレクトネス
 PCはアメリカで70年代頃から流行ったようです。  何が正しいか、政治的に正しいか突き詰めていくと、利害関係者同士で争いが起きます。  あることを正しいと言った側に利益があり、それに反するようなことを言っている人たちは、間違っている、時代錯誤人種・男女差別者などとレッテルを貼られ、突き上げられます。 ...続きを見る

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2011/12/08 23:51
「魂の交流」と「さとりとの共存の中での決定的な矛盾」
 毎日何気なく書いているこのブログですが、時々記事の内容を先生やメンターたちにお知らせすることがあります。 そうすると、感想や意見を返して下さいます。  先日も、ある先生に進路をご相談していて、私のこれからの研究の主題は「魂の交流」ではないでしょうかと、先生が教えて下さいました。  自分で書いていて、その単語は書いたことは覚えていましたが、ビックリしてしまいました。  なるほど、「きづき」の中身は「絶対的な真理と私の魂の交流」を主眼とした「さとりとの共存」であったと目から鱗が落ちた感じで... ...続きを見る

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2011/12/07 08:59
「きづき」を賜りたかった理由
 いつも、木漏れ日のような光の中で、楽しく、笑っていたい、落ち着いて、静かに暮らしていたいと思っていました。  みんな違っても、みんながいい  それでも、人の物まで盗ったり、無駄な正誤、真偽を争わず、本人の力の限りを認めて、人とは競争せず、自分との戦いに勝つ、そんな風に生きたいと望んできました。 ...続きを見る

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2011/12/06 19:46
「お預かりした方」の魂がパッと輝くときに立会う
 教師として、親として、「きづき」をお伝えするものとしての究極の使命は、「魂の輝き」に立会う事だと常に心掛けてきました。  私利私欲を超え、離れたところの役割なので、よほど自分を律することがないと、この瞬間には立会えません。  常に気を抜けず、祈るような気持ちで、目の前の尊い魂に相対してきました。 ...続きを見る

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2011/12/04 09:39
懺悔のようなもの
 ヨーロッパのキリスト教圏の敬虔な信者の家庭で育った人たちは、何より正直でいることをモットーにしているようです。  イギリスをはじめフランス、スペインなど10数回行きましたが、中国のようにお釣りを騙されたり、隙をみて盗ってやろうという人には、遭ったことがありません。  そういう素振りも危機感も感じませんでした。  たまたま、危ないところに足を踏み入れなかったからかも知れません。  子どもをベビーカーに乗せて、つれていたからかもしれません。 ...続きを見る

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2011/12/02 18:47
「きづき」を賜った者、あるいは親の心構えについて
 何でもかんでも「そのまま」「ありのまま」で子どもに接したら、子どもはとんでもない我儘な大人になります。  していいこと、悪いこと、人間としての尊厳を、その都度、しっかり伝えています。  「あなたがそんなことをするのは、残念であり、私はとても悲しい」  「したことそのままが、報いとして自分の身に帰って来るが、その覚悟はあるのですか」  このように子どもには諭します。  子どもでも、幼稚園の年中くらいの4,5歳くらいなら、目に見えない概念的な「していいこと」「いけないこと」は、よくよく言... ...続きを見る

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2011/12/02 12:01
ひろがる真友の輪
 思いもよらない出遇いの余韻に浸る間もなく、早速、あたたかく、手厳しいご指導を賜り有難く感じています。  横道に逸れそうになったらコメント下さいと書きましたら、直ぐに届き、嬉しく存じます。  不適切な表現、癖としての偏狭な考え方は自分では、気付きにくいので、コメントして頂けたら有難いです。   表現力が稚拙なのか、それとも思い込みが激しいのか、どちらにしても、みなさまに不快な感じを与えてしまったのなら、即お詫びしますし、誤解ならこちらの想いを書かせて頂きたく存じます。 ...続きを見る

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2011/12/01 08:57
病に罹らない、再発しない保証は無いけど、「救いのきづき」は戻らない
 心身の病に罹るのは、何らかの原因があります。  ウイルスで感染するもの、生活習慣病、先天性のもの、色々です。  一度病から回復しても、また別の病に罹ることもあります。 ...続きを見る

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2011/11/30 20:38
私が好きな記事3つ(コロコロさんのコメント入り)
初心を忘れてはいません みなさまへ  ブログを始めて1年と2ヶ月になります。  たくさんの方々に見て頂いて嬉しく思っています。  有難く、感謝しております。  元々、このブログを始めた動機は、自分が救われた境地を、有縁の方々にお伝えしたいと、考えてのことでした。  一番初めの記事にそう書いていますし、その後の記事も御仏の救いを書いていました。  御仏の御心を受け取らせて頂いたのは、2年前のことでした。  それから、ほかの人のブログなどに、コメントしたりしてきましたが、思ったことが... ...続きを見る

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2011/11/29 12:03
「きづき」の正体は「無」のようなもの
 夢幻の中で、実際は実態の無いものを、確実に存在すると信じ込まないと、私たち人間は生きていけません。  何かにすがって、何かをあて力にして、生を積み重ねていくのが人生と思って、何にもならないものの上にあぐらをかいて安心しようとします。 ...続きを見る

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2011/11/29 01:47
どの時点で折り合うか
 カウンセラーやセラピストなどと言われる人たちが、何回もクライエントと面談することに疑問を持ってきました。  これが、キャリアカウンセリングやほかのスキルアップの面談なら、1回ないしは2回で済むのに、何回も話し合いを持つ必要があるのかと不思議でした。 ...続きを見る

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2011/11/25 08:58
知識と実体験と記録の関係
 知識をえて、それを体験してあれはこういうことだとわかる  体験があって、それがどういうことなのか誰かが書いたものの知識をえて、こういうことだと納得する ...続きを見る

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2011/11/25 01:29
自ら招いた苦境を曲芸の様なバランスでもちこたえる人々
 「生き難いだろうな」  この様にいくら周りが思っても、本人は精一杯、真面目に生きてるつもりで、そのギリギリで耐えているところが、とても気の毒で痛く感じることがよくあります。  その状態はこうなのだよといくら言っても分からない(薄々分かっているけど、分かることを頑なに拒んでいる)です。  無理に分からせようとしたり、その状態を改善しようとして手を差し延べたり、きっかけを作った途端、崩れ落ちてしまうことがあります。  本人は気を張って、無理な状態でも、それなりの、均衡を図って生きていくこと... ...続きを見る

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2011/11/23 22:38
縁のないこと 縁のあること
 この人に逢いたい、話がしたい、仲良くなりたい  この学校に入りたい  この会社で働きたい ...続きを見る

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2011/11/19 10:04
怒る種、愚痴の種、争いの種、援助の種・・・・・・etc
 同じ人間として生きていても、基本的にどういうスタンスを持っているかで、考えや言動が違ってきます。  兄弟姉妹でも離れて暮らすうちに、この違いから、他人よりも理解出来なくなることも珍しくありません。  もっと遡ったところがあるとして、同じ親の下に生まれて、同じように育っても、基本が前世から全く異なっていたとしたら、全く何を考えているか分からなくて、喧嘩ばかりで、いがみ合う人たちも大勢います。 ...続きを見る

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2011/11/19 01:08
弱気な謙遜は卑下
 日本人は謙遜を美徳と考えるようですが、私はちょっと違うようにこの頃感じます。  謙遜が心からのものでないと、嫌味に感じたり、そこまで卑下しなくてもいいのではないかと思えてきます。 ...続きを見る

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2011/11/17 12:34
連合・協同遊び内の思い遣りの出現
 メンバーに思い遣りを示す子どもがいなければ、みんなが好き勝手して終わります。  誰もが自分勝手で楽しく遊べず、それでも、その遊びの中で、どうしても、思い遣りを示して欲しかったなら、お願いして、許可を取り仲間に入れてもらって、大人が思い遣りのある言動をしていくしかないのでしょう。 ...続きを見る

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2011/11/12 01:43
「発達、学習」という名の「退行教育」
 「発達心理学」これは最後まで私を悩ませた科目でした。  赤ん坊や子どもたちを鋳型にはめる事を「学習」と捉え、発達ではなく「退行」としか、世の中のことを感じられなかった私には、この考え方を受け入れることは出来ませんでした。  教科書や参考書に書いてある内容を書いて、やっとパスしました。    社会学系の学問は、ある通説を出しながら、自説を述べても、理論的に整合していたら、点数が付きますが、心理学系はちょっと違うようです。  まだ100年ほどの新しい学問であるのに、何だか融通が利きません... ...続きを見る

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2011/11/11 19:04
カウンセリングなどの技術的側面
 心理やキャリヤなどのカウンセリングと、真理の「きづき」の話は、同じところと異なるところがあるかもしれません。  何か参考になることがあるかもしれませんので、今日は書いてみます。 ...続きを見る

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2011/11/09 08:57
人におもねることを潔しとせず
 おそらく私の人生の大部分は、この考え方の上に成り立ってきたのだと最近分かってきました。  人が何と言おうと、自分の信じた道を行く。  こうやっていくと周りから、とても抵抗を受けます。 ...続きを見る

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2011/11/06 05:53
「鈍色ビーム」自分かも?←即攻撃中止を!
 最近の記事を読んでいく内に、もしかしたら、自分が「普通」の人で、今まで「鈍色ビーム」で攻撃していると「きづいて」しまった人が万が一いましたら、即攻撃を中止して下さい。  そうして頂けると、「普通」の人が一人でも減るので、有難いです。助かります。  気の弱い、臆病な、風が吹いても気持ちがゆらゆら揺れる、敏感な「普通」でない私たちは救われます。  特に子どもを持っている人が「きづいたら」、即攻撃を止めて、お子さんも「普通」でない子どもに育て下さい。 ...続きを見る

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2011/11/04 08:39
ノートパソコンを買う
 パソコンの授業を受けて、色々なことが少しずつできるようになりました。  まだまだ初心者の域を脱していませんが、実地でしてきたことが、つながって、応用で出来ることがあったと発見しました。  今のデスクトップのパソコンにはオフィスが入っていなかったし、授業で必要なので、某ソフトを買って入れました。  学校でしているのと違うところがあると、互換性で間に合うところを探すのに、1時間以上かかったり、メールや電話で問い合わせたりしました。  マイクロソフト社との決定的な違いは、パワーポイントにスマ... ...続きを見る

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2011/11/02 23:53
光を放っている子どもたちを潰さない使命
 赤ん坊や子どもはとてつもないエネルギーを持っています。  そこにいるだけで癒されます。  そんな風な大人は滅多にいないのに、ほとんどの赤ん坊や子どもたちは、人を癒す存在であります。 ...続きを見る

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2011/11/01 08:58
鈍色ビーム(劣等感→意地悪)で弱者を攻撃する「普通」の人達
 いわゆる「普通」だと自分で思っている人たちが、私は苦手です。  その人たちは、自分を「普通」だと思っているようですが、損得ずくで動く「意地悪」な人だからです。    彼らのほとんどは、何らかの劣等感を持っています。  人と人との関係を優劣という物差しでしか測れません。  それと自分にとって損か得か態度を変えます。  力のある人には平身低頭でぺこぺこしますし、こいつは大人しいし、反撃してこないと見なすと、やたらいじめます。  自分より上の人にも、見習わせていただきたいというのでなく... ...続きを見る

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2011/10/31 22:33
いまだに信じられません
 このブログの読者のある方に継ぐ、2人目の方が救われました。  こんなことがあるなんて信じられません。未だに。  プログの媒体でも「きづき」を賜れるのですね。    いつも自信がなくて、表現できない、言葉が探せないと辛い思いをしてまいりましたが、そんな悩みをも、読者の方々は、超越して、自分の必要なところを、眼光紙背に徹すというような感じ取っていかれるのですね  自分の力でなく、真理の偉大さに私は驚き果ててしまいました。  はじめの方の時もそうでしたが、お会いしたのは2度きりですし、... ...続きを見る

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2011/10/28 20:29
「きづき」における基礎と応用
 基礎が出来ていないのに、積み重ねても倒れてしまいます。  だから基礎をしっかりした上で、応用を学ばねばなりません。  ところが、基礎だけで満足してしまったら、それ以上は進めません。 ...続きを見る

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2011/10/28 12:58
この記事を亡き従姉妹に捧げます
 今でもあなたの顔が時々思い浮かびます。  「特定の頭のいい人だけでなく、どんな人でも分かるように(きづき)をみんなに教えて欲しい」  あなたの言葉に出来なかった「遺言」を胸に、救われた後、行動を開始しました。  このブログを始めたのは、先に逝ってしまったあなたが生きていたら、伝えたかったことを書くことでもありました。      昨日、今まで会ったこともなくって、全く知らなかった人に伝えられたんだよ!  あなたがいつも背中を押してくれて、頑張って!って応援してくれているような感じに... ...続きを見る

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2011/10/28 08:59
今年、一番嬉しい電話
 今年で今日が一番素敵な日になりました。    衣食住もお金やほかも物質的なものは、ご縁があって当たっているもので、今は満足しています。  元気で心静に、好きなことが出来ることを有難く、満足しています。  また縁があれば、外国の豪邸に住むかもしれませんし、そこでVIP扱いのお手伝いさんを何人も雇う生活が待っているかもしれません。  それはそれでその方が、私の使命を果たせるのなら、一向に構いません。  ただし、私は若者が理想を抱いて、ある程度成功して、慢心を起こして、没落していく... ...続きを見る

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2011/10/27 23:59
必要だから心身の病になる
 心身の病を忌み嫌い、無理やり切り取ったり、薬で押さえ込んだりします。  臓器の内出血や自殺したり、暴れだすような精神疾患など深刻な命に関わる病気は処置が必要でしょうし、そこまで要らないとも感じません。    慢性疾患や、全身の病である癌などは、原因になる生活習慣や、頑なな考え方などが原因になっていることもあります。だから、その本になることが無くならないと、病気もいなくなってくれません。  手術しても転移したり、薬も量が多くなっていきます。  精神の病も、そういった症状が出て、仕事を休... ...続きを見る

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2011/10/26 12:58
まず動く+努力+持続
 こういう性格だから、こんな状況だからと行動すること、考えることを止めていませんか?  それはただの怠惰です。  同じ阪神淡路の震災に遭った人でも、立ち直りが早く、反って以前より豊かになって幸せな日々を送っている人と、未だに不遇を囲って「地震さえなければ」と愚痴をいって暮らしている人の違いは、行動と絶え間ない努力です。 ...続きを見る

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2011/10/26 08:49
みなさん、本当に申し訳ありません、言葉にならなくて
 また大学で勉強を開始し出して、半年を過ぎましたが、頭がクリアではありません。  上手いこと働きません。  元々頭が弱かったのかもしれませんが、言い表す言葉が出てきません。  思いが言葉になりません。  言いたいこと、表現したいことはたくさんあるのに、余りに言葉を知らなくて、表現方法が未熟で、稚拙で、上手く思いが収まらず苦心しています。    「きづき」をサンスクリットや古文のお経やお聖教や哲学用語を使わず、世界中の人に伝えると決心したのに、少しも前に進みません。  ほとんど進まな... ...続きを見る

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2011/10/25 00:15
まあいいか、好きにして(そのうち、きづくかな・・・・・・)
 まあいいか、好きにして  一日、1度以上子どもにこう言っています。  比較的自由に、気ままにさせています。  子どもには子どもの人生があると、生まれた時から割り切っていたものですから。 ...続きを見る

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2011/10/24 07:44
瞑想や勤行に頼る心を捨てる
 瞑想や勤行をしている人の最たる特徴は、真理に身をゆだねていないことです。  あくまで自分の力をたのみにして頼ります。(お釈迦様など、仏様の成仏後の瞑想は、さとりをえるためではないので、ここでは除外しますが)  そこを抜けた者からは、その姿に臭みが感じられて、心苦しいですが、本人はどこ吹く風で、自己陶酔しています。  自分の内側を見ていっても、見えてくるのは煩悩ばかり、成れの果ては、疲れて眠くなります。  どこまでいっても、さとりも安寧も満足ももたらしません。   「つもりの行」はいつ... ...続きを見る

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2011/10/23 11:09
教育におけるプロのチーム
 マンツーマンの指導も惹かれるものがありますが、更に上をいく教授法を知りました。  これは大学院のような所か、少数精鋭のとても恵まれた学校で、出来る方法です。  外国では、個人主義が強くて難しいので、日本でしか出来ないかもしれません。  4人くらいの互いにその研究を知り、リスペクトし合ったチームの教師と、その倍くらいの人数の学生がゼミをするやり方です。  中心になるリーダーの先生がいらして、ほかの先生はサブという形で進みます。  学生が参加している先生の研究を調べて、質問したり、意見を... ...続きを見る

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2011/10/22 23:59
「さとり、救い」について
 初めにお断りしておきます。  今日の記事はちょっと長いです。  内容的にもついていけないと思われる方は、途中でスルーして下さっても結構です。  私自身も、この内容を理解するのに、40年以上、掛かりましたので、宜しくお願いします。    宇宙は規則性を持って成り立っているようです。  「 something great」が働いていて、私たちが真実の方向に導かれているという考え方は、科学者の間では、普通にあるようです。  「something great」を説明する為に、以後この記事... ...続きを見る

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2011/02/06 14:02

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