テーマ:法楽

信心を獲るのは金魚すくいとは違うのだよ

 これだけ聞いても、何を言っているのか分かりませんよね。  ある和上がその方に言われたことだと説法で聞きました。  金魚すくいの金魚は多くの外の仲間ときたない入れ物から個人の綺麗な水槽に移し替えられます。環境が変わり、気分良く過ごせて、餌も十分に与えられ快適です。それでも金魚自体は何も変わりません。これに対して、信心を獲た人は、環境…
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生死を超える、転迷開悟と人間理解は目的が違う

 人間理解の先に仏教の目的である生死を超える、転迷開悟があるのではありません。人間理解は終わりがなく、限も際もありません。生死を超える、転迷開悟は今生、今、ここで成就出来ます。一度その心境に出たら、その先戻ることはありません。  そこを間違っている人が多く見受けられます。方向が違っていたら、目的地には永遠に辿りつくことはありません。 …
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避けなければならない人たち

自分と他人を比べる人です。別の言い方をすれば劣等感の塊のような人たちです。自分を肯定できないので、自分より劣る人たちを必死で探してきて、その人たちよりも優位な自分で安心しようとします。 ありのまま、そのままの自分を受け入れられず、必ず目の前の人を自分より上か下か判断し、その上でコントロールしようとします。そういう人と一緒に…
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必ず救う

 阿弥陀佛の御心を今日の朝、聞いてまいりました。  阿弥陀佛は親のようなお方だからと、次のようなことも言われました。  「見捨てはしない」。  「甘えていいよ」。    人間の親には「必ず救う」という願いはあっても、その力はありません。   「見捨てはしない」。「甘えていいよ」。というのも自分の欲求が先に来て、それを満たせた…
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立場が違うと感じ方が正反対

 ある方がこう言われていました。  「『あなたを嫌う人などいないでしょう』などとたまに言われますが、そうなのかもしれません。でも、私は我慢しているわけではないのですが、娑婆世界はこんなものと『二元論でしかものをとらえられない、本人が慶ぶ褒め方も知らない仕方ない人たちだなぁ』と達観しています。見かけを羨ましがられ、持ち物や生活など褒…
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他人をコントロールしてしまう、コントロールされてしまう癖

 上下関係で生きている人たちは、このどちらかの役割を演じて生きています。  これ以外の関係は居心地が悪いのです。どちらかの立場にある関係で物事が進んでいきます。親子、子弟、上司・部下、その他様々な関係でどちらかが上で、どちらかが下という固定的な役割を演じます。もちろん、お世話になりご恩のある人たちには敬意と尊敬の念を持って接するこ…
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涼やかな風と、にこやかな穏やかな光の中での日々

 残り少ない自分の人生の時間を愛おしむように生きていきます。  比べず、争わず、ただ感謝していきます。  真理との邂逅の方向性を示し、磁石となり一人でも多くの人を引き付けて、故郷に還っていきます。  昨夜は、涼しい風が吹いていて、木々の葉のこすれ合う微かな音を心地よく感じながら、夜の明かりが燦々と降り注ぐ大学の構内を図書館から体育…
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無明の闇が晴れなくても平気でいられるのはなぜ?

 物心ついた時から、名前は分からなかったけれども、ほの暗い闇が心を覆い、離れることはありませんでした。それがだんだん色濃いものとなり、9年前に晴れました。その闇を持っている間は、何をしても生きた心地がしませんでした。  この闇を晴らす方法が見つかったのは小学校の半ば10歳の頃でした。それから、色々な縁を求め始めました。高校2年が終…
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短気は損気

 小さい頃におばあちゃんからよく言われました。短気でいいことは何もないから、もしカッとなって怒っちゃっても、すぐに謝ったらいいんって。すぐカッとなる怒りん坊の人はまたキレられると嫌だから、周りの人が近寄らなくなるし、頼ってもらえなくなるし、表面だけの付き合いで信用してもらえなくなるから、死ぬわけではないしと気を長く持つといいということで…
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過去は済んだこと、臨終を見据えて、今を生きる

 過去のことは恩を受けたことを、どこかで誰かに返していくことだけ覚えていて、臨終に思い残すことがないように、今をしっかり生きるしかないと知らされます。  今を生きるには、自分自身が何をしたいか、したくないのかをしっかり見極め、自分を大切にし、自分がして欲しくないことは他人にしないことなのかもしれません。  嘘をつき誤魔化す自分を続け…
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人間のできることの限界を知って教えを説けるか否か

 大学院で論文を手厚く指導して頂いていますが、相互の遣り取りを通して指導して頂けるのは、投稿する本人がもうこれで完成と手放すまでです。指導する方は方向性を示してはくれますが、文章を書くのも手放す時期を決めるのも本人です。よき指導者はできるだけ無駄なことはせず、終着点を目指して方向を教えてくれます。    宗教家の役目といっても真理と…
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今、目の前にある自身の使命を果たすしかありません

 自分にしかできないことがあります。ほかの人には絶対にできないことが。  それを遂行するために生まれ、生きています。  自分のためでもあり、ほかの人のためにもなります。なぜなら、自分と周りはつながっていますから。自分がよくなれば周りもよくなります。反対は敢えて言いません。    今日も一日、自分が生まれて生きて、残せ…
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気は抜かず、力を抜くといろいろ手放せる

 こうあらねばと何かにしがみついていると肩は凝るし、他人との壁も出来るし、いいことはほとんどありません。目の前にやって来たことを受け入れ、今、この瞬間を全力で楽しむと空気が変わります。相手に合せ、関係性を感じながら、合意点を探したらいいです。先入観や偏見があると楽しめません。損な生き方です。正しさより楽しさを基調にして生きた方が嬉しいで…
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ふと目が合って微笑み合う贅沢な瞬間

 ゼミや研究会の集まりの中で、興味深い意外な内容が語られた時、誰かと何気なく目が合って「そうなんですね」と無言で微笑み合うことが結構あります。同じような理解を共にしていたのだと後から感じられました。真摯な態度でその場に臨み、発言をされる方を鑑に研究を続けられることは有難いです。  誰かと逢っているとき、そのひとが素敵な笑顔と共に優…
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心が通い合えるひとばかりならここに生まれてきた意味はなかった

 もしも、人生が思い通りで、順風満帆でスイスイと進んでいくなら、私が生まれてきた意味はなかったのかもしれません。自身の目的は果たし終えたのに、まだ生きているのは、使命が残っているからでしょう。その使命は、グダグダの状態に足を突っ込んでいたら果たせないので、巻き込まれないように、一歩引いたところから成し遂げようと決意しました。  割…
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今できることを粛々とこなす

 今生の自身の学びや使命を生きることしかないのだと知らされます。  それぞれが学び、使命を果たすために生まれて来たのに、私たちは自分に目を向けずに、他人の欠点や、他人にされたことばかりを気にして、自身の学びや使命を果たすことが疎かになっています。 他人は他人の学びや使命の中に生き、孤軍奮闘しています。それはその人にしか…
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佳きこと 気分が高揚することに目を向ける

 誰かと関わっているとき、その人が、自分の日頃、気を付けて頑張っているところを口にしてくれた時、本当に嬉しくなります。  何で、この人は分かるんだろうって。今更ながら、遅まきながら、やっときがつきました。その人もお揃いの感覚を持っていて、同じような生き方をしていたからだと。わざわざハッキリ口にしてくれるのは、励ましてくれているのだ…
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変われることとそうでないことがあるのかも

 ロジャーズがいう「内的準拠枠」というのは広げることも可能かもしれないが、よほど尊敬できるような器の広い人と出会うか、恋人や配偶者との感覚の距離を縮めたいと決意するとか、何か強い動機がないと変る必然性がないかもしれません。  初めはいい人だと感じていたのが、肝心なところでは責任逃れや言い訳をするのを知って、他人がスウーっと引いてい…
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「いのち」「命」「生命」

 宗教的な表現は「いのち」がふさわしいのではないかと、大学院の医師でもある先生から言われました。確かに「命」や「生命」と漢字で書くと何か科学的、無機的な感じがします。仏教的「いのち」は三世を貫くものです。過去、現在、未来全ての「いのち」を問題にします。 ターミナルケアにおける心的援助活動の論文を完成させるべく日々格闘しています…
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人間の嫉妬とはいかに

 未だに他人を羨む気持ちがよく分かりません。  迷った人間の中で比べても栓のないことです。  誰に褒められても嬉しくなく、貶されても大して何も感じません。  もっと別な広大無辺なものと一体化し、共によろこべるだけでいいと生きてきましたし、これからも変わりません。   多くの人は、人相手の生き方をしています。人目を…
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豊かさと貧しさ

 いのちを大切にしているか否かでそれは決まります。  真の意味で、自身の無常を感じ、常に念頭に置いて生きられる人は、自分を大切にし、他人にも負い目を感じさせたりするようなことはしません。争いや上下関係を造ることも無意味だと分かっているのでしません。ただ、いま、ここを楽しみます。誰に認められなくても常に護り給う存在と共に光に向かって…
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声なき声を聞く

 声なき声を聞きました。  聞いたというよりきづいた、響いた、届いたという感覚です。  懐かしい安寧満足がその時からずっと続きいています。  いつも護られている、一緒に歩いている。この肉体のいのちが終わってもずっと一緒。  こんなことは絶対にないけど、たとえ、私が嫌いになっても絶対に嫌いにならないそんな深遠で言葉…
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死後の世界、どこへ行くのか、どうなるのかが苦になるか否か

 みながみな、後生を苦にするわけではないのですね。  私は物心ついた時から、常に死のことを考え、怖れ続けていました。  人は生まれたからには必ず死にます。  遠いところに住む、知らない他人の死を見聞きしても、あまり驚きませんが、身近な肉親や友人がこの世を去るとどんなにか心が寂しくなります。そして自分もやがて、このように冷たくなって…
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私も後で行くから、お浄土で待っていてね

 「疑いなく阿弥陀佛を信じたら、浄土に参ることができます」。  「私も後で行くから、お浄土で待っていてね」。  このように信頼する僧侶、医師、看護師から終末期の患者さんが言われたら、ふっと救われることがあります。彼らは自分の力で救われる縁も手掛かりもないので、他力を信じるいちばん近いところにいるのです。もし、それらの職業の人…
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観念の死と現実の死の大きな違い

 我が身の後生が苦になり出してからが本当の人生です。それまでは、人生が始まっていません。肉親が不治の病に罹り、余命いくばくもないとき「私は死ぬんじゃないかしら」と聞かれた時どう応えますか?自分の命がもう残り僅かな時、同じように周りに聞いた時どう応えますか?これは人間としての問題です。理屈ではいくら考えてもわかりません。死を目の前に引き寄…
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人間にとって唯一平等なのは必ず死ぬ存在であること

自分も必ず、絶対に死ぬときがくるのだという自覚があると、日常の些細なことはどうでもいいように感じます。どうせ臨終には何も持って行けないのです。それなら目の前にある物を十分堪能して少しでも優しい言葉を掛け合って生きようと分かってきます。  いつまでも生きていられるという幻想から、競争し、お金や地位や名誉といったアクセサリーを取…
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誰かが別人のようになってしまったのを感じたとき

 少し逢わない間に、すっかり別人のようになってしまう人がいます。一方で、久しぶりに逢っても全く変わらない人もいます。よいように変わるならそれは嬉しい限りです。しかし、そうでなかったとき、何だかとても悲しく残念です。職業、地位、名誉などで外観は変わるかもしれません。その人の人となりが傲慢になるのを感じたとき、遣り切れない忸怩たる思いがしま…
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今生はもう残り僅かなので、誰かと逢うなら寛ぎ癒しの空間にする

 誰かと一緒にいるときや電話で話したり、チャットをしているときは、ありのままで何も考えないでゆっくりしていたいです。誰かの問題を解決しようとも思いませんが、役に立てそうなことがあれば、こんなことを試してみたらとは言ったりしますし、時には手伝います。でも、できそうもない約束はしません。誤魔化したり、嘘もつきたくありませんから。これは自己一…
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一人でも、何がなくてもよろこべる

 誰かといなくて一人でも、自身の才能、知恵、美貌、物質的なお金や物、地位名誉、何もなくてもよろこべることが究極的な安心満足です。  外界からさまざまなものが飛び込んできます。 綺麗なもの、美味しいもの、功績、勝者などなど。 何か違うと感じてしまうのは私だけでしょうか。そういうものをただの装飾品で、それも薄っぺらいものだ…
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それを縁というのか、波動というのかどうなんでしょう

 誰かに対して「無理」と感じるのは縁が遠のいたのか、波動が合わなくなったのかどちらなのでしょう。いづれにしても、今、引き合わないということです。「今は無理」過去は尊敬できた世話になった部分もあり、この先は分からないけど、でも今は感謝して手放す、離れる選択を取ることが適切なのだと知らされます。  だらしない、あまりよくない意味でいい…
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