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zoom RSS テーマ「コミュ障」のブログ記事

みんなの「コミュ障」ブログ


一番大切なひとに、激怒したり無視したりして拗ねて甘えるのは淋しさから

2018/11/30 20:21
 本当は大切なひとに優しくしたいのに、裏腹なことをしている人たち見ているととても胸が痛みます。怒りや無視や拗ねる心の底にあるのは淋しくて甘えたい気持ちです。それを上手く表現できなくて、本人も気が付かずに、ネガティブな表現をしてしまいます。

 仏さまや親なら、それも含めて包み込んでくださいますが、それ以外の人たちに拗ねて甘えると遠ざかって行きます。よくよく気を付けねばなりません。

 大切なひとを悲しませたり、苦しめたりするために生まれてきたわけじゃありません。優しくしてもらえたのなら、それ以上のものを差し上げたら、さらにもっと素晴らしいことが返ってきます。それを知らない人ばかりで、みんなが拗ねて甘える子どもばかりがいるのが人間の世界のような気がします。

感謝していること

 研究のために資料を読み、誰かの話を聞いているとよく分かっていたと思っていたけれど、さらに深い理解が得られます。有難く感謝しております。


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なぜ多くの人達は完全な安心満足の状態を求めることを諦めるのか

2018/09/21 22:36
 そんなものがないと初めから求めない人もいます。その中の多くは安寧の気持ちをペットなどに求めたりもします。一般の人と呼ばれる人たちです。自分がいい人だと思っているのがたちが悪いです。

 途中で世間的に上手く生きているような偽善者に魂を売り渡す人もいます。これがモラハラになります。

 ずっと諦めないで、苦労して努力して、人間で癒しを求める人もいます。自分が努力した分、見返りがくると根拠のないことを信じていて、つねに敗北感を感じ続ける惨めな生き方です。普通の人もモラハラも被害者意識の彼らを食い物に市、しゃぶりつくして捨てます。利用され放題です。怒らないおとなしい場合、言いたい放題言われたり、愚痴のゴミ箱のようになります。

 いずれも真理を見ようとしませんし、真理から逃げています。真理を求めることは厳しい道だと感覚的に何となくわかっているからです。

 それでも敢えて、真理を探し、邂逅を求めるひともいます。宗教として真理を探究するひともあります。邂逅まで辿りついたら今生の目的が果たせたと言えます。そうでなくても上記の三種類でない生き方ができるので、その点ではましかもしれません。

感謝していること
研究を重ねているといろいろなことが分かります。有難いです。


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ひととしての真摯さや矜持を持つことを頑なに拒否するモラハラ加害者の生き方

2018/09/17 17:43
 自分自身をメタ認知できる能力があり、どうするか選べる知恵を持つ人達には、罪悪感を感じるのを拒否する生き方を選べます。
そして楽に楽しく生きる方法として、他人に虐待し、責任を押し付け続ける生き方を選択します。こんなことをすると自分自身の魂を何者かに売渡し、真理からどんどん遠ざかる気がします。それでも、そうせざるを得ない状況に追い込まれた人達は、他人を虐め抜き、自身の責任を押し付けることでこころの安定を図るのです。罪悪感から逃げるには、自分の罪悪感を肩代わりしてくれるような、被害者体質の人を常に側に置いておく必要があります。

このようなモラハラ加害者体質にも一応は良心というものがありますが、その良心を感じると苦しいので、自分が好き勝手しても、反撃してこない獲物を見つけると、上記のような態度を繰り返すのです。

被害者側が、何とか罪悪感を与えて、改心して欲しいと願っても、劣ったものと見なして、馬鹿にしているのでそれは叶いません。モラハラ加害者はあらゆる屁理屈や信じられない言い訳や嘘で、罪悪感を巧妙な手口を使ってすり抜けるのです。

できれば、逃げられなくなる状況に陥る前に、モラハラをするような人たちとは距離を置き、関わらないのに越したことはありません。それでも、モラハラ加害者は、被害者を確保する手立てにおいては優れた能力を発揮します。加害者は、モラハラをしないでは生きられないので、それは死活問題だからです。もうこれで大丈夫だというとき、婚姻届を出したとき、もしくは子どもが生まれた時など、一番愛情を分かち合える時に、豹変します。モラハラ加害者はモラハラをするために結婚して、子どもを釣るのです。周りの人たちは、なぜ、そんな幸福絶頂の時に別れたり、するのかといぶかりますがそういうことです。

世の中にモラハラなど無くなり、自分が自分らしくありのままで真摯に矜持を以て生きられるようになることを私は願って止みません。

感謝していること
執着や他人と比較する感覚がどんどん薄れてきて、モラハラに対する抗体が高まってきた気がします。有難いです。
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一緒にいて消耗する人とは距離を置く癖をつける

2018/09/16 22:40
 特別、なことをしてくれる人なんて要りません。
 相手が、気分の悪くなるイレギュラーなことをしてくれなければそれでいいです。
 
何か聞いて、もし知っていたら、それに対して真摯に応えてくれる。
 知らなかったら、知りませんとだけ答える。もしほかに知っていそうな人がいたらそれを紹介する。とても簡単なことです。
 誰かの何かの役に立てるならよろこんで、自分の知っていることは私は伝えようとしています。
 
 何かの集まりを呼びかけた時、とても嫌なことがあります。
 たとえ、リタイア後の人であったとしても、誰も暇な人はいません。
 みんな時間をやりくりしています。
 ただ、空いている日を言えばいいのに、予定を変更したので行けます、大丈夫と言ってくる人いますよね。その言い方は、今後は、止めた方がいいです。
 忙しいのに、わざわざ時間を取ってやっているという、嫌な感じがします。
 他のことの方が大事だけど、時間を作ったからという恩着せがましい感じを他人に与えるということが分からないのでしょうか。分からないなら仕方ありません。
 
 今目の前にいる人に対して、上から目線で低く扱うこと、負い目を感じさせること、疎外感や、仲間外れなどしている人は尊敬されません。スウーっと人がいつの間にか周りから離れていきます。同じように他人を大切にしない表面だけいい顔をする人が寄ってきて、気持ちの裏を読んだり、駆け引きや損得勘定でしか付き合えません。それが刺激的で楽しいなら、死ぬまで続けてくれて結構です。私はずっとそういう自分が消耗することを避けてきてし、これからも関わりません。

 消耗しそうだと感じたら、引いて距離を取る癖をつけると、案外気分良く過ごせます。お試しあれ。

感謝していること
 8月からの日本や海外のフィールドワークなどより帰国して10日ほど経ちます。昨日まで論文に取り掛かっていたので、休んだ気がしませんでしたが、これからはしばらく、家でゆっくり休めそうです。好きなものを食べて、バスタブにつかりながら、いろいろ考えようと思います。休息がとれるのは有難いです。
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自分の機嫌を自分で取れないなら赤ん坊からやり直せ!

2018/09/08 11:44
 喜怒哀楽の調節ができず、突然泣き出して、誰かが慰めに回る。

 我慢していて、耐えられなくなり、誰かに看病させる。

 心身共に酷くなる前に予測できることは、早めに自分で何とかすべし。

 それができないから、人間同士、摩擦が生じる。




 赤ん坊の時からネグレストや虐待を受ける環境にいたなら、そこからやり直すしかない。

 それをしてくれる人は滅多にいないが、探し続けるのも人生かも。




 誰かの世話になり、助けられる時が終ったら、今度は助ける役割をする。

 そうなれるまでに、限りなく人間に生まれる必要がある人もある。




 何かとても面倒。

 もう、終わりにしたいけれど、エンドレスに感じられるのが迷いの世界。

 真理との邂逅で迷いが終わっても、また迷いに関わる不思議な智慧のシステムは人間の知識や感覚・感情を超える。




感謝していること

 静寂で更に求めるものがない満たされた世界があることを信知出来たことはとても不思議で有難いです。


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悪口は冗談だと赦し空気を読まなくてもいいし、殴る素振りは既に殴っている事実

2018/09/08 11:09
 他人に対して云った悪口は、後で冗談だと言い訳されても、それは本心です。
 殴る素振りも同様、既に殴っています。

 後付けの、言い訳は絶対信じてはなりません。

 悪口をいう人、人に暴力を加える人は自分が悪口を言われるか、別のストレスで、それを解消する獲物に当たっているだけです。言い訳をされても、そういう事実があったことを重く受け止めるべきです。
なぜかというと、満たされている人は悪口を言いませんし、暴力とは無縁です。

誤魔化されてはなりません。

悪口や、暴力の全くない世界は存在します。それは悟りの世界です。みんなが自分を後回し持して、まだ悟っていないひとを応援する世界です。そこまで行けていなくても、悪口や暴力を拒絶し、そんなこととは無縁の人生を送っていくべく精進してまいりましょう。

誤魔化されてはいけません。その人から出た悪口、暴力は後で言い訳して打ち消しても、許されることはありません。そういう人なのだと注意して、距離を取り、そうでない人たちと一緒にいることをお勧めします。まだ、刺激がほしいとかいうのなら敢えて止めませんが、いづれはそういう刺激もお腹一杯になって、もう結構という時が来ます。そう感じられる時まで、刺激ごっこを堪能してください。自虐や虐待に満ちた心身の痛みを通り抜けないとそれは痛いし、抜けようとは思えないのかもしれません。まあ楽しんでくださいとしか言えません。

感謝していること
悪口、暴言、暴力に無縁な世界を信知することができたことに有難く感謝します。
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承認欲求

2018/09/07 23:57
 これ、苦手。
 まず、ほかの人間に褒めてもらおうと思ったことが一度もない。
 容姿も、才能も、どこかへ行ったことも、珍しいものを食べたことも、ただ事実がそこにあるだけで、それでいい。
 承認もだけど、共感も、容認も、一致も要らない。
 みんな違って、それでいい。

 べたべたした関係は苦手。
 水のような、さらりとして、流れていくのがいい。

 安定しない、無常の世の中を常のものとして考えるからそこに執着が生じる。
 そして、他人を縛り、命令し、言うことを聞かせようとする。
 それが、諍いや戦争を引き起こす。
 自分さえよければ、他人はどうでもよく、自分の手足のように使う奴隷のようなもの。
 限りなく使い倒して、ボロボロになり使用不可能になるまで利用し、動かなくなり、死ねば、ポイ捨てして忘れる。

 これが承認欲求の本質。別名自己愛性人格障害(モラハラ)
 怖い!
感謝していること
 安心満足は真理との邂逅から得られるということを、身を以て信知出来たことに、有難く感謝します。
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モラハラ家族の様相

2018/08/24 17:09
 父―モラ夫
  父の父―モラ夫またはモラハラ被害者 
  父の母―同上(モラハラ被害者の可能性大)
  祖父母(先祖)−父の両親と同じ境遇
 母―モラハラ被害者
  母の父―モラ夫またはモラハラ被害者
  母の母―同上(モラハラ被害者の可能性大)
  祖父母(先祖)母の両親と同じ境遇
 子どもたち
  モラハラ加害者
  モラハラ被害者
  精神疾患患者もしくは境界例
  真理や宗教に救いを求める
 
 子どもたちは両親のモラハラ生活を見て育ちます。
子どもの中でもいろいろな選択をします。はやばやと抵抗することを止め、虐める力がある方に加担すると決めると、スピリチュアルをモラハラ加害者に売り渡し、同じくモラハラ加害者になります。そしてモラハラ被害者である父か母のように扱われることがないよう加害者の立場を生涯貫きます。モラハラ被害者であるどちらかの親を憎み、見下し、軽蔑します。本来なら気の毒な状況に置かれている親を客観的に見ることができず生涯見下して、モラハラ加害者と共に虐待します。モラハラ被害者を鋭い触覚で探し当て、抵抗しないペットや害虫のように扱います。八つ当たりしたり脅したりする対象でしかありません。
生涯、配偶者を一度も愛することなく、モラハラするために結婚します。良心の呵責はあるのですが、出て来るたびに潜在意識に押し込みますので、臨終まで感じずにいられます。誰かに指摘されても、モラハラ加害者でいるのが心地よく中毒になっているので抜けられません。アルコールやほかの依存者と同じです。

モラハラ被害者になる子どもは、我慢強く魂を売り渡すことはせずにいます。努力して家族に話し合いをさせたり、仲良くなるよう蔭でも画策しますが、全部が上手く行かず成功体験のないまま大人になります。そして、今度は二度と不遇な家族を作るまいと、配偶者や子どもたちに尽くします。相手に尽くすと、必ず見返りがあるという強固な信念を持ち、それをモラハラ加害者がその性質を逆手に取り、利用して洗脳し、お願いすることなく、身心の自傷行為をさせます。それは精神的に異常をきたしたり死ぬまでいたぶりつづけるものです。配偶者には、モラハラをしない普通の人では物足りず、またしてもモラハラ加害者を選んでしまい父母や先祖のモラハラ連鎖を抜けられずにいます。

子どもの辿るコースはモラハラ被害者、モラハラ加害者、精神疾患患者、真理や宗教に救いを求めるなどです。
モラハラ被害者、加害者は連鎖が断ちきれず、その子ども、孫の代まで連鎖していきます。精神疾患患者になった人はお気の毒ですが、親も配偶者も子どもも誰も助けてはくれません。真理や宗教を求めるようになれたら、モラハラの家系を悟りを獲た時によろこべるようになるかもしれませんし、そうでないかもしれません。

とりあえず、モラハラの家族は日本では三軒に一軒あります。ルシアンルーレットのようにその一軒に生まれてしまった人はその先の不幸を味わい続けます。残りの二件に生まれた人はモラハラを知識でしか知ることなく平穏な日々を送ります。彼らが下手にモラハラ家庭に口を出すと二次被害が増大することになります。それほど、モラハラ家庭は特殊であり、始末に負えないものなのです。抜け出た人は二度と戻りたくもないし、同じ感覚を味わう人があれば、何とか助けたいと思いますが、助けを求められない限りどうすることもできません。洗脳や支配・被支配関係の中にいるとみんな同じだとしか思えません。別の世界があることなど夢にも想像できません。本当に恐ろしい世界なのです。

私は幸いにも、モラハラの加害者の手口を知り尽くすことで、何とか被害を最小限にとどめて来られました。モラハラは家族だけではなく、教師や会社の上司でも弱い人を見つけ狙うことがあります。

一番いいのは真理との邂逅を求め、モラハラとは無縁のところに逃げることです。
感謝していること
モラハラの世界があることを知り、そこからいつも離れようと思えるようになり、とても自由になったことは有難いと感謝しております。
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あなたはモラハラをしていると指摘されたら感謝すべし

2018/08/23 00:50
 なぜなら、直る可能性があるからです。

 生まれてこのかた、対等に他人を愛することもできず、いつも、相手の顔色を伺って生きることを止めることができるからです。 

 ただ今の瞬間をそのまま、ありのままの自分として味わえるからです。




 あなたはモラハラだと誰かに指摘されたら、ほぼ間違いなく、あなたはその指摘してくれた人に対してモラハラをしています。ほかのひとにしていなくても、その人にはしています。モラハラをさせていると感じたから、そういわれたのです。わざわざ教えてくれるなんて、向こう見ずでしょう。逆鱗に触れて、激怒され、破壊行為に巻き込まれないとも限らないのに。

 

「モラハラはしていない」ととっさに答えたかもしれませんが、どこかで罪悪感や後ろめたさが心の中にあったはずです。




 このまま、劣等感を隠すために、必死でカッコいい自分を演じて、素の自分を楽しむことができないまま一生を終えるか、モラハラを止め、捕食した獲物の人格を認め、怒りや八つ当たりを抑え、日々を楽しめるようになるか自分次第です。




 いつも上下、勝ち負け、損得を考えてから、ワンテンポ遅れてリアクションする気持ち悪い人でずっと死ぬまでいますか?そういう風に他人から見られていることも気付いていないでしょ。だからキモいんです。キショいでもいいです。見かけはおっさん、知能もおっさん、だけど精神年齢は赤ん坊のまま。




 あのね、そんなに頑張らなくてもね、他人はそのままのあなたでも、優しくしてくれるし、受け付けてくれるんだよ。時には失敗しても、上手く行かなくても助けてくれて、責めたりしないんだよ。誰でも上手く行かない時はあるって知っているから。計算しないで「いいよ」って言ってくれるんだよ。




 キモイモラハラするおっさんから、爺さんになって、ウザがられてしぬのもよし。捕獲した言いなりの獲物に当たり散らして、泣かせる姑息な嫌がらせを続けるのも、あなたにとっては楽しい人生なのでしょうが、あなたをモラハラする嫌な奴として軽蔑しながら、本当に心を通わせることなく一生過ぎるけど、いいんだよね。動物が涙を流して殺されても、その肉を平気で食べられるのと同じなんだよね。良心は痛まないんだよね。まあいいや。私はモラハラは心を殺す殺人だと捉えている。だからモラハラする奴は心の殺人鬼。

それほど憎んでいる。怒っている。

感謝していること

 研究のためにいろいろ学んだ成果のためか、やっとモラハラの呪縛から解き放たれた気がします。有難いです。


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大恋愛や大失恋をした経験のある人も信じられます

2018/07/21 16:43
私は長い間御仏を恋焦がれて、それでも信じ切れず、疑い続けていました。やっと心が通じ合ってからは、何で今まで信じられなかったのだろう意地を張ってあれこれ計らっていたのだろうかと本当に不思議でした。

「シラノ・ド・ベルジュラック」の劇は17世紀の話です。詩人、学者、剣士という素晴らしい才能に恵まれ、その上、強く優しい主人公が、生まれながらの大きな醜い鼻を恥じて従妹のロクサアヌへの恋心をじっと胸の奥に押し隠してた物語です。男の心意気(羽飾り)というストィックさに私は感銘を受けています。自分を後回ししても彼女のよろこびや仕合わせを願い、笑顔が見たいと思い遣る心意気をロクサアヌもきづいていました。

 そういう恋愛をした人も又信じられる気がします。自分だけ可愛いような愛し方は、ただの自己愛満足であるばかりでなく、相手を悲しませ泣かせるだけだと散々知らされたので。

感謝していること
毎日の一瞬一瞬を愛おしみ生きられることに有難く感謝しております。


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タイトル 日 時
男性は欲や怒りで、女性は愚痴に悩まされる人が多いのでは?
 あれが欲しいこれが欲しい、手に入らなかったらカッとなりキレル男性。自分中心に世界が回り、自分自身や自分の身内は大事にするし気が回るけれど、身内以外には冷淡な女性。こういうパターンを私は今まで多く見てきました。    ハッキリ言って、どっちも「ウザイくてメンドウ」です。結局自分の欲のためには、人を押しのけてでも、その欲が妨げられると暴言を吐いて脅かしてでも黙らせていうことを聞かせる男性たち。自分や身内ばかりに利益誘導する女性たち。考えただけでも、深く付き合いたくないし、関わらないように用心し... ...続きを見る

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2018/07/21 15:38
他人をコントロールしてしまう、コントロールされてしまう癖
 上下関係で生きている人たちは、このどちらかの役割を演じて生きています。 ...続きを見る

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2018/07/10 23:20
とりあえず怒らない!モラハラ加害者は親しい人と上下関係に囚われず生きる訓練を!
 モラハラ加害者にとってもアンガ−コントロールはとても大切です。 ...続きを見る

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2018/07/08 23:48
優秀で都合のいい者でなくなった(利用価値のない)被害者(サバイバー)の価値
 モラハラ等のハラスメントを生きる基軸としている輩の、パートナー選びは、容姿でも職業、収入、家事能力でもありません。  ただ、ひたすら、ハラッサ―の自己愛性人格障害に対して耐性を持ち、服従し、称賛の言葉や態度を与え続けられるか否かです。サバイバーは利用価値がないので用済みになります。    ハラッサ―が今までの人生を反省し、サバイバーに罪滅ぼしをすることなど滅多にありません。サバイバーは我欲を満たさず不必要な存在ですから、ハラッサ―は次の捕食対象を求めて同じような自己愛を満足させる生活を送... ...続きを見る

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2018/07/08 09:56
ある人たちが傾聴を強調する本当の理由
大学院で医療人類学を教えてくださる医師でもある先生と講義終了後に話をしていたふときづいたことがあります。    私「今まで疑問に思っていたのですが、なぜ、「傾聴」もしくは、「共感」、「受容」、「自己一致」などをことさら重要性を強調する人たちがいるのでしょうか?」 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2018/07/05 09:55
同じような人間が互いに引き寄せられる
 https://www.mag2.com/p/money/408287 ...続きを見る

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2018/07/05 08:49
サボったことや手を抜いたことがバレる怖さを知らない人
https://ameblo.jp/giida/entry-12386917049.html?frm_id=v.mypage-checklist--article--blog----giida_12386917049 ...続きを見る

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2018/06/28 16:28
なぜわざと意地悪するモラハラが止められないのか
 自分ばかりが可愛いのかもしれませんが、だからといって他人に意地悪することは違います。他人が悲しんでいるのを見て嬉しい感覚は分かりません。 ...続きを見る

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2018/06/28 07:58
何か嫌なことをされたら、とりあえず言い返せるのが対等な関係
http://mora110.blog.fc2.com/blog-entry-191.html ...続きを見る

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2018/06/27 08:16
気にならないことと嫌で止めて欲しいこと
 ものの善悪は幼少の頃からどうでもよかったのです。 ...続きを見る

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2018/06/24 14:19
ちょっとしたことでもそれがその人全体を表すこと
 ご飯を一口御茶碗に残す。 ...続きを見る

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2018/06/23 18:34
短気は損気
 小さい頃におばあちゃんからよく言われました。短気でいいことは何もないから、もしカッとなって怒っちゃっても、すぐに謝ったらいいんって。すぐカッとなる怒りん坊の人はまたキレられると嫌だから、周りの人が近寄らなくなるし、頼ってもらえなくなるし、表面だけの付き合いで信用してもらえなくなるから、死ぬわけではないしと気を長く持つといいということでした。 ...続きを見る

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2018/06/22 22:53
自己愛性人格障害(モラハラ)と自己中の違い
 自己愛性人格障害は病気です。自己中は子どもだったり、世間慣れしていなくて自分中心に世界が回っている人を指しているようです。両者はオーバーラップしているかもしれませんが、慎重に症状で見極めることが肝要です。 ...続きを見る

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2018/06/16 11:02
なぜ私が自己愛性人格障害者(モラハラ加害者)を認識できるようになったのか
 まず、私自身が人生を他人と比べて生きていず、理想的な自分や劣等感のある自分がありません。常に素の状態で誰とでも接しているので、人によって態度を変える人が嫌だ、変だという違和感があります。 ...続きを見る

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2018/06/15 14:58
ひととしての真摯さ
 ひととして真摯に生きているひとは、自分が生まれてきてよかったと自分と親を肯定しています。そこから始まります。 ...続きを見る

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2018/06/15 08:22
外観や容姿の功罪
 ふと思い立って友人に尋ねたことがあります。 ...続きを見る

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2018/06/13 18:38
佳きこと 気分が高揚することに目を向ける
 誰かと関わっているとき、その人が、自分の日頃、気を付けて頑張っているところを口にしてくれた時、本当に嬉しくなります。 ...続きを見る

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2018/06/08 08:40
感謝できるといい
 どうしても無理な人、ないなと感じる人に欠けているのは感謝の気持ちかもしれません。 ...続きを見る

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2018/06/08 07:43
変われることとそうでないことがあるのかも
 ロジャーズがいう「内的準拠枠」というのは広げることも可能かもしれないが、よほど尊敬できるような器の広い人と出会うか、恋人や配偶者との感覚の距離を縮めたいと決意するとか、何か強い動機がないと変る必然性がないかもしれません。 ...続きを見る

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2018/06/08 07:39
何がなくても素直なのが一番
 人生は一瞬で終わってしまうので、天の邪鬼な生き方はつまらないし、損です。誰かと関わるなら、いろいろ胸の内を考えなくちゃいけない人とは時間がないので面倒なので後回しですね。時間に余裕があるとか、暇な時にお相手します。ずっと暇なときは来ない可能性が高いです。 ...続きを見る

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2018/06/08 07:34
嫌なことは嫌だと認識し、十分に味わい切る
 たとえそれまでどんなにお世話になり、色々なことをしてもらっていたとしても、嫌なことをされる縁は来ないとも限りません。それが故意であるか、うっかりであるか、欲や自制心に負けてしまったのかはこちらからは判断が出来かねます。問題は相手がどういう意図でその行為をしたかではないのです。それはその人が背負って行かなければならないことです。 ...続きを見る

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2018/06/07 06:49
人間の嫉妬とはいかに
 未だに他人を羨む気持ちがよく分かりません。 ...続きを見る

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2018/06/05 08:19
天の邪鬼と貧乏神
 これらが実存するかどうかは分かりませんが、できればどちらとも近づきたくありません。でも、こういう性質を持つ人たちはたまに見かけます。見かけるだけじゃなくて、誰かに攻撃していたり、誰かをカモにして私腹を肥やしたり、ストレスを発散させているところを見てしまったりもします。最近は、天邪鬼や貧乏神のような言動を取る人たちとはあまり関わらないように距離を置き、避けるようにしています。 ...続きを見る

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2018/05/28 21:16
セクハラ・パワハラは権力・金を盾にした主に男性の甘え
 「ハラスメントと取られるようなことは首から上には絶対出さないようにしています」。このように、大学院のある若手の既婚の先生は仰いました。 ...続きを見る

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2018/05/27 16:14
既に起きたこと、今対面していること、未来に起ること
 過去のことは落ち着いて、ああしたら、こうしたらと言えます。でも、今、起きていることは初めての経験です。そして未来も同様です。    情報の先生から面白い話を聞きました。自閉症スペクトラムのネット上のコミュニティがあるそうです。その中ではアバターの形で、相談したりされたりのやりとりが頻繁に行われているとのことです。そして、どんなことにも的確に冷静に応えている人と、オフ会で会うことになったとき、そのアバターの操作人は、日頃、買い物をすることすらできない人だったということです。電車はかろうじて乗... ...続きを見る

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2018/05/26 21:28

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