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zoom RSS テーマ「御恩報謝」のブログ記事

みんなの「御恩報謝」ブログ


理不尽、不条理なのが娑婆世界ですが・・・・・・

2019/05/08 06:06

 「人生は苦なり」と佛教では教えられます。
 年齢を重ねるにつれて首肯できることであります。

 正当な努力が報われない、自分では何も悪いことをしていないはずなのに攻撃される、好きな人と別れなければならず、逢いたくない人と毎日顔を合わせる等々、
苦しく辛い毎日が当たり前のように過ぎていきます。

 これが人間の世界であり、そういう人生を送ることになっているのです。
 こんな苦しみを厭い、もううんざり、何とかしたいと真剣に離脱を求めた人は、必ずそこから抜けられます。きづいたということはもう元には戻れないということだからです。今生ではないかもしれません。また、何回も人間を生れ直さないとならないかもしれません。

 しかし、きづいたのなら、今、ここで抜け出ることを目指したらいいです。どうしても抜けたいという強い執念と、佛縁の深い友だちがいたらよりその願いは叶いやすくなります。よく世間では「笑いのツボ」が一緒の人といると心地よいと言われます。それ以上に真実を求めるひとは温かく居心地がいいです。理不尽で、不条理な娑婆世界ではありますが、御縁の深い友だちがたとえ一人でもいてくれたら、少しは生きにくさが解消できます。
 繰り返しますが、辛い人生の後はまた迷いの世界を生きることになります。今生で、真理との邂逅を成し遂げられることを願って止みません。

感謝していること
 苦しみ悩み多き人生ですが、ホッと一息つける瞬間もあります。何と有難いことだろうかと感謝しております。
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阿弥陀さまに常に護られていると聞かされる人生

2019/03/28 22:46
  私は昨年の春頃から、京都の堀川通りの聞法会館で時間を見つけては聴聞させていただいております。日本全国の布教師の方が、その土地の方言も交えてお話ししてくださいます。ほんのたまにですが、お話が終わった後に、御説法のお話や、質問をさせていただいたりします。

  布教師の多くの方々がお寺に生まれられていて、祖父母と共に幼少期を過ごしているようです。そして、時々、法話で、特におばあちゃんの思い出を話してくださいます。おばあちゃんに手を引かれて法話に参ったこと、お浄土でまた再会しましょうと遺言を残されたこと、小さい子どもでも分かるように阿弥陀さまがいつも護ってくださっていることを何度も教えられた話などを聞きます。

  近年は、親子でも虐待があり、殺される子もあります。祖父母は遠くにいて、ほかの親戚と変わらない感覚の子どもたちもあります。そんな中、日本の仏縁の深い場所では、昔のように祖父母が阿弥陀さまが常に護ってくださり、本願を疑いなく信じたならば、臨終が来ても死ぬのではなく、お浄土に生まれるのだとお話ししてくださる人生を送っているのかもしれません。それは尊いご縁に恵まれた人たちなのでしょうが、仕合わせな人生だと存じます。

 子どもの頃、どのような話を聞いて育ったかで、大人になってからの人生は異なるものになります。上手くいかない時、いつも阿弥陀さまが護っていてくださると聞いたことを思い出せたら、きっとその逆境を克服することができます。心の支えがあるのと無いのとでは全然生き方が変わってきます。

 大好きな大人が信じている阿弥陀さまを自分も疑いなく信じられるようになりたいと聴聞され、信心を獲得されたなら、その先は、強くたくましい御恩報謝の生き方になります。死ぬのではなく、お浄土に生まれつつある人生を送るという自覚のある楽しく明るい人生を阿弥陀様とご一緒に歩いて行けます。

感謝していること。
  私のおばあちゃんも仏教の話をしてくれました。いつか、お浄土で再会できることを楽しみにしております。


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人間同士大差はないのになぜ比べるのか?

2019/03/28 21:41
 生きる目的を知らないから、もしくは自分の矮小さが分からない井の中の蛙だからでしょう。

 生きる目的は生死を超えること、今臨終がやってきても、泰然と死んでいけるいきかたができることです。生死出づる道も知らずにいる中途半端な輩が、若くて元気の有り余る時、いくら威張ってみても臨終には後悔の涙を流すのがオチです。

 ひとは長く生きれば、その間、病にも罹り、老化し、やがては自身の身体も含めて大切にしているものを全て置いて死んでいかねばなりません。人生の途中に、大金持ちになろうと、美貌を誇ろうとやがては衰えます。盛んなままで死んでいく人もあります。

 結局、さよならだけの人生です。そんな中、生死を超越できたなら、我が身の仕合わせを味わい、楽しみんで、その方法をまだできていない人たちにお伝えしてよろこびを増幅していけます。

今、多くの人たちが楽しんでいる死に面して消えて無くなるような脆弱で、他人と比べて優位性を誇るようなものではない、みんなでよろこびあえる広大で深淵な価値観の中で、安心・満足して人生を全うできます。

 誰かと比べなくても、そのままありのままを認め合い、お浄土への旅を共にする人たちと一緒に生きられたら、これほど有意義で満たされた人生はありません。

感謝していること
 死の不安がすっかり払拭され、自分が自分がという我欲もだんだんに収まり、自分は後回しでもいいという人が増えると、競争、攻撃もなくなり、特に贅沢な生活でなくても安らかに生きられる気がします。有難いです。


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親子でも実はそこまでしてくれなくてもいいという線引きをして他人と同様に生きている現実

2019/02/25 23:37
 人間はその人の能力を超えることはできません。無理をすると身心が壊れます。肉体の病気に罹り、精神が狂います。だから、お互いに遠慮しつつ、様子を伺って生きています。乳飲み子でも放って置かれるのに慣れると、泣かなくなります。 

 歳を経るにしたがって、このような不条理さを身を以て体験する祖父母たちは孫たちに対して寛容であり、自身のできる範囲で願いを叶えてやろうとします。両親が激怒した時、後でなだめてくれる祖父母に小さい子どもたちはどんなに救われるでしょう。

  たとえ、両親のどちらかが欠けても、もう片方の親や祖父母が養育してくれることを感謝して有難く感じていたら、被害者にならずに生きられます。でも、周りを見渡すと、両親が揃って、何の憂いもなく安心して親に甘え切っている子どもたちを見るとどうしようもない悲しみに襲われます。けれども、それはどうにもならない仕方のないことなので我慢します。

 実の親でも、身心が病んでいる場合もあります。病んでいなくても、家事や子育てにストレスを感じたり、何もしないとか昼間から酒に溺れ、働きもせずギャンブルに嵌る親もいます。どこにも、完全な親などいないのです。どこかしら、不完全なのが人間であり、親だからといって、完全さを求めるのは間違いなのです。

 ましてや夫婦、恋人、友だちならなおさら様子を見ながら、そこまでしなくてもいいよといいつつ遠慮しながら付き合うくらいで丁度いいのです。自分のできることは自分でして、どうしても助けて欲しいことだけお願いしないと、負担になってしまい共倒れになる危険性があります。これは親子でも同様です。

 所詮、人間同士の間柄で、完全に依存することは無理です。それは宗教の仕事です。真理との邂逅でしか果たされないことなのです。ここを理解できない多くの人たちは、人やほかの何かに依存して、裏切られては、また別のものに依存することを繰り返して、迷いの中で一生を終えていきます。仕方のないことなのでしょうが残念で悲しく心が痛いです。

感謝していること
 全く何も気にせず、全てをゆだねられる真理との邂逅ができたことを有難く感謝いたします。


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人間の間は老病死から絶対逃れられないことにきづかせ、そのままで救われるの方向を示すが宗教の役割

2019/02/17 23:33
 生死出づる道に出た、生死を超えたといっても、この肉体が老いて病になり死なない身になる訳ではありません。人間として生まれたからには、老いも病も経験しない中折れはあっても、死は回避できません。

 加えて、また、煩悩の貪欲・瞋恚・愚痴によって、常に心休まることない一生が展開していきます。そんな中、生死を超える目的を目指して生きるなら、山奥に籠って修行するしかありません。釈迦族の王子であったゴータマ・シッタルダ(私たちは釈尊とお呼びしております)はそうした修業を経て仏陀となりました。その後もたくさんの修行者がでましたが、地球上で後にも先にも仏となられたのは釈迦牟尼仏ただお一人です。

 日本にも仏教が伝わり、蘇我氏や聖徳太子が仏教を守護し、浄土仏教は源信僧都、法然聖人、親鸞聖人と受け継がれていきました。親鸞聖人も9歳で出家なされ、29歳で比叡山を出て、法然聖人にお出合いになるまでご修行されました。お三方は皆、はじめ比叡山でご修行されました。法然聖人は山の上の仏教を全ての人が救われるものにしたいと比叡山を降りて、京都で身分の隔てなく御説法をされました。その御意向を継承された親鸞聖人の御教えを覚如上人、蓮如上人等のご活躍で私たちは浄土真宗の教えを聞かせていただいております。

 特に蓮如上人がご存命だった室町時代は戦や飢饉が多くあり、無常を目の当たりにした時代でもありました。そのご生涯で、お連れ合いやお子さまをはじめご門徒の方々の死の中にあった蓮如上人は「後生は一大事であるから、せっかく尊い仏法に遇わせていただいたあなた方は、また迷いの生を繰り返すことなく、一日も急いで生死出づる道に出よ」とご教導くださいました。真宗の通夜や葬儀では「白骨の章」が拝読されることが多くありますが、その場にいて、その内容を御説法で分かり易く聞かせて頂いたら、中には我が身の老病死にきづいて仏法を求めるかもしれません。ただ、求めたいという人が出てきたときに、教えを正確に生死出づる身にさせてくださる御仏との邂逅の直前まで話せる人に遇えるかどうかがとても重要になります。ご縁まかせとはいえ、大変なことです。

生死出づる道を求められる方に方向性を示し、御仏とのお出合いを真の意味でお手伝いさせていただくことが宗教、そして宗教家の役割であります。他は何もありません。老病死からも煩悩からも逃れることができずにいる人間の悲しみ痛みに寄り添いながら、道を示すことなのです。

感謝していること
 尊いご縁が陰に陽に次々やって来ては、未熟者の私にいろいろご教示くださいます。


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心身の快楽を悦び、他の迷った人間より優れていることを楽しむ慢心が夢幻だとなぜきづかないのだろう?

2019/02/16 21:47
肉体の快楽は一瞬のものです。スポーツを例に考えるとよく分かるでしょう。気分がいいのはほんの一時のことです。苦しい練習は嫌だけれど、それを経ないと上手くなれないジレンマなどいろいろな葛藤があります。趣味でしていても、いつも楽しい訳でもなく、怪我をしたり、疲労が襲ったりもします。男女の楽しみもしかり。簡単に手に入る異性はすぐ飽きるし、時間とお金と戦略を以て特別な相手を手に入れたとしても、日常生活を共にし始めるとメッキが剥げる部分を見ることも多々あります。たとえ、どんなに好き合っていてもどちらかが先に死にます。永遠など何もありません。

 骨と血と肉などで構成される人間に特別素晴らしい超人的な人がいるとも考えられません。周りを見渡せば似たり寄ったりの下らない名利に振り回される人ばかりです。そんな中、真理を求め、真理との邂逅を果たし、真理に生きている人は滅多にいません。そういう人をめざし、目標にし、自身の至らなさを反省するご縁にしたらいいのです。でも、自分が劣っているとは思えず、相手の欠点ばかり探して優位に立とうという気持ちはおそらく死ぬまでなくなりません。

 真理との邂逅を果たした人は、迷った人間ではなく真理と共に生き、真理に近づけるような生き方をし、肉体の死は単なる通過点で、同じような状態をその先もずっとしていくことになります。自身を後回しにして、迷っている人にきづいて欲しいと願い、できることを粛々としていく人生を送ります。

 迷っている最中は、欲しい、憎い、可愛いばかりが心の中に湧き起こってきて、真理の方向に向くことは難しいのでしょうか。私にはよくわかりません。

感謝していること
 欲・怒り・愚痴もほかもお腹一杯で生まれてきてしまい、どうしてこんな言動を周りの人たちはするのだろうかとずっと不思議でした。そんな中、誰かが死ぬことに対する悲しみ、自分や誰かがないがしろにされる痛みはくり返し、嫌というほど味わいました。だからそれには寄り添えます。寄り添えるように体験させていただいたのかもしれません。有難いです。


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生死を超える目覚めとは、無常・罪悪の中で生きる周りの悲しみ・苦しみ・悩み・痛みを感じる身になること

2019/02/14 23:50
 昨年の夏以降、私は友人を失う悲しみの中に身を沈め、どんなことにもよろこべず、体調が優れないことも手伝って、生きる意欲も失いかけていました。いまだに心身ともに傷ついて、万全の状態ではありません。それでも、何の不思議か、私には御恩報謝をさせていただきたいという気持ちが湧き出てきて止まることがありません。

 2016年に父を看取りました。その喪失感が癒えないまま、昨年の辛い経験からもいまだ立ち直れずにいます。20年ほど前に祖母が他界し、10年前には大学時代の同志ともいうべき友人がこの世を去り、悲しく辛いことがどんどん重なっていきます。他のことは取り返しがつきますが、生きている人が死ぬということだけは元に戻りません。もう姿も見えず、声も聴くことができないで、その人を思い出す度に、何とも言えない空虚な気持ちを抱えて生きていかねばなりません。

 特に昨年はほぼ半年泣き暮らしました。祖母の時と同じくらい毎日思い出しては泣いていました。だんだんに、死んだのではなく往生して、還相回向の身となって活躍されているのだと気持ちを切り替えられるようになりました。

 そして、今は、聴聞を重ねる中で、友人が私に悲しみを忘れるのではなく、悲しみに寄り添う人生を送って欲しいと身を以て知らせてくれたのかもしれないと感じられるようになりました。

 生死を乗り越えること、生死出づる道に出て、極楽に往生するまで御仏とともに歩くということは、周りの人たちの悲しみ、苦しみ、悩み、痛みなどに寄り添うことでもあると感じます。永い間、限りある命を持ち無常の影に怯え、罪悪に苦しんでいた私を見捨てることなく、ずっとご一緒くださり、今も離れず、そばにいてくださる御仏と同じ道を共に進んでいるようでもあります。周りの有縁の方々の、話を聞いてきづきの話をして、同じ身に救われることを念じる使命を粛々と果たしてまいります。

感謝していること
 大切でない命、無駄なことは一つもありません。ただ、一度に全てを為すことができないので、有縁の方からの御縁となります。本当に無常・罪悪で悲しみ痛む人たちの為にできることをしていきたいと前向きな気持ちになりつつあることに有難く感謝いたします。


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フォーカシングセッションでのきづき

2019/02/11 18:19
 話しの中でこんなことを言われました。「人を羨ましがること、嫉妬することが原因で、何もしていない他人を攻撃することがある」。どうしてそんな無意味で不毛なことをしてしまうのか私には未だによく分かりません。人生の可処分時間は短いのに、つまらないことに時間を無駄遣いするなんて。でも、羨むことで意地悪することを本人たちは快感でしょうし、止められないのでしょう。ただ、そういう暇な人もいるので、何も原因が思い浮かばない時はそうなのかなと考えることにしました。

 終りでの、今日のピッタリ言葉は、「ロケットを飛ばしたい」と「橋を何とか架けとしているのに繋がらない」でした。ロケットは真理なら、お伝えするのみということです。橋を架けようとして繋がらないのではなく、繋がらなくていいときはそれでいいと私は解釈しました。繋がるべき橋はしかるべき時に繋がります。自ら繋げようとしなくても何らかのきっかけで、簡単にふとつながるときもありますし、今は、特に躍起になって橋を架ける必要性は感じません。

私のピッタリ言葉は、「真理の中で安心して自由に生きられる今を楽しむ」でした。「ありのままのあなたでいていいし、何でも好きにやっていいよ、私が護り支えているから」という感覚を安心して満喫し、思うままに好きなように自由に生きている私がいます。

参加者の人と終ってから、話をしていて、つまる所やっぱり、どこで相手を信頼できるかというと嘘をつかないとか、自分の私利やお金儲けの為に相手を利用しないということを言われていました。理論的にカウンセリングの方法や適用で行きづまったとき、でももしかしたら、あの人の言うことはこんなことかもしれないと善意に解釈できるからということでした。悪いことで騙すことのない人だと信頼・信用できることが大事なのだと私もぼんやりと感じていましたので、言語化できてよかったです。そういえば、少し前にお話しした僧侶の方も同じことを仰っていました。

感謝していること
 しばらくピッタリ言葉と別の角度からも向き合う楽しみを得ました。有難いです。


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世の中がよくならないのは政治家と研究者などが世間を知らないため

2019/02/09 19:03
 大学院の博士課程に身を置いて3年が過ぎようとしています。やっと学会誌に論文が一つ通り、もうすぐ世の中に出ます。ここで、ひとまず1年ほど休学して残り2つの論文を書き上げ、修了の運びとする計画を立てました。

 どうして、大学院に進んだかと面接で聞かれた時、大学で教師がしたいからだと答えました。先生方がどのように講義をするかを実際に受講することで学ぼうとしていました。大学院修士在籍時、院生は小人数で、主に学長、副学長、名誉教授の先生たちからの薫陶を賜りました。教師として学生の人格の涵養に重点を置いた講義を必死で受講していました。2年間は修士論文の完成のみならず、単位を取ることも必須であり、ほとんど睡眠や食事をゆっくり摂った記憶がありません。京都から夙川までの阪急電車の中では、英語の本を読み、英語の予習の続きをしていました。あんなに時間に追い立てられていながら、なおかつ充実した時はありませんでした。

 博士課程の講義は玉石混合でした。杖にも柱にもしていた研究科を立ち上げた副学長が一昨年他界してからは、一日も早く修了することが私の目標となりました。博士課程での講義単位取得は修士時代のものがそのまま移行したので必要ありませんでした。それでも、色々な教員の講義を受講したのは、修了後、自身がどのような講義をするかイメージを持つためでした。

 転入3年目からは、副学長以上の講義はほぼ聞けず、むしろ反面教師にする内容の講義を砂を噛むような忸怩たる気持ちで受けていると、こんなところで燻っていてもいいのだろうかと暗澹たる気分になりました。それは他大学の講義も受講することで何とか凌ぐことができました

 今現在は、私なりの参加型、もしくはワークショップの講義を世界各地でしていかなくてはならないと焦りを感じております。今年は専門である宗教の教義の理解の強化をしつつ、論文を発表し、修了後の地球規模のネットワーク創りをしていく所存です。

 修士・博士の期間、論文の合間の長期休暇に多く場所を旅しました。論文の為のフィールドワークで広島に1月滞在したのが最長でした。ある時は友人のところに、また別の時はツアーでと、いろいろなところに行きました。7日から2週間の間、欧州(英、仏、ギリシャ、露、ベルギー、トルコ)フィリピン、中国、インド、ネパール等に行きました。

 そこで、出合った現地の人たち、ツアーコンダクターや旅の仲間などから様々なことを教えていただきました。世界は広く、そこにはステレオタイプの人がいるのではなく、血の通った優しく穏やかで今を生きる人たちが私を迎えてくれました。普通の人が普通の暮らしをしている中でのことが尊く有難く感じました。この感覚を政治家や学者という立場にいるひとたちが知れば、もっと世の中は棲みやすくなり変わって行くのではないかというのが私が今、感じていることです。

 修士を修了した時、ある先生から言われました。

「あなたはこれから、博士論文やほかで周りの普通の人たちの声を論文に書いていく義務があるのですよ。普通の人たちが思っていること、言っていることをあなたは文章にして、世に知らしめることができる立場にあるのですから。」

感謝していること
愚鈍で怠惰な私ですが、自分で探し回らなくても、いつのまにか、周りの方々がいろいろなことを教えてくださいます。有難く感謝しております。


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体験を追求しない宗教学って何?

2019/01/27 12:09
そもそも宗教学は宗教によって人間が救われる過程を解き明かす学問だと考えていた。キリスト教圏の宗教学はともかく、日本の宗教学において宗教過程論や宗教教育学の研究はまだ黎明期であることを知り、底の浅いことに愕然とした。これでは日本において救われたいと願い、実際救われる人も少ないのは自明の理である。当面は宗教過程論入門くらいでも書こうか。
 自分は宗教研究者、学者と偉そうにしている人たちに言いたい。菩提心のない宗教など何の役にも立たない。宗教とは実際人が救われていく実践・体験を含有したものであるから。自他の救いがない宗教など偽物だし、maまるで意味がない。
感謝していること
宗教的体験(邂逅)を果たし、味わいながら楽しんで研究できることを有難く感謝しています。
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タイトル 日 時
どうにもならないこころの底からの叫び
 心に刺さる説法を聞きました。「響く」というような甘ちょろい感じじゃなくて、「刺さる」でした。 ...続きを見る

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2019/01/24 05:05
凡夫そのままのお助けと疑いなく聞く
「自分の計らいではなく、凡夫そのままのお助けと疑いなく聞かせていただいております」 と電話口から張りのあるお声でよろこびを聞かせていただきました。 この世のどんなことよりも嬉しくて仕方がありません。 ...続きを見る

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2019/01/20 20:38
最近の記事
最近書いたものをまとめてみました ...続きを見る

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2019/01/19 21:16
昨日のこと
「最後の最後、何とかすれば何とかなれるという、自力我慢の心が抜けないその方に、私は何を話したらいいのだろうか」とこんなことを道中考えながら自転車をこぎました。衣笠の大学から、途中、朱雀の自宅で御説法のCDをカバンに入れて深草の大学の正門に向かいました。 ...続きを見る

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2019/01/17 21:03
人世の軸となる第三の真理軸
独楽に軸がないと回らないように人生にも軸が必要だと仏教の先生から自身の師もおっしゃっていたと教えていただきました。 他人でも自分でもない第三の真実の軸を賜って明日で10年になります。 御恩報謝が何もできず、無駄な時を過ごてしまい御仏には申し訳なく感じております。 ...続きを見る

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2019/01/08 22:36
真理軸で生きる
他人軸でも、自分軸でもなく真理という新しい基準を得て菩薩道を行くスタートラインが信心決定。 それを支えるのが他力です。 梯さんの「他力の心」を昨日信心のお話をした方と一緒に聴聞して改めて知らされました。 ...続きを見る

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2019/01/07 11:44
機抜けの信心
この言葉を初めて聞きました。 二種深信の法の深信の部分だけが感じられ有難がります。 しかし、機の深信、疑う罪が分かりません。 二つの深信が同時にたたず、化城に陥っている者を指すようです。 化城のほとんどがこれです。 的確な表現でした。 ...続きを見る

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2019/01/07 00:51
信心の沙汰を引き受ける条件
いま、ここで信心を賜りたい。 命は、一日に譬えると23時59分59秒。(もう後がない)。 お金、地位、名誉、肉親、友人など何もあてにできなかった。 一度限りの縁で、信心を賜る覚悟がある。 ...続きを見る

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2018/12/27 09:21
私はもう死んでもいい!
「信心決定」、「信心獲得」、「信心一つで救われる」、「自信教人信」 これらの言葉をリアルタイムで自分の耳で聞くなんて夢のようでした。 確実に根を下ろして教えが受け継がれていると感じた瞬間でした。 もう私は死んでもいいと思いました。月が綺麗だったわけじゃありません。 ...続きを見る

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2018/12/25 23:43
平生業成(二度の臨終)
平成二十六年の梯實圓和上のご葬儀に、天岸浄圓先生が御法話の際、「この度のご往生おめでとうございます」とおっしゃたそうです。続いて、法要読経のあと、梯和上の奥様が天岸先生のお言葉を受けて挨拶されました。 ...続きを見る

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2018/12/22 11:22
この世の救い
この世の医者でも、命が助かるように全力を尽くします。彼らは、日々医療技術や理論等を研鑚します。それなのに、臨終や後生が苦になる人たちに対して、自力をすてて、他力に入る話を説き切ることを学ばず、安穏とした日々を過ごしている人たちに対して私は憤りを感じます。 ...続きを見る

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2018/11/13 21:48
あげばをわすれたり
親鸞聖人の御和讃が余りにも素晴らしくて何も言葉が出て来なくなってしまったと蓮如上人はおっしゃいましたとご一代記聞書にあります。 ...続きを見る

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2018/11/03 07:19
海外の日系人社会の宗教的要請ついて
この10月にブラジルとアメリカ西部の日系移民の地区のお話を聞く機会がありました。  日系人の外の現地人が、日本の仏教を知りたいと思っていらっしゃることに驚きました。文化的側面ももちろんなのでしょうが、教えそのものも聞きたいと思っていらっしゃる方もあるのかもしれないと感じました。  シアトル在住の研究者の方と奥さまとお話しして、来年の2月に渡米してお話しさせて頂こうかという話になりました。「信心の話をしたい。信心を獲得したい」というお気持ちでいらっしゃる宿善(仏縁)の深い方々が、このご夫妻... ...続きを見る

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2018/10/21 12:35
尊いご縁
気持が打ちひしがれて、どうしようもなく辛いとき、仏縁の深い方とのお出合いのセッティングが設けていただける気がします。今日私がお目にかかったご夫妻が一日も早く信心を賜れますようお念じ申し上げます。 ...続きを見る

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2018/10/20 10:17
私が生きていていい理由は仏さまがそうおっしゃるから
あなたにあえてよかった。 お浄土へかえる旅の間中、 ようこそ人間に生まれてこられた。 私の誓いを疑いなく信じ、御恩報謝の日暮しの中にあるあなたは尊い方だと、 いつも仏さまは、褒め、励ましてくださいます。 ...続きを見る

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2018/10/12 21:29
この世で帰る場所、死んで還る場所
 この世で帰る場所は生家でしょう。両親が他界するなど何らかの事情で帰る家がない人は本当にお気の毒です。私が死んで還る場所はお浄土です。お浄土がどういうところかはお経で書かれている以外には分かりません。行ってみたら、本当はそういうところではないかもしれません。でも全部仏さままかせなので何の心配もしていません。本当は仏さまといろいろお話ししたいところですが、還ったら、休まずすぐに、別の私が働くべき場所に赴きます。苦しんでいる人が無くならない限りお休みにならない仏さまのお手伝いの真似事をさせていただく... ...続きを見る

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2018/09/26 09:51
この世のことは自分軸を持ちメタ認知が出来たら何とかなるけど、あの世のことは仏さままかせ
 人間の煩悩からくる心理的な悩みは自分の内側に軸をしっかり持ち、耐えられない時は高みから自分を見下ろすような客観的な考え方ができれば、不治の病に罹るとか、不慮の事故に遭うとか、殺されない限り取り返しのつかないものである死は免れます。 ...続きを見る

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2018/09/25 23:47
聴聞
「往生を全部おまかせしたお方との二人旅を命が終るまで精一杯させていただきましょう」。このような尊い御説法を聴聞させていただきました。 ...続きを見る

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2018/09/24 22:10
自力の話をいくら極めても他力にはならず、別の方向に行く意味
 自力を積み重ねた先が他力ではないからです。自力の最高峰が他力でもないです。  全く性質も次元も異なるものです。 ...続きを見る

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2018/09/19 23:54
傾聴的カウンセリングと信心の沙汰の関係性
 生まれてから今に至るまで、ずっとですが、私は人間の煩悩の喜怒哀楽にさほど関心がありません。醒めた目で世の中を眺めてきましたし、ずっと変わりません。どうせ今生、後は死ぬだけなので、私にとっては、何もかもが、どうでもいいのです。ただ、例外として、親しくしていた身近な人が死ぬという最悪の事態だけは耐えられません。どうしても執着してしまいます。他はなんとでも取り返しがつきます。生き別れになったり、絶縁状態であっても、プツンとキレた糸はまたつながることもあるかもしれないし、つながらなかったらそれは縁がな... ...続きを見る

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2018/09/15 14:39
真理とは縁がある人にしか響かず、縁のない人は知ることもない
 これは厳粛で納得できる理に適う事実です。 ...続きを見る

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2018/09/12 23:54
言葉では伝えられない・伝わらないその先のこと
 相互に受け入れる気持ちを持った者同士が、互いの言葉を以て、そのままのありのままの透明な自分を出し切って、受容し合い、共感し尽くしたところまでの話し合い、もしくは、カウンセリングすらなされることなく多くの人の人生が終わっていきます。欲や怒りや愚痴である煩悩の話ならいくらでもできますが、それは取りとめも栓もなく一時の満足をもたらす夢物語であったことをその終焉で人間は思い知らされます。 ...続きを見る

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2018/09/12 09:39
仏教が民衆の信仰として残った最後の場所で私ができること
 私が出会った、インド・中国・フィリピンでは、自国の人から阿弥陀仏や南無阿弥陀仏を教えられた人は皆無でした。 阿弥陀仏や阿弥陀仏の本願や日本人から聞いたり、経典や聖教で知っている人はいても、本当に救われる道、真理として知る人はいませんでした。 ...続きを見る

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2018/09/09 12:02
悪口は冗談だと赦し空気を読まなくてもいいし、殴る素振りは既に殴っている事実
 他人に対して云った悪口は、後で冗談だと言い訳されても、それは本心です。  殴る素振りも同様、既に殴っています。 ...続きを見る

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2018/09/08 11:09
執着・慣れ合い・偽(仮)の共感、受容、一致からの脱出
 人間は群れて生き、限られた例外を除いては、一人では生きられない生き物です。  他人との関わり合いの中で、本当に価値のある物を見つけます。  そこにたどり着くまで、かなり長い距離を要します。 ...続きを見る

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2018/09/08 10:46
上海からの蘇州号上で天の川を見ながら感じたこと
 私は自分が好きなことをして、望むように生きていく!  誰かに何か言われようと、それはその人の考え。  私は私の感じるままに、自分の道を行く。  誰にも私に指図も強制もできない。    次はどこの星で、どういう人生を送るのだろうかと一瞬思ったけれど、どこでもかまわない。別にどこにも生まれなくてもいいけれど、迷い苦しむ人がいて、助けて欲しいと願うなら、それができる光の存在でいる。 感謝していること 自分の残された命を愛おしみ生きていこうと改めて決意できました。 ...続きを見る

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2018/09/06 21:21
モラハラ家族の様相
 父―モラ夫   父の父―モラ夫またはモラハラ被害者    父の母―同上(モラハラ被害者の可能性大)   祖父母(先祖)−父の両親と同じ境遇  母―モラハラ被害者   母の父―モラ夫またはモラハラ被害者   母の母―同上(モラハラ被害者の可能性大)   祖父母(先祖)母の両親と同じ境遇  子どもたち   モラハラ加害者   モラハラ被害者   精神疾患患者もしくは境界例   真理や宗教に救いを求める    子どもたちは両親のモラハラ生活を見て育ち... ...続きを見る

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2018/08/24 17:09
自分のできることが使命
 私はいい人でも人格者でもありません。でも、極端な劣等感も罪悪感も持っていません。ありのままで好きなように生きています。中道を生きています。 誰かが困ることや嫌がることはしないことにしています。誰かが泣いて悲しむのを見ているのは嫌だからです。それでも、本当に困っている人が助けて欲しいと言われない限り、自分から何かするわけでもありません。それでいいのだと思っています。 今じゃなくても、まだ遇っていない人で真理との邂逅をしたい人のために文章を書いています。それも楽しみで書いています。誰に強制され... ...続きを見る

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2018/08/23 21:31
アカデミズムを超えろ!超えていきなさい!
真理と邂逅による自己の存在の肯定、死後も含めた未来への不安の解除を目指しましょう。これは宗教や思想がずっと言ってきたことです。 ...続きを見る

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2018/08/23 11:17
結論 人間はたとえ親でも他人に全てを依存することはできない
 自分以外の他人に依存すると、その人が何もしてくれないか、思うような反応をしてくれない時、相手を恨むことになります。それは甘えであり逆恨みです。 ...続きを見る

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2018/08/06 21:25
生死を超える、転迷開悟と人間理解は目的が違う
 人間理解の先に仏教の目的である生死を超える、転迷開悟があるのではありません。人間理解は終わりがなく、限も際もありません。生死を超える、転迷開悟は今生、今、ここで成就出来ます。一度その心境に出たら、その先戻ることはありません。  そこを間違っている人が多く見受けられます。方向が違っていたら、目的地には永遠に辿りつくことはありません。 ...続きを見る

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2018/07/29 09:45
避けなければならない人たち
自分と他人を比べる人です。別の言い方をすれば劣等感の塊のような人たちです。自分を肯定できないので、自分より劣る人たちを必死で探してきて、その人たちよりも優位な自分で安心しようとします。 ...続きを見る

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2018/07/28 12:22
カウンセリングの限界と自己超越
 信心の話を30年1万人以上の人と面談しました。 ...続きを見る

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2018/07/28 10:56
本当はどうしたいの?
 最近、いつもこのように自分自身に問いかけることにしています。 ...続きを見る

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2018/07/25 23:40
必ず救う
 阿弥陀佛の御心を今日の朝、聞いてまいりました。  阿弥陀佛は親のようなお方だからと、次のようなことも言われました。  「見捨てはしない」。  「甘えていいよ」。    人間の親には「必ず救う」という願いはあっても、その力はありません。   「見捨てはしない」。「甘えていいよ」。というのも自分の欲求が先に来て、それを満たせたときはじめて、我が子を見捨てず、甘えさせることができます。悲しいですが、それが現実です。 ...続きを見る

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2018/07/22 11:25
立場が違うと感じ方が正反対
 ある方がこう言われていました。 ...続きを見る

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2018/07/21 11:37
よくやったと頭をなでていただきたい
 ただ、私がそこに存在するだけで、真理のお方が、いつも頭をなでてくださっていたイメージがあるのです。自身の使命を果たして私も胸を張って還りたいです。そして、よくやったとお褒めの言葉を賜れるのを心待ちにしております。 ...続きを見る

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2018/07/20 23:23
苦しみの根幹を取り除くことしかしたくない
 私はカウンセラーの資格を持っていますが、いわゆる傾聴の技術を基本としたカウンセリングが嫌いです。ただ真実を話すための方便として我慢して聞くことはできますし、苦手ではありません。所詮、相手はたいていは何も考えていない凡夫ですから、そんなもののありのままを見させてもらっても、何だかな〜といった感じです。苦しみの枝葉は取り去ることが来ますが、根幹を根こそぎ取り去らなければ、枝葉はまた伸び、苦しみの花が咲き、いつまで経っても、仕合わせな人生を送ることができません。そんなことをいうカウンセラーには滅多に... ...続きを見る

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2018/07/20 20:30
死ぬほど辛い経験をしたひとしか信頼できない
 仮にあるひとが、私のことを信頼してくれていたとしても、やっぱり疑い深い私はその人を本当の意味で信頼できません。そのことが知らされました。 ...続きを見る

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2018/07/20 19:07
どんどん夢や希望が色褪せていくけれど、御恩報謝は一時も消えない
 あなたが欲しいものは何かと聞かれたら、特に何もないと応えます。  昔からそうだったのかもしれません。  阿弥陀仏におまかせの人生になっているので、やってきたことを粛々とこなしています。ただそれだけです。  私は欲しいものはないのですが、まだ信心を賜っていないひとに対しては、一日も早く弥陀を疑いなく信じる身に救われていただきたい。ただそれだけが私の望みです。  自分が救われたひとは、その境地を生きている限り、周りのひとたちに話をして欲しいです。 多くの真宗門徒が、「念佛や聴聞を慶んでい... ...続きを見る

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2018/07/15 17:56
聖人一流章
「仏のかたより往生は治定せしめたまふ」 ...続きを見る

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2018/07/11 23:07
騙されちゃいけない!セラピストの全部があなたの幸福を願っているわけじゃない
 セラピストをしている理由は一つじゃない。 ...続きを見る

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2018/07/08 09:18
ある人たちが傾聴を強調する本当の理由
大学院で医療人類学を教えてくださる医師でもある先生と講義終了後に話をしていたふときづいたことがあります。    私「今まで疑問に思っていたのですが、なぜ、「傾聴」もしくは、「共感」、「受容」、「自己一致」などをことさら重要性を強調する人たちがいるのでしょうか?」 ...続きを見る

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2018/07/05 09:55
涼やかな風と、にこやかな穏やかな光の中での日々
 残り少ない自分の人生の時間を愛おしむように生きていきます。  比べず、争わず、ただ感謝していきます。  真理との邂逅の方向性を示し、磁石となり一人でも多くの人を引き付けて、故郷に還っていきます。  昨夜は、涼しい風が吹いていて、木々の葉のこすれ合う微かな音を心地よく感じながら、夜の明かりが燦々と降り注ぐ大学の構内を図書館から体育館まで歩いていました。一日も早くこの場から巣立ち、本当の意味で使命を果たそうと決意しました。 感謝していること  今できることを淡々と毎日こなしていくしかでき... ...続きを見る

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2018/07/04 09:40
無明の闇を破って迷いから覚める以外は別にどうでもいい
 無明の闇を破って長い迷いから覚める教えに反することは間違ったらいけません。 ...続きを見る

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2018/06/24 13:54
無明の闇が晴れなくても平気でいられるのはなぜ?
 物心ついた時から、名前は分からなかったけれども、ほの暗い闇が心を覆い、離れることはありませんでした。それがだんだん色濃いものとなり、9年前に晴れました。その闇を持っている間は、何をしても生きた心地がしませんでした。 ...続きを見る

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2018/06/24 05:28
過去は済んだこと、臨終を見据えて、今を生きる
 過去のことは恩を受けたことを、どこかで誰かに返していくことだけ覚えていて、臨終に思い残すことがないように、今をしっかり生きるしかないと知らされます。  今を生きるには、自分自身が何をしたいか、したくないのかをしっかり見極め、自分を大切にし、自分がして欲しくないことは他人にしないことなのかもしれません。  嘘をつき誤魔化す自分を続けていると感覚が麻痺していきます。損得だけでひとを判断すると自分もその人たちから同じように扱われます。結局、自分のしたことが自分に戻ってきます。 ...続きを見る

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2018/06/21 04:57
人間のできることの限界を知って教えを説けるか否か
 大学院で論文を手厚く指導して頂いていますが、相互の遣り取りを通して指導して頂けるのは、投稿する本人がもうこれで完成と手放すまでです。指導する方は方向性を示してはくれますが、文章を書くのも手放す時期を決めるのも本人です。よき指導者はできるだけ無駄なことはせず、終着点を目指して方向を教えてくれます。    宗教家の役目といっても真理との邂逅ギリギリまで寄り添い励ますしかありません。 教えを説き、話を聴き心に寄り添い、話し合い、最終的に相手が自分の力を手放す気持ちになったときには、もう本人と真... ...続きを見る

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2018/06/20 09:43
今、目の前にある自身の使命を果たすしかありません
 自分にしかできないことがあります。ほかの人には絶対にできないことが。 ...続きを見る

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2018/06/18 06:32
心が通い合えるひとばかりならここに生まれてきた意味はなかった
 もしも、人生が思い通りで、順風満帆でスイスイと進んでいくなら、私が生まれてきた意味はなかったのかもしれません。自身の目的は果たし終えたのに、まだ生きているのは、使命が残っているからでしょう。その使命は、グダグダの状態に足を突っ込んでいたら果たせないので、巻き込まれないように、一歩引いたところから成し遂げようと決意しました。 ...続きを見る

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2018/06/15 15:02
死の恐怖に怯える人に対しての応答
 「僧侶、布教師として私は何ができるでしょうか」と友人に尋ねられました。 ...続きを見る

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2018/06/10 23:07
誰かに評価されたり、しない人生がいい
 自分が決めて、いろいろ選んで使命を果たせるように学んでいる人生で、ほかの迷った人間にいろいろ文句を言われるのはまっぴら御免です。少なくとも、大学院以外では、そういう人たちとは距離を置いて生きています。面倒なんです。本当にウザい。 ...続きを見る

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2018/06/09 18:31
今できることを粛々とこなす
 今生の自身の学びや使命を生きることしかないのだと知らされます。 ...続きを見る

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2018/06/09 08:09
豊かさと貧しさ
 いのちを大切にしているか否かでそれは決まります。 ...続きを見る

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2018/06/04 14:58
天の邪鬼と貧乏神
 これらが実存するかどうかは分かりませんが、できればどちらとも近づきたくありません。でも、こういう性質を持つ人たちはたまに見かけます。見かけるだけじゃなくて、誰かに攻撃していたり、誰かをカモにして私腹を肥やしたり、ストレスを発散させているところを見てしまったりもします。最近は、天邪鬼や貧乏神のような言動を取る人たちとはあまり関わらないように距離を置き、避けるようにしています。 ...続きを見る

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2018/05/28 21:16
死後の世界、どこへ行くのか、どうなるのかが苦になるか否か
 みながみな、後生を苦にするわけではないのですね。  私は物心ついた時から、常に死のことを考え、怖れ続けていました。  人は生まれたからには必ず死にます。  遠いところに住む、知らない他人の死を見聞きしても、あまり驚きませんが、身近な肉親や友人がこの世を去るとどんなにか心が寂しくなります。そして自分もやがて、このように冷たくなって焼かれていくのだと頭では分かります。しかし、しばらくすると、生きるのに必死になり、死ぬことなどすっかり忘れてしまいます。 ...続きを見る

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2018/05/27 23:07
私も後で行くから、お浄土で待っていてね
 「疑いなく阿弥陀佛を信じたら、浄土に参ることができます」。 ...続きを見る

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2018/05/25 08:37
観念の死と現実の死の大きな違い
 我が身の後生が苦になり出してからが本当の人生です。それまでは、人生が始まっていません。肉親が不治の病に罹り、余命いくばくもないとき「私は死ぬんじゃないかしら」と聞かれた時どう応えますか?自分の命がもう残り僅かな時、同じように周りに聞いた時どう応えますか?これは人間としての問題です。理屈ではいくら考えてもわかりません。死を目の前に引き寄せて真剣に考えてみてください。どのように言って欲しいですか。そしてどのような救いを与え、与えて欲しいですか。 ...続きを見る

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2018/05/24 05:04
今を問うのがカウンセリング
 カウンセラーという立場でお金をもらって仕事をしたくないのでしていません。それでもここ9年くらいそんなようなことを続けています。初めは仏教の「生死を超える話」・「きづきの話」のために仕方なくカウンセリングもどきをしていました。しかしながら、このカウンセリング的な聞き方を経ないと、仏教の話に進めないことがだんだんわかり、途中、カウンセリングや心理学の勉強をして、認定心理士や産業カウンセラーの資格を取りました。今でも、ときどき、カウンセリングのワークショップなどにも参加しています。 ...続きを見る

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2018/05/18 23:26
本当に頼れるのは解決の道筋を教えてくれる人
 生死を超えることにしても、大学に受かることでも、身心の病が治ることでも、実際そういう身になれることを知っていて、どうしたらなれるかを教えてくれるひとでなければ役に立ちません。自分がなりました、できましといくら嬉しそうに語られても、一人で自慢して、よろこんでいる人は信用しません。 ...続きを見る

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2018/05/12 08:53
一人一人のしのぎ
 人生のいろいろな場面で起こることも、もちろんですが、生死を超えることは周りがどのようにアドバイスしても、本人がその気になって,克服しなければならないと感じた時でないと始まりません。また、ほかの誰も、私も代ってあげることはできません。助けて欲しいと言われない限り、表立って何かするとあまり良いことにならないので、蔭ながら念じて、本人に分からないように見えないところでこそっと手を差し伸べるくらいしかできません。 ...続きを見る

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2018/05/10 23:06
今生で迷いから覚めることなく、人間の関連の何かの追求で終わる残念さ・危うさ
 せっかくのチャンスに、迷いから覚めることではなく、人間の何か役に立つことにばかり目が向くのは非常に残念で、危ういことです。よろこんであれこれしながら、崖に向かっている人たちに対して、何か示唆することは出来ますが、危ないところだったと認知して引き返すかどうかは本人次第です。無理やり押さえつけて、方向転換させるわけにもいきません。そう考えると無力感が胸一杯に広がります。危うい状況化を、仕方ない、どうにもならない現状を指をくわえてみているだけというのは何とも残念です。 ...続きを見る

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2018/05/06 18:58
死後、通夜も葬儀も法事も墓もない人生って?
 最近では、葬儀が密葬、家族葬という形で行われることもあります。身内がいないと行政が火葬して共同墓地に葬られるそうです。何とも言えない気持になります。たとえ自分がお葬式に行けなくても、ほかの人たちが故人を偲ぶセレモニーをされていたなら何となく気が済みます。 ...続きを見る

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2018/05/05 22:53
今生を学び切る覚悟
 だらだら過ごしても、覚悟や決意を持って過ごしても同じ一生です。 ...続きを見る

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2018/05/05 15:53
決めつけて恩に着せない
私は医者が苦手です。病気を診断してもらおうとも、治してもらおうともしません。死ぬ時は死にますから。たぶん、カウンセリングも必要ないです。自分以外のひとには心のうちはおそらく分らない気がします。困りごとをあるひとが決めつけて、原因が分ったようになると、恩を着せるようになりがちです。死の解決以外は本当に困っていないことに気がつきました。身心の不都合のようなものも、困ったようで困っていないので、どうでもいいのです。 ...続きを見る

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2018/04/28 23:31
研究、特に人文系、その中でも心理学に関わっている方へ
 研究やその過程において、他人に嫌な気分を感じさせるのはただの自己満足の域を抜けていません。研究とは自身の貴重な学びの時間を切り売りしてまでしているものなので、それに見合うものがもたらされないとなりません。自分にとってでもですが、他人にも恩恵をもたらすものでなければ意味がありません。そこら辺を勘違いしている人が多いように見受けられます。 ...続きを見る

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2018/04/27 08:01
生死出る道を今、ここで求める
 ひとは無常を感じる縁がないといつまでも生きられるという妄想を持ちます。 ...続きを見る

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2018/04/22 00:24
肉の奥にあるもの
 初対面でもいつも逢っているひとでもときどき、目をつぶってその人の奥にあるものを感じることにしています。肉、即ち見た目、服装のセンス、職業、財力など一旦クリアにして、そのひとの内面(魂というと何となくぴんと来ないのでスピリチュアルなところ)を感じることにしています。 ...続きを見る

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2018/04/12 08:48
年齢・性別・生育環境に関係なくわかり合える信心
 少しずつ謎が解けてきました。なぜこんな簡単なことが分からないのだろうとずっと疑問でした。なので、表現方法において難しい単語や専門用語を別の一般の人が分かるような言葉に替えて書いてきました。それでも分かる人がなかなか出てこない。これは何が原因だろうかと困っていました。反対に言葉や単語を大人が共有するものにしても、ほんの一部の幼児や高校生や大学の学部生でも分かるということを確認しました。これは信心の有無や真理を求める気持ちの遠い近い(仏縁の厚薄)などに関係するのだとやっと少し納得できるようになりま... ...続きを見る

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2018/04/08 09:33
修士時代に文学や歴史を学んだ意味
 最終の仕上げとして博士論文で信心について書くことを決めていました。修士は心理学で書こうとしていましたが、臨床心理士の実習も兼ねての学習内容の2年間を過ごすことは好ましくないという先生方からの指導を受け、自身がこれまで避けてきた文学と歴史に身を沈めようと決意してその方向で専念しました。 ...続きを見る

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2018/04/07 17:10
「何も考えずただ存在していることをよろこべる」
 ずっと死の不安を抱えて生きていました。ひとときも心が休まる時がありませんでした。誰にも自分の本当の気持ちを打ち明けることもできずにいました。これが人生なら何と苛酷なものだろうと半ば呆れめつつ、もう半分は何とかできる方法を探し続けた毎日でした。親は分からないだろうという確信がありました。大人になったとはいえ、まだ人生の途上で未熟な上に、同じ苦不安定な人生を生きているのに、私やほかの子供まで育てないとならないことがとても気の毒でした。だから親が困るようなことや手のかかることは一切しないようにしよう... ...続きを見る

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2018/03/30 08:23
研究者でありかつ宗教家としての使命を果たす上での葛藤
 やはり花山信勝氏も同様なこと感じて、似たような評価や批判を受けたのかもしれないと資料を調べていく内に感じました。研究者としてはひよこの私ですが、人々に迎合して教えを曲げることも、死すべき存在であることをごまかし、自分が分らないことを分った風に云う事も、自分の価値観や信念をごまかすことも出来ません。 ...続きを見る

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2018/02/23 22:14
生きてきて人生の終わりに出来ること
 旅行で介護をしているひとが参加していました。97歳のお母さんをディサービスに預けて、9日間仏跡巡りを一緒に楽しみました。15年くらい介護に専念しているようです。 お母さんは頭もしっかりしていて、感謝もするし、たまには冗談も言うし介護も普通の仕事の様だとその人は言いました。介護と言っても今まで一緒に暮らしてきた親などの生活の御手伝いをする自分の仕事だと捉えていけば違った人生を歩めるのではないかと考えさせれられました。 ...続きを見る

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2018/02/19 13:47
弥陀の本願のみを仰ぎ、当て力にし、自身の罪に心を置かないこと
 それなら人殺しや強盗など何をしてもいいのか、浄土真宗は悪人正機ならぬ、悪人製造の教えなのかと文句を言うひとがあるでしょう。それは違います。全くの誤解です。 ...続きを見る

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2018/01/20 11:09
ハンマーで頭を打たれた如くのきづきー死の解決の話は私がするという心意気・自負ー
 昨日は講義の中である学生の方の話を聴きました。その方は昨年の初夏にお母さまを亡くされたとのことでした。最後までお父さまと回復のためのいろいろな試みをされたのだけれど、それが本当にお母さまの為になったのだろうかと後悔の念が込み上げてくると悲しそうに仰いました。 ...続きを見る

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2018/01/18 12:39
報恩講・御示談・御恩報謝・信心決定
 先週末は某所の報恩講に参詣しました。報恩講のご縁に遇うのは10年ぶりです。 そして夜は若い僧侶の方の少人数御示談もご一緒できました。 ...続きを見る

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2018/01/17 09:11
無償・無条件の愛と条件付きの愛の違い
 前者は真理との邂逅に近いもので、後者は人間の煩悩の愛のような気がします。 ...続きを見る

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2018/01/15 10:32
「救われていても10年以上きづかないことがあるなんて」
 一週間や一ヶ月きがつかなかった例は知っていました。私がお話しさせていただいた人たちの中にいました。10年以上というのは本当に驚きました。それほど善知識や信心を賜った同行に遇うことは難しいのでしょう。今日そんな話を聞いた後、座談会が終わったとき、実は私もそうだったときがつかせていただいたという話を聞いて、またびっくりでした。それというのも、私自身がもう二度と間違わないというくらいハッキリした真仮の水際が立っていたからです。 ...続きを見る

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2018/01/14 08:28
自我もしくは自己愛が満たされた状態を幸福と感じる人は他人を不幸にする
 自分のことしか考えられないということは、言い方を変えると他人の持っている何かを剥奪することに終始するということです。他人を見る時は、自分に役立つ何かをその人から搾取できるものを捜しています。自分が相手の為に何かしたいとかあげたいとかいう発想はありません。常に自分が満たされたい、そうするにはどうしたらいいかと考えます。出来るならば、そういう相手とは、距離を置いた方が幸せな気分を邪魔されなくて済みます。 ...続きを見る

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2018/01/04 20:00
スピリチュアル+五感で十分味わう体験は一生涯いつでも何度でも甦る
 人間という入れ物を持っているから感覚として体験できることは、特権というか醍醐味でしょう。有難く不思議です。   日々やって来ることをこなすのに忙しくしていませんか。 ただ食べたり飲んだりして、余った時間に生活を維持するために働く、そんな人生を見直しませんか。衣食住を満たすための人生はとても勿体ないです。競争や諍いで人間同士威張り、傷つけ合うのも止めませんか。   今後は人生で自身にやってくる、慶ばしきこと楽しきこと憂きことも悲しきことも十分味わう生き方をしませんか。    ひとと... ...続きを見る

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2018/01/03 11:27
宗教家・教員(先生・教師)もしくは物書きの役目
 宗教家はもちろん、他のひとたちに何かを伝える立場の者は、自分の関わるひとや学生や読者の苦しみに寄り添い、苦渋のモヤモヤした気持ちを吸い取り、歓喜に変えるのが一義的存在価値だと私は理解しております。 誰かに何かを教える人や描く人は、自分が偉いのではありません。そこのところを間違ったら大変なことになります。 ...続きを見る

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2018/01/02 11:34
死と徹底的に向き合い、生死を超えた体験なしに死を軽々しく語るなかれ
  多くのひとが死を語ります。文章で書いたり、講演したり、対談したり、テレビやラジオで発言したりします。 死を語るそのほとんどが実際にやって来る死のためには、蒲団の上で水泳の練習をしているようにしか私には感じられません。実際、水にも入らず何をやっているのだろうかと可笑しくなる感覚と似ています。また、動物園の檻の前で獰猛な肉食獣の虎等を眺めて、虎とは恐ろしい奴だ、あの牙や爪にかかってはひとたまりもないと驚き半分に高みの見物をしているひとたちをも連想させます。インドやアフリカの竹林で、突然、子... ...続きを見る

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2017/12/31 12:05
ありのまま・そのままの自分を生きる
 利己主義・自分勝手な振る舞いで、他人を傷つける生き方ではありません。 自分と他人の立場をよく考えた上で、比較衡量して出来ることとそうでないことを判別して、愚痴を言わなくて済むような言動を取ることだと私は考えています。  ...続きを見る

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2017/12/31 11:11
死の恐怖に怯えているひとのもとへ
 私が生まれて来た意味は何だったんだろう。 ...続きを見る

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2017/12/30 08:44
もしも私に羽があったら・・・・・・
 今まさに臨終が迫り、死に怯えているひとに逢いに行って、「大丈夫、心配しなくていい、そのまま救うというお約束を阿弥陀佛がなさっているから」と言い切ります。 ...続きを見る

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2017/12/24 19:39
本気の言葉は本気で受け取れる縁が熟したひとには必ず届く
 本気で言った言葉をはぐらかされ、ごまかされたとき、挫けてしまいそうなことは数え切れないほどあります。それでも、ここで縁を切ってしまうわけにはいかないと、気持ちを立て直して続けて話をしています。 ...続きを見る

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2017/12/24 19:34
完結する生死の解決を知る人はほとんどいない
 宗教・カウンセリング・人的援助・社会福祉といっても死の不安を完全に払拭できる境地を指し示すことを教えるものに巡り遇うことは稀です。それに遇えたひとは人間に生まれた本当のよろこびを知ることが出来たひとです。 ...続きを見る

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2017/12/23 22:48
一緒に悲しみ泣いてくれるのは味わい切って乗り越えたサバイバー
 まだ克服できていないとお互いの傷を舐めあうことになります。  死と向き合に等しい心情や局面に逃げないで極限まで対峙し、乗り越えた優しく強いひとでないと、本当の意味でほかの誰かを助けられません。  自分が癒されるために、他人や周りからよいものを吸い込むのではなく、苦しみや愁嘆の声を引き受け、自分は後回しにして、よろこびや楽しみに変えて吐き出す覚悟がなければ他人は救えません。   その意味では佛さまなのですが、感じることは出来ても、姿も見えず声も聞こえません。だから誰か人間の姿を通して... ...続きを見る

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2017/11/30 11:57
倫理・道徳に適合しているかなんて考えて生きてこなかったし、どうでもよかった
 自分勝手に自分の都合で生きてきたわけではありません。 ...続きを見る

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2017/11/12 12:39
そこに慈愛があることの意義――倫理・道徳とかの正しさじゃなくて――」
  親に孝行、人に親切は正しいか問われたらただ他正しいと答えます。しかし、実践できるかどうかといえば、話は別になります。 ...続きを見る

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2017/11/11 14:17
故意に意地悪をする行為をモラハラと呼ぶ
  そのままの自分をいきていた私には、幼少期のあるひとの言動を見るまで、モラハラをするひとたちの存在があることすら信じられませんでした。 ...続きを見る

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2017/11/05 10:30
布教者(実践宗教家)と信者の相違点
 利他の精神の有無もしくは、強弱です。 ...続きを見る

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2017/11/03 00:56
恩師への恩返し
  「恩師に恩返しなどいらないと言われました。」   「そうですね、先生からはなるべく早く離れた方がいい、恩師を乗り超え、後進への恩送りすることです。」   これは、いつも適切で温かいアドバイスをくださり、尊敬する研究者の一人である方との会話です。相手の痛みが分かる方で、何か困ったことや岐路に立った時に、お話しさせていただいています。ご自身の経験からのお言葉なのだろうと感じられる温かいコメントをしてくださいます。   たとえまだ、もう少し、学び足りないことがあると感じても、その先は自分自身... ...続きを見る

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2017/10/19 22:56
本当に何も要らない
何か欲しいものがあるかと聞かれたらそう答えます。 ...続きを見る

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2017/10/07 08:25
とても人間のすることではない、泣くことも死ぬこともできない経験を手放すには
 他人のみならず、実の親に虐待され殺されそうになった、性的虐待を受けた等心身にどうしようもない傷を負った人たちの話を数えきれないくらい対面で聴いてまいりました。 ...続きを見る

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2017/10/05 10:59
もう私は真理の中で十分護られてお腹一杯なので、今度は周りの人の幸せに執着していく
 もう自分を、自慢したり褒められたりすることも要りません。我を出すことももういいです。 ...続きを見る

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2017/09/24 09:20
伝道・教育と研究の相違点
 前者は対象者の解脱・より良き人生への導き、救いに主眼が置かれますが、後者はメカニズムの解明に着眼し、客観的態度で行われます。 ...続きを見る

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2017/09/21 15:56
人生は苦なり
 稲垣瑞劔師の人生の文章を以下に紹介します。特にこの部分のお味わいに共感しました。「法楽」「妙楽」、のことを「この苦しい世にいて、人と共に苦しんで、苦しみつつ、佛法をひろめる、これほど楽しいことはない。これを法楽といい、妙楽と言う。こんな楽しみは、この世のものでない。」と表現され、「極楽の楽しみの影」という風に書かれていたのが妙に心に響きました。 ...続きを見る

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2017/09/21 15:42
所詮人間の慈悲なんてこんなもの(笑)
理解者(味方)は私だけ、可愛そうなあの人を何とかしてあげたい。 ...続きを見る

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2017/09/17 10:46
苦しみも楽しみも苦しみである中、共に煩悩即菩提を生きること
 御同行と信頼関係が深まっていく理由はこれですね。 ...続きを見る

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2017/09/13 19:47
老若男女に関わらず今救いを求めるひとに向けて
 今救われたいんですよね。 ...続きを見る

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2017/09/12 11:32
泥を落とした本音は自分の言葉でたどたどしく語られる
 伝えなくてはならないけど、ずっと言えずに、でも、出来るだけ相手に誤解がないように傷つけないように決心して話すとき、たどたどしい話し方になります。時々言葉に詰まったり、同じことを言ってしまったりもします。たぶんそれは、どこかの本やネットなどで仕入れてきた知識ではないからです。他人の考えたことや書いていたことなら、すらすら言えますが、自分の言葉となるとそれが真摯で誠実かどうかを自分が責任を取らないといけないから慎重になります。私は声も出なくなったりします。 ...続きを見る

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2017/09/10 07:43
妙好人が佳きひとで美しい訳
 それはほとんどの妙好人自身が、学識や文才に恵まれず、本人が語ったことではなく、それを研究する仏教学者などによって彼らが表現されたからではないでしょうか。脚色も混じり、知らせたくないことは触れられずにいることでしょう。 ...続きを見る

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2017/09/09 08:52
誰かに何かして欲しいことも、自分がしたいこともありません
 今生での私自身の望みは叶い完結したので特に何も要りません。 ...続きを見る

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2017/09/08 09:30
メンターや先生や先祖・両親から受けた御恩
 陰に陽に懇切丁寧に、ご指導賜ったメンターや先生方。  何代もに渡って私に生き方の方向性を示してくれた両親・祖父母以前の方々の薫陶があればこそ、今の私があるのだと、私の仏教の先生についての論文の研究を通して深く強く感じられました。 ...続きを見る

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2017/09/07 12:42
稲垣瑞劔師の原稿作成の心得
「(1)智者のために書くか、(2)信徒の為に書くか、(3)自分の領解 を述べるか、(4)他の人をして浄土へ誘引するか、右、何れか、目標を決めて、(5)さらさらと書き流すべし。目標が外れておってはいかん。四つの、どれが「わるい」、「よい」というのではない。目標を決めて書く。ということが大切である。 他の人を浄土へ誘うとなれば、これは親切が欠けてはいかん、同じことを繰り返し、巻き返し、というものがなくてはいかん。そうして、ただ(5)さらさらと書き流すべし。 悪いのは(6)名利のために書くのは下... ...続きを見る

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2017/08/24 08:53
菩薩の念仏
 菩薩行の念仏そして菩薩のイメージを私の先生は次のように表現されています。 ...続きを見る

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2017/08/23 23:11
念仏についての新しい見解
真理との邂逅の前から、ずっと疑問に思っていたことがありました。 ...続きを見る

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2017/08/20 08:13
死を考えず生きることにしか注目しないのは、トイレがないノンストップの乗り物で移動するようなもの
 死の恐怖(トイレを確保すること)が解決されていないと、人生をおもいっきり謳歌することはできません。食べたいものも飲みたいものもセーブして生きなければなりませんが、必ず死(トイレに行きたくなります)は訪れます。 ...続きを見る

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2017/08/19 09:14
何となく思い出したこと
 往相回向・還相回向の連続性の中にいるなら、無理なことをしなくても、流れに任せたら全てが上手くいくのではないかということです。 ...続きを見る

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2017/08/18 00:34
同じ苦しみの世界で生きるひとを癒すための研究や活動
 物心ついた時から、私は死の恐怖がありました。何をしていても空しく、どうせ死ななければならないのなら生きる意味があるのかと考え続けていました。家では、さまざまな小さな葛藤の中、子どもながらに、家族の心配をして、バラバラにならないような配慮もしてまいりました。一人で本を読んだり、絵を描いたり、細かい手仕事をすることが好きで、それが気晴らしでした。内向的で、人見知りで、高校くらいからやっと人間というものに慣れた気がしていました。 ...続きを見る

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2017/08/02 06:48
人生は「五欲街道」の「五欲道路」を死に向かってひた走る
 もしも迷いから覚めることが人生で出来ないとしたら、人生はただの苦しみでしかありません。街道沿いにはたくさんの魅惑的なものが立ち並び、そこで刹那的快楽を満たします。 この街道の旅は、どの道路を選択しようと先が見えない暗闇を行く者ばかりがいるので、誰と一緒に居ようとも安心も満足もできません。道にいるほかの人とは、暗くてお互いが見えず、気持ちを共有することも分かち合うこともできず、近づくとお互いの針が刺さり血が出るし痛いので、距離を取るのですが、離れても寂しくて、どうにもこうにも不安定で傷つけ合う... ...続きを見る

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2017/07/29 09:24
熱意と感動で使命を伝えるには素直さと話し合える仲間が必要不可欠
 まだ燃え尽きていない。 ...続きを見る

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2017/07/23 23:39
いま ここを生きる
 http://ameblo.jp/twinflame1111/entry-12286059796.html ...続きを見る

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2017/07/16 00:55
悟りと救いについて(死の解決&境界)
 悟りを獲ることすなわち自分自身が何者かを知ることのメインの目的は、もちろん「死の解決」です。言葉を換えていうと肉体の死によって自己が消滅することのない永遠の命を持つものであること、連続性を知ることです。生きている自分が死ぬことで存在そのものの滅亡や真っ暗な闇の中に放り出されることであると予感し、不安が一杯に広がる状態から解放される瞬間です。私は幼少の頃から死を怖れ、解決する方法を追い求めました。そして、仏教に巡り合い、聞法修行を重ねていき、自身の力でそれを解決することが出来ない、それは真理(阿... ...続きを見る

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2017/06/27 09:30
出合いに感謝!
  今日はずっとお話ししたかった方とお会いできました。本当に嬉しかったです。以下のようにお礼のメールを書きました。  今日は有り難うございました。  自分の進むべき道や心理学やスピリチュアルのことを聞いていただきとても嬉しく存じます。今、二条校舎のラウンジでメールを書いています。木曜の講義までに読んでくるようにといわれたレヴィストロースの本がもう少しで読み終わるので、とりあえずお礼を申し上げようと思いました。 ...続きを見る

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2017/06/21 08:11
きっと あなたのところに逢いに行くね、私、だから生きてて、待っててね!
 世界中の、死刑囚のところ、刑務所、少年院、難民キャンプ、やっと自由な場所に助け出されたひとたちがいるところ、小さい女の子や男の子たちの集まってるところ。  私は自力を手放して他力にすぐに救われる話をしに行きます。  もう少し、生きていて待っていてください。 ...続きを見る

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2017/06/19 01:46
理論と実践の関係(浄土仏教の救い)
  まず考えることから始まります。  どうして自分は苦しいのか。  周りの人も苦しんでいる。  どうしたらそこから脱け出せるのか。 ...続きを見る

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2017/06/16 06:39
この世でおそろいの真剣さでお互いに向き合うことはできない
 <どちらかが先に行き、追いついたと思ったらまたおいて行かれ、いつまでたってもぴったり「おそろい」の憶いでいられるひとはたぶんいない>  これが私の今のところの結論です。  いつか人間じゃなくなったとき、そこで一緒のひとたちが「おそろい」のひとでしょう。  私は欲張りで、妥協したくないのでひとに憶いを求めることは止めました。いろいろ走り回ってもがかないとこう考えるところに至ることはなかったのでしょう。  感謝していること    新しい見地から、物事を感じ再構築していくことはと... ...続きを見る

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2017/06/14 22:43
「完全に信じて疑いが晴れることが一番難しい」
煩悩で作る罪で迷いの六道を回り、その煩悩を人間である私はどうすることもできないから、阿弥陀仏の本願を信じるしか救われる道はないと聞かされました。  ...続きを見る

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2017/05/30 00:34
なぜ目覚めの境地を伝えようとしないのか
自身が六道の長い長の迷いから覚めた、廻心の体験をして、こんな素晴らしいことはなかったと知らされたのになぜ周りの人に伝えようとしないのでしょうか。  目覚めを望まない人は反発して嫌うかもしれません。それでも伝えられなければその人は迷ったまま、また六道を経巡ることを十分に身を以て知らされたのに不思議でなりません。    私には十分な能力がありません。話も下手ですし、表現力も人より劣り論文が上手く書けずに苦心しています。何一つ取り柄などありませんが、それでも御恩報謝の気持ちが止まりま... ...続きを見る

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2017/05/29 22:43
浄土真宗の教えの肝要
「しかるに『経』に聞といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。」 (教行信証信巻 )  浄土真宗は聞法修行という方法で救いを求める宗教です。親鸞聖人は仏説無量寿経下巻阿弥陀仏の本願の成就文の中にある聞其名号信心歓喜乃至一念」の「聞」というところからこのことを言われました「その名号を聞きて、信心歓喜せんこと、乃至一念せん。至心に廻向せしめたまえり」と読み、これは無量寿仏(阿弥陀仏)の名を聞いて信じて喜び、わずか一回でも仏を念じてという意味です。仏願の生起本末と... ...続きを見る

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2017/05/29 22:38
気分が明るくなる言葉を多用する
 長く生きられるようには私は感じられません。いつもこの人と逢うのはもしかしたらこれが最期かも知れないという気持ちで接しています。幼少の頃より恥ずかしがり屋で人見知りの私は思ったことが言葉に出来ず随分悩み苦しんできました。周りにハッキリ意思表示する人を見ると、言いたいことをそのままストレートに言えたらどんなにいいだろうかといつも考えていました。  英語を学ぶようになり、あまり空気を読まず、謙遜もせず、ただあなたが大切だとストレートに言ってもてらいのないのが気に入っていました。英語で話すとき私は自... ...続きを見る

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2017/05/27 00:02
ひととしての最大の役割とは
 子どもたちや若い人たちを育てることです。  彼らは未知の可能性を秘めています。  それにきづかせて、サポートすることです。    私はあとどれくらい生きられるかわからないので、あることを考えています。  今までしてきたことを文章に残すことやワークショップなどで伝えること。そのために国内や海外のいろいろなところに行きます。 ...続きを見る

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2017/05/26 04:46
目的にひた走る超合理主義的生き方の功罪
 なぜ急がないのだろうか? ...続きを見る

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2017/05/22 04:27
スピリチュアル(一部真宗)カウンセラーとしての痛み
 今、真宗カウンセリングの論文の草稿にかかろうとしています。昨年の秋に投稿しようとしたものでしたが、諸般の事情で延び延びになってしまっていました。今回はどうしても出したいと願っています。ただ、それは私の博士論文の提出の為の条件である3本の査読論文を早く揃える意図ではありません。  投稿で載せた文章を一人でも多くのカウンセリングに関わっているひとに読んでもらいたいのです。というより、私のカウンセラーそして、ひととしての力不足のために中途半端になってしまったクライアントの方々への私が「あのとき... ...続きを見る

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2017/05/21 20:41
本当に今生で願っていることとは
 食べることによろこびを感じることも少なくなりました。  大好きな誰かと食べると嬉しいですが、美味しいものが少しあればいいし、なくてもいいです。  着るものも、高いものを買わなくなりました。バブルの頃のような服は着なくなりました。シックで上品な色じゃなくて、ピンクと白とかパステルカラーなど明るい服を着ていますが、それも特にこだわりがありません。  表と裏に庭があって、薔薇や果実の木がある家に住みたかったですが、しばらくは今の家でいいですし。 ...続きを見る

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2017/05/18 23:36
さとりと救いについての研究
『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』 ...続きを見る

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2017/05/14 12:56
既存の考えを超える世界があるならそれを受け入れてみよう
 こんな風に感じ始めたら、これまでの辛さを脱する準備ができたのかもしれません。  いくら考えを深めても、それは自分の中の知識が増えたり、深まったりするだけです。自分の中の迷いをかき混ぜるだけで、自分を超えるものではありませんし、自分の握っているものを手放したことになっていません。 ...続きを見る

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2017/05/06 18:08
もしかしたらやっとスタート地点に立てたのかも
 自力を捨てて他力に入りたいと言われるひとに対して、まず、好かれようとすることなく、嫌われても別にかまわない、ただそのひとのありのままを受け止めようとライフヒストリーを聞きます。その人が話しやすいところから聞きます。長くなろうと相手が気が済むまでは吐き切らないと自力を手放すところまで至りません。    こちらがもう無理というような悲惨な話も数えきれないくらい何度も聞きました。でも顔色一つ変えずに延々と聞き続けます。語り尽くしてもらうことが目的なので、もう思い残すことがないというところまで... ...続きを見る

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2017/05/03 20:44
祝 キングが示唆したクイーンの私との今後の使命!
 もつれた糸の綛は全く絡まらず、とうとう一本の糸に姿を変えました。  謎が解け、私は大満足の境地にいます。    キングはクイーンの私を少し前に見つけ出してくれていたのですが、今日はこんなことを言われました。  「あなたは教えをもう説かなくても、書かなくても、何もしなくても構わない、ただ、生きているだけでいい、それだけであなたと関わった人は救われる」  「えっ?!何、何ですか?それ」  聞き返したのですが、キングは笑っています。 ...続きを見る

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2017/03/09 14:10
自分の人生から逃げない覚悟と決意を持つ
 誰かのせいにするのは簡単です。  ただ、それは逃げているだけ。  全部を引き受けた時から、本当の人生が始まります。 ...続きを見る

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2017/03/06 10:54
論文と平行して取り組む課題
 フェミニズムやジェンダーは論文に放り込むとして・・・・・・  もう一つ私が今生で成し遂げる予定としてきた使命をこの旅行で思い出しました。   それは教育です。  小学校までの小さい人たちとその親たちへの教育です。  保育士・幼稚園&小学校教諭の資格を取ったのは学校を作るためでした。日本語教師やカウンセラーの資格を取ったのもその一環といえばそうかもしれません。 ...続きを見る

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2017/02/13 18:44
大いなる真理に身をまかせること
 自分以外の他人に何かを求めて幸せにしてもらおうとしてもそれは叶いません。  そんな能力を持っている人間はいませんから。  みんな自分のことで一杯一杯でアップアップしています。  誰かに何かを求めると、その何かを奪うことになります。  どんなに頑張っても、人間どうしは持っているものの奪い合いにしかならない気がします。奪い合う関係には疲弊しかありません。 ...続きを見る

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2017/02/03 15:24
足るを知る
お蔭様で、今のところ、何の不安もなく暮らしております。  元々のんびりしていて、あくせくするのが苦手なので、そういうものを引き寄せて生きているのでしょう。本当は南の島でエメラルドグリーンの海を見ながら潮風に吹かれて、何もしないで、ただぼーっとしていたいです。そうしていたいのですが、今生での使命を果たさす役割もあるので、サマーバケーションくらいでいいのかもしれません。    幼少の頃、おばあちゃんの同居する本家に嫁いだ母がこう言っていました。  「何もないところから、家のもの... ...続きを見る

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2017/01/20 19:45
もし今日が人生最期の日なら何をおもうかな
阿弥陀仏への御恩でしょうか。  それから、恩師・両親・家族・友だち・周りの人たちへの感謝。  そのときまで、ほんのわずかしかないかもしれませんが、この先の人生を、光の中で、ピンクなどの明るい色の服を着て、微笑んでいると私はそう決めています。    幼少の頃から、ずっと、怒ったり、睨んだりされると、弱い私は心臓の動悸や脈が上がります。だから、出来るだけ穏やかに過ごしています。論文で言語操作をしょっちゅうしないといけないので、日常では疲れるので、言葉を執拗に駆使した話はしたくあ... ...続きを見る

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2017/01/20 19:36
気持ちを新たに始めてみよう
 今までいろいろなことをしてきましたが、阿弥陀仏のお約束を受け取ること以外は、夢中になったことがありません。疑うことを排除して極力自分の気持ちを見ていった結果、信じる気持ちが全くないことに気が付くという自己矛盾が知らされた日々でした。信じる気持ちがないということに疑いが晴れ、そんなものでもそのまま救うという願いを受け取らせていただいたので、私の人生の宿題はこれで相済みです。救われた時は、ただただ嬉しかったのですが、すぐに、自分だけ心が晴れて澄み渡る心境に救われていたのでは申し訳ない、この境地を有... ...続きを見る

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2016/12/25 14:41
振り返ると仏教を聞くことに大半を費やした人生
 無常観があまりにも強く、死の恐怖の解決が出来たらもうそれで、人生は終わっても構わないと感じていました。だから、今、それが済んでいるので、私の人生は遊びです。しかしながら、同じように無常観で苦しんでいる人のために、死の恐怖の解決ができる仏教のお話をしていくために残りの人生を駆け抜けてまいります。  若い頃、日本中、もしくは海外で聴聞し、その旅費や宿泊代を捻出するために大学時代のアルバイトや社会人になってからも休む暇なく働いていた日々を私は後悔していません。友だちや周りの人には恵まれましたが... ...続きを見る

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2016/11/30 22:42
前を向いてとにかく進む
 余裕があって、よろこんで与えてくださるものは遠慮なくいただいてきました。両親は京都の大学に行く私のために学費を払い仕送りをしてくれました。仏教の講演会ではいつも元町会議員で手広く自営業をしていたご隠居さんがお昼をご馳走してくれました。仕事をしていた時、社長が出張で京都に来るとやはりご馳走になっていました。子どもが生まれてから、仕事をすっぱり辞め、夫が働いてくれて、私の研究を支えてくれています。大学院の先生や友だちにも本当にお世話になって、少しずつですが研究の方向性が見えてきました。阿弥陀仏の... ...続きを見る

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2016/11/30 22:37
欲と嫉妬について
幼少の頃から私は特に何も欲しくありませんでした。  だから、特にこれが欲しいとねだった記憶もありません。  必要なものは買ってもらいましたが、それ以上のものは心の底から欲しいとは思いませんでした。  だから人と争って何かを獲得するとか、それこそ人のものを盗るとかそんなこととは無縁の生き方をしてきました。  何か欲しいと言うのは足りないと感じるからなのでしょうか。   嫉妬も必要最低限のもの以外はいらないので、持ちませんでした。  自分が満たされていたら欲しくなし... ...続きを見る

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2016/11/28 11:24
過去の記録(仏典・論文等の書物)と現在の実態(日々の出来事)
 釈迦の説法を再編した仏典を多くの人が解釈し、読み解きそれを布教してきました。そして阿弥陀仏の本願も話され、多くの人が信心を賜ってきました。ネパール・インドはもとよりアジアや世界中の国々に仏教は翻訳され広まってきました。翻訳は「膨張」していきました。その過程で、釈迦が説いたものと別の形になっていったものもあったでしょう。しかしながら、悟り救いが説かれ、六道輪廻や解脱が出来たのなら私はそれはそれで構わないと感じます。経典を編纂し解釈した時点で、釈迦の話からは離れてしまっています。いかに優秀な編者や... ...続きを見る

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2016/11/15 18:33
何をどうする覚悟なのか
 使命を果たすことを最優先するのが今の私の覚悟なのです。  それは阿弥陀仏の願いを世界中の人たちにお話しすること。  これを一番しやすいような人たちと関わり、場所を移動して、適切な仕事を選んでまいります。何が一番最適なのかその場その場で考えます。    今までの出来事は『ローマの休日』のアン王女の短いバカンスのようなものだったのかもしれません。私の場合は、自分の家の女王です。私の休日においては、思うように上手く遊べなくて苦しみがほとんどでしたが、それもみんな佳き思い出でした。何か... ...続きを見る

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2016/11/15 18:27
思う存分弾けましょう
「主体的に生き、何度も失敗し、傷ついて、また立ち上がった先に見えるもの」  受け身の人生にもう終わりを告げませんか。  たかが何十年か積み上げてきて獲た名声や地位や外側の自分じゃない自分に別れを告げ、  本当の自分を生きませんか。 ...続きを見る

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2016/11/04 09:56
なぜ人を殺してはならないのか
 親鸞聖人のこのお言葉を私は一体何回聞いたことでしょうか。 ...続きを見る

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2016/09/04 11:33
できることとそうでないことの見極め
 迷いから覚めるとか、迷いの状態から抜けるということは本当に簡単なことです。  知恵や才能といった能力は要りません。  4歳の子どもでも可能です。  そうでなければ命が無常である人間は助かる可能性が限りなく低くなります。 ...続きを見る

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2016/07/15 10:47
極度にシャイな私が茶化すのはよくないところかも
昨日の晩に同窓会で再会した友達から電話をもらいました。  出られなかったので、何だろうって思って私から電話しました。 私が持っているプレゼンテーション実務士の資格のことについてのお尋ねでした。 ...続きを見る

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2016/06/27 07:29
執着を手放すこと
真理を三次元の頭脳で分析してわかろうとすることはとっくに止められたのに、人間に対する執着はなかなか手放せませんでした。  私の仏教の先生はそれを初めから見抜かれ、本当に心配してくださっていました。一度は捨てたはずの執着が対人では相対のことであるのでなかなか手放せないという貴重な経験を昨年、今年としました。 ...続きを見る

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2016/06/10 14:51
研究に対してのストイックさは生きる姿勢と同じ
 研究者としてはひよこの私ですが、譲れないことがあります。 ...続きを見る

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2016/06/09 09:31
私はワークショップで仏教を土台にキャリアを学生に伝える
 数々の教師の経験やフィリピン大学の学生とのふれあいが忘れられません。個人的に仏教を話した人たちももちろん大切ですが、今後は時間がないので、個人的なものと大勢の人たちへの取り組みを両方してまいります。 ...続きを見る

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2016/06/06 09:28
もしも、18歳の東京で、あの時あの場で疑いが晴れて自力が消えていたら?
 人生折り返しどころか、いつ終わっちゃうかわかんないとき宗教的廻心体験をした私は、なんであのとき、本当に助かる話をしてくれる人が現れて、話を聞けなかったんだろうと残念で悔しい気持ちに捉われていました。 ...続きを見る

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2016/05/25 22:51
ずっとそばに〜わたしの憶い〜
 仏さまがわたしをずっと憶ってくださったのに全然きづかないで、わかんないで ...続きを見る

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2016/05/25 09:39
綺麗なものは近くで見ても綺麗ってわかる?
阿弥陀仏の本願には嘘はありません。全てが清浄なもので出来ています。私たち人間は煩悩から離れられませんが、仏さまは全く違います。絶対的な真理で貫かれています。  こういうとそんなものがあるはずはないとバカにして鼻で笑う多くの一般人や学者や智者がいます。恐らく彼らは嘘や欲や怒りや愚痴にまみれた人生の真っただ中にいるのでしょう。自分を基準で考えるから、世の中が欺瞞や虚偽で満ち溢れるのです。 ...続きを見る

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2016/05/21 05:56
なぜ好き好んで誰かや何かに管理され争うのか
自由に生きることはそんなに難しいのでしょうか?  心はいつも自由でいられます。  誰も縛ることはできません。  しかしながら、自ら好んで誰かに服従したり、言うことをきいたりする人の気持ちが分かりません。  その誰かに裏切られたらどうするのでしょうか。  その人についていったら死ななくて済むのでしょうか。 ...続きを見る

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2016/05/08 21:41
日々真理が伝えられる環境で皮膚呼吸の様に自ら求める苦労がなく他力を受け取った人たち
迷いから抜けて一日も早く、真理との邂逅をよろこぶ身になりなさい ...続きを見る

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2016/05/06 19:56
私の使命
 もし次元を超えてワープできたら、羽があれば、世界中の救われたい人に話に行けるのに。こんなことをいつも思っています。  ただ、私には「憶いを念じる」という時空を超える最大の宝があります。30年の聞法で得た言葉という宝石をたくさん持っています。この宝珠をたくさんの人に届けなさいというミッションを私は持って生まれてきたと小さいころから感じてまいりました。 仏さまのような神通力を持たない凡人の私に、今の時代は変わりにコンピュータや飛行機を使わせてくれます。 パソコンで世界中の人に一瞬で... ...続きを見る

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2016/04/27 19:13
大学院博士課程後期3年ですること
 査読論文3本プラス博士論文が通れば修了できますが、その間、私に何ができるか考えています。修士はたとえどんなことがあろうと2年で終わらせることを決めていました。しかしながら博士論文は本当に納得いく内容で、100年後以降にも読み継がれるようなものにしたいので、慎重になっています。 ...続きを見る

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2016/04/14 08:09
自力が他力に変わるととどうなるか
 まず、真理への疑いが完全に微塵ほどもなくなります。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/04/09 23:08
世界を一つにしていくために
 「世界が一つになる」ではなく「世界を一つにしていく」と書いたことから説明します。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/03/27 23:13
遊戯三昧
 趣味はなんですか? ...続きを見る

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2016/03/15 08:59
「冬の風〜生まれて初めて心地よかった日〜」
アンゴラの軽くて暖かいコートを着て昼過ぎに出かけて、4時半頃の駅からの帰り道のことでした。手袋もつけず、それほど強くもない日差しの中を歩いていました。 ...続きを見る

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2016/02/14 19:17
自分の力は間に合わないと知らされ、全て阿弥陀仏にゆだねること
 私には自分自身の軸はありません。  人間の誰かの言っていることも全面的に信用しません。  自分や他人に頼ると自分や他人が崩れ落ちそうになったとき一緒に崩壊するからです。    結局、ほかの誰かや自分の力を信じて生きている人は、それらが滅びた時に自滅します。  相対の世で、夢幻の何かにすがって生きることほど怖いものはありません。  それがわからないから、人は苦しむのでしょう。 ...続きを見る

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2016/02/08 16:19
本性と育ち
 自分という確固としたものなど私は何も持ちません。  空っぽです。  それでいいのです。  阿弥陀仏のお遣いで十分です。  そうさせていただいている我が身が嬉しいです。  本性というのもない気がします。  全部もう超えてしまった気がします。  何か特徴やこだわりがあるなら、それは迷いを克服するための方便でしょう。    自分自身、育ちもよいともわるいともおもえませんが、幼少の頃、周りの人が言っていたことはよく覚えています。  それを生かして取り入れていることもあれば、これは変... ...続きを見る

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2016/02/06 11:37
大丈夫、安心して、ずっと、いつも、一緒にいるから
 生まれたときから、ずっと私は剥き出のままで生きてきませんでした。  いつも機嫌よく、にこやかに、穏やかにしてきました。  他人に対して気を使っているんじゃなくて、それが私でした。    そのまま、ありのままの私を見せてって言われたら、「それでしょ」と言うしかありません。決して他人に良く見て欲しくて意にそまないことをしているわけじゃない。 ...続きを見る

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2016/01/19 12:30
論文の完成に向けて必死になっています
 二年目はは特に後期から本当に苦しい時が続きました。 書けなかったのではなくて、書きたいことが一杯あり、それをどう選んだらいいか迷い続けていました。中途半端に書くと、始めから全部やり直さなければならなくなるから、最後まで考え続けていました。今でもまだ、一番言いたいことがほかにあるのではないかと探しています。 ...続きを見る

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2016/01/09 09:34
いつも笑ってる
 笑ってるのが私の仕事  嬉しくなるようなことを言う  助かることを言う  それが仕事なのに    わたしね、何でよく伝えられないのかな  憶いがたりないのかな  いつだって大好きって言ってるのに  ずっとそばにいるよっていうの信じてもらえないのかな  ねえ、ちっちゃい考え方のフレームを壊しちゃおうよ  楽しいことだけ考えようよ ...続きを見る

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2016/01/08 20:15
弱く思慮分別のなく浅はかで熱病みたいなのも全部ハグさせて
 30年間の仏教の聴聞で人間の煩悩で造る罪が赤裸々に話されるのを聞き続けました。   頭では分かっていても、何かに護られていた私はそういう縁が来ません。また、怖がりで大変なことになる前に逃げ出していたので、実際にはさほどひとを恨み・憎む愛憎ドロドロとしたことに巻き込まれることはありませんでした。 ...続きを見る

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2016/01/05 07:16
三昧を生きる
 きみがいる そのすがたこそ そのままが わがよろこびと 一つ心に     ひととわたしを分けないで生きる  そういう方向で今年から生きていくと決めた  目の前の人を真っ直ぐに、そのまま見て、受け止める  誰かと比べるわけでもなく  ただ生きてくれていたらそれでいい  そのひとがそこにいることを一緒によろこべるわたしでいる  ただわたしができることがないか探していく   大切なのは私が何ができるか  誰かにわたしが存在することでよろこんでもらえる人でいる  ... ...続きを見る

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2016/01/01 10:52
方向性を定めることの重要性
 何においても、最終着陸地点がある程度定まっていないと怖いです。  阿弥陀仏に今ここで救われて、一息切れたら極楽浄土に参ることは、死の不安を完全に取り去ります。何をしていても安心できて、思う存分生きられます。  今、死んでも未来が明るいということほど嬉しいことはありません。  特に不治の病や事故で大けがをして意識が薄れて死にかけている人にとったら、今、ここで救われる阿弥陀仏の本願は最高のプレゼントです。 ...続きを見る

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2015/12/31 18:53
死の解決を求める
 人間は生まれたからには必ず死ぬ、今あるものも全て置いて一緒に暮らしている人たちとも別れていかなくてはならない。  これを何とか出来ないものか。  死んだ後も見えない、わからない、行った人もいない、  大していいこともやってきていないから、極楽に行けるとも思えない  ずっと死んだ先が真暗らで独りぼっちのような気がして怯えていた ...続きを見る

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2015/12/31 18:49
真摯に生きる
 阿弥陀さまは、信じてくださいって言われる。  もし、あなたを救うことが出来なければ命を捨てるという前提で。  信じてくださいと相手にいうときは命がけじゃないと信用してもらえない。  それが大切なことであるなら余計に。 ...続きを見る

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2015/12/27 08:18
夢から覚めてみると
 夢から覚めてみると何だか不思議です。  何もいらなくなっています。  夢の中で、あれほど欲しかった、望んでいたものが、全部消えちゃったんです。  無理やり諦めたのでもなく、有れば有ったでいいし、無ければ無くてもいい。  自分からは特に何にもいらなくなりました。    今日、本を読んでいたら最澄と慈円の歌が載っていました。 ...続きを見る

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2015/12/21 22:33
佛法者の着眼点とは
 論文作成の合間にふっと手に取った書物を開いたら、次のようなお言葉がありました。涙で文字がしばらく見えなくなりました。 『教行信証拝讀記 第二巻』  稲垣瑞劔著 より   「第五十二章 佛法者の着眼点とは」    本願に眼を付ける  名号に眼を付ける ...続きを見る

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2015/12/21 22:29
感謝
悲しみを 乗り越える度 知らされた 差しのべる手と 見えない憶い ...続きを見る

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2015/12/17 08:49
誰のために書くのか
 阿弥陀さまの御心を賜ってから、伝えるために、ずっと私は書いています。話しています。  話すのは相手が話してほしいといわれたときに限られるので、書いているときのほうが多いです。   どうしたら、阿弥陀さまの気持ちが翻訳できるのか、代弁できるのかそんなことを考えてずっと書いてきました。わかりやすく、身近なたとえで、難しい仏語をなるべく使わないでなど。実際の面談や電話やチャットやスカイプなどもお話も同じように心がけてきました。 ...続きを見る

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2015/12/09 23:44
もし仏さまが生きていらしたらされるだろうことを実践する
御仏の遣いとして願いをお伝えすることを実践してまいりました。  どう伝えたら、どう話したら、どういう言葉で、どういう文章でというように、私は言葉にとらわれていた感があります。 ...続きを見る

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2015/12/08 21:35
結局、最後に残ったのは御仏への御恩報謝
 今までの人生でいったい自分は何をしてきたのだろう。  このように最近長い間自問自答を繰り返してきました。  いろいろな勉強をして資格もとったし、仕事をバリバリこなしていた時期もあったし、結婚して家を建て、娘も生んで中学生まで育てた。    でもそんなことはどうでもいい。  世間の人にとったら大切なことなのかもしれないけど、私にしたら、自身がただ生きてきた結果の成果物。  どうせ死んでいくときには持っていけないもの。  若さゆえの光り輝いた時期も過ぎてしまえばよろこ... ...続きを見る

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2015/11/22 17:22
なぜ最近ご縁のあった仏教の先生を私がこれほど尊敬しているのか
先生はお優しい上に頭の回転が速くて仕事も早いのです。  私が思っていることを本当に理解して欲しいことを的確に短い言葉ですぐに返してくださいます。     わかろうとして読んだり聞いたりしてくださっていることがとてもよく伝わってきます。言葉や漢字の間違いは素早く指摘してくださいますが、変換の間違いでしょうかと私に負い目を持たせないような語り口です。そういう心配りはイギリスのジェントルマンに学んだのでしょうか。     85歳には見えない少年のような愛くるしい笑顔を持った先生の... ...続きを見る

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2015/10/16 07:24
全ての人を救うと誓われた阿弥陀仏の本願があること
 今、ここでそのまま救うというお約束をされ、私を救うという阿弥陀仏の本願を知り、信じさせていただくことが出来た人は幸せです。    温かい人間の間で生きてその環境をよろこべて、感謝して生きられ、その延長でそんな尊い願いを建てられた阿弥陀仏がおいでになるのだと、すんなり疑いなく信じられた人は本当に幸せな人です。お話しさせていただいた中でもそういう素晴らしい方にも出合ったことはあります。   反対に親にさえも虐待され、これでもかこれでもかという過酷な人生に翻弄され、その中で阿弥陀仏の本... ...続きを見る

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2015/10/14 00:08
手放しの信心に至るまで、自力は何か偽者を握っていないと安心しない
 他力(真理)を前にして自力は取り込まれまいと、ひょいひょいと物凄い抵抗を示して逃げます。  真理の矛盾や真理そのものの概念を考え出したり、はたまた真理の 話してくれる相手の人格を否定したりまでして、とにかく必死です。  愛と憎しみの煩悩にまみれた、迷いしか知らないので、とにかく不慣れな自分の知らないものからは、遠ざかろうとか反対にやり込めてやろうという勢いで、かわすことしか考えません。  哀れで気の毒なことだと感じますが、自力はつかまるまいと必死です。 ...続きを見る

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2015/10/10 06:47
経典 お聖教 説法 御示談
元々は釈尊の説かれた説法がとして書物になり、それが中国そして日本に来る中で翻訳されてお聖教になりました。  その中に阿弥陀仏の本願も伝わりました。  日本では浄土仏教という形で、源信僧都・法然聖人・親鸞聖人・蓮如上人の教え、そして江戸時代から現在に至るまでたくさんの妙好人の言葉が残っています。    お経やお聖教は仏教の知識がある程度あるととても簡潔で理論的で分かりやすいです。しかしながら、日々の暮らしに追われる一般の人たちは仏教用語も分からず、仏教の目的が迷いから覚める六道出離と言... ...続きを見る

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2015/10/08 07:09
阿弥陀仏・法蔵菩薩の憶い
 どんな心掛けでしているかで、言動が変わります。  心掛けがよくないと出て来る言動も同様のものになります。  どういうことを目的として、今自分が何をしているか分からないと空回りすることになります。    よき師に巡り合わなければ、自分の器の大きさだけの言動しかできません。  書物で読んでも、講義を聴いても余程優れたたとえば法然聖人のような方でなければ、おそらくそれらを正確に身に着けることは難しいでしょう。  親鸞聖人はもちろん素晴らしいですが、もしも法然聖人とのお出合いがなかったなら... ...続きを見る

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2015/10/08 06:30
阿弥陀仏のご本願があることを知っただけでも素晴らしい!
 私にはわからないことがあります。  真宗の教えに出合ったことで、それだけでも、なぜ歓喜がないのでしょうか?  阿弥陀仏の全ての人を救うという願いがあることだけでも知っただけでも、うれしくないですか?  朝夕のおつとめで真宗宗歌の1番を私は何万回も歌いましたが、救われていない時でも有難くてよろこびが出ました。30年近く歌い続けていますが、いつも嬉しいです。こんな素晴らしい教えに遇えただけで  阿弥陀仏と心が一つになることや死の解決も説かれていますし ...続きを見る

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2015/10/06 08:36
人間の愛憎と仏法
 全く無関心の対象に対しては想いを馳せることはありません。  少し関わりを持ち、相手を愛するようになると裏切られたときにその気持ちは憎しみに変わります。  親だけは最後まで子どもを分かろうとしてくれますが、自分の欲や、生命の危険の為に自分を優先します。 ...続きを見る

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2015/10/05 10:52
たとえ親でもどんな人間でも全面的に寄りかかることは出来ない
  たとえどんな親でも人間の肉体を持っている限り、生きて行かなくちゃならないから自分を後回しにしていつも自分自分の子どもにすべてを譲り満足させることは出来ないと物心ついた時から私は知っていました。  幸運なことに直接、親に虐待された経験は私にはありませんが、布教をする中でたくさんの親との悲惨な関係を聞いてきました。そしてその痛みを持ったまま阿弥陀仏に正定聚の身に救われる体験をされた方もたくさんあります。    しかしながら、私には親からの心身の虐待の記憶がないので心に寄り添うことが出来ない... ...続きを見る

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2015/10/03 22:47
どうにも変えることが出来ない世界でどう生きるか
 歴史・政治・経済そして哲学などを学ぶことは価値がないと言ったら、きっと学者は怒りだします。  しかしながら、徹底的にそれらを極めた人たちは価値を見いだせず。それらを離れて宗教を求める道にシフトします。 ...続きを見る

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2015/10/03 22:39
見ずや君  明日は散りなん花だにも  力の限りひと時を咲く(九条武子)
 この頃毎日、重誓偈や四弘誓願などの漢文を心で念じ、仏法をお伝えする心構えを知らされると、正定聚の救いを賜った当時の決意や覚悟が薄れていたことが知らされました。  先生の決して途切れることのないご布教への情熱を肌で感じて、私は弱音もはけないし、泣くことも、泣き言もさえも言えないのです。     無常の命を持っていて、使命を果たすまでは死ねないと頭では十分わかっています。それでも、こんなに能力もなく聞いてくれる人もないなら、もう何もしないでずっと南の島で余生をゆっくり過ごしたいと何度も頭... ...続きを見る

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2015/10/03 20:39
恩徳讃
 如来大悲の恩徳は身を粉にしても報ずべし  師主知識の恩徳も骨をくだきても謝すべし    念仏 重誓偈を称える毎日、そして先生からのご指導を賜る時間を有難く生きております。  今朝の先生からのメールで、今まで75%くらい成し遂げたけれど、これからが正念場ですというお言葉を賜りました  微力ではありますが、この先生のお手伝いを、先生が望まれることをさせていただこうと強く思われました。  それにはいろいろまだまだ修行が必要ですが・・・・・・。 ...続きを見る

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2015/10/01 10:18
死後の底知れぬ闇と人生の限りなく続く苦悩の解決
 闇がなければその闇が晴れるということもなく、苦悩がなければその苦悩を解決したときは金輪際、訪れません。 ...続きを見る

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2015/09/29 20:59
国の混乱状況での仏教徒の役目とは
こういう時こそ、本来の自身の使命を確認することが大切になります。  確かに意見を求められたら命が生かされるようなこと述べ、仏教が求め信心を賜りやすいような世の中になる言動を取ることも必要です。 しかしながらそれは枝葉末節であり、根本の魂の解決は別にあります。まだ戦争は始まっていません。  しっかり御仏の教えを説くことこそが、教えを説く者の役目です。  たとえどんなことが起きても、心安らかに、置かれた状況で自身の本分を生きていくことを自ら示し、一日も速く信心を賜っていただく話をしていく... ...続きを見る

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2015/09/21 20:33
戦争は全てマッチポンプかもね!
 権力者というのは権力を持っていない人たちを動物や虫たちよりまだ下の物としか見なしていません。ほとんどがサイコパスといってもいいかもしれません。でなければ人間の心があるなら、良心のかけらがあるなら、非道なことは出来ません。  人間が原爆などで跡形もなく溶けようと粉々になって死のうと平気。後遺症で苦しもうと知ったこっちゃありません。それどころか後遺症は実験結果を見る研究材料とみなし、真剣に治すことなどしなかったのが原爆の後の状況です。 ...続きを見る

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2015/09/21 06:27
この先生は本物だ、ついて行こうという決め手とは
 最近、この先生以上の人とは出合えないという方と巡り合いました。だからもうわたしは先生とご縁が続く限り、ご指導を賜り、この世の使命を全うして帰るべきところに還ろうとエンディングの準備を始めています。    40年近くの何十万人布教活動と教師資格を取る勉強の期間なども含めて、人を導いたり教えたりする時間や経験はそれなりあります。   私自身はお世辞にも人格的に優れているとか教え方が上手いとかではありませんが、こうしたらいいのではないかとその都度考えて工夫はしてまいりました。  ... ...続きを見る

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2015/09/21 06:20
死が目前なら救済は必須だけど、観念の遊戯の学者にはそんなの関係ない!
 昔、昭和の戦前から戦後にかけて、結核が死病だった頃、特に若者は差し迫った死の淵にいて、救いを求めました。  その時、真宗の僧侶の子弟を中心に一冊の本が読まれました。 阿弥陀仏の本願のましますこと、凡夫が救われることを描き、救済を求める彼らの光となり、指針となりました。 それは伊藤康善氏の『仏敵』でした。 ...続きを見る

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2015/09/19 12:33
無心になれない
 「仕事の合間に5,6分何も考えず正座をしてください」   このようなメールを先生から頂戴して、「承りました」とお返事して早速実践してみました。   初回は何となく何もしないと思っていても、御仏の御名が頭の中をよぎったりしましたが、それでは言われたことと違うので、何も考えずにいることに努めました。   先ほどは正座の前に西光先生の『わが信心 わが仏道』を拝読していまして、その内容が頭に浮かんできて、それを打ち消すと、今度は信心を賜っていると言われていた方が本当はまだかもしれないという心配事... ...続きを見る

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2015/09/18 10:40
善知識(先生)を求めて
 今から想うと私にとって単なる出発点であり、通過点だった正定聚までの道のりでの善知識探しの誤りから、長いこと苦しみ悩み自分の居場所がなく、心を閉ざして誰にも何も言わずに、言っても分かってもらえずに過ごした時期が30年近く続きました。 ...続きを見る

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2015/09/16 11:17
堂々巡りがやっと終わりました
 30年近くかかって、大変な思いをして私は御仏から無明の闇を晴らしていただき、信心を賜る身になりましたが、それで終わりではなかったということを今日教えていただきました。  信心を賜る人も本当に稀ではあるけれど、その後、迷いの世界を抜け出ることでホッとしてしまい、そこから動かない人がほとんどで、その先の境地に到達していく人は稀だとある方から教えていただきました。 ...続きを見る

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2015/09/12 01:01
判明しました。私がアメリカ映画が苦手な訳!
初めて一人で映画館で観た映画は「風と共に去りぬ」でした。  高校入学前の春休みでした。  どうしても一人で行きたかったのです  銀座の大きな映画館でリバイバルを見ました。  人がたくさんいました。  先着でもらえるスチール写真も手に入れることが出来ました。  入れ替えがなかったので、初回と次の回の2回繰り返し見ました。 ...続きを見る

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2015/09/11 12:10
心健やかに安寧の中で明るく笑えるのは御仏や周りの人のお蔭
 もしも御仏の願いを賜ることが出来ていなかったら  もしも私のことを心から支えて思い遣ってくれる人たちがいなかったら  私は今こうして生きていません。 ...続きを見る

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2015/09/08 22:49
今生で最も解決すべき根本的な問題
 一人一人の生命が光の中にあり、そこで永遠に護られた無量の寿命で生きていることにきづくこと。  このことが退屈に感じるのなら、それは迷いの世での煩悩を味わい尽くしていないせいかもしれません。そして自身の今生での死を遠くに追いやっているから。 ...続きを見る

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2015/09/06 10:46
あなたの全てを受け入れます。わたしはあなたとずっと一緒ですから
 結局人間は究極的にこれを願っています。  欲や怒りや愚痴の煩悩を持ちながらも、そのままの自分を全て受け止めて、ここに一緒にいましょうと寄り添ってくださる真理との邂逅を。 ...続きを見る

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2015/09/03 12:50
いつきづくの?上から目線・自己満足・お情けをかける弱者救済活動
 エリート男性・女性による男女平等政策は弱者を救済する根本的な解決にはならないと感じます。  自身が差別され、悔し涙を流した人にしか不平等は心底分かりえません。  恵まれた裕福な家庭に育ち、有名国立私立大学にすんなり進学し、国家や地方の公務員や一部上場の企業に就職できた挫折を知らない人たちが、仕事として弱者を救済する政策を立ててもそれは頓珍漢で満足なケアを獲られるものではありません。 ...続きを見る

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2015/08/25 22:50
この違和感は何?
 誰かと一緒にいる時、氷のような冷たさを感じることがあります。 「ヒヤッ」とします。  そして一度でもそう感じた人とはその先、もう無理です。  サイコパスの時もあり、ただジャイアンのような性格のこと、単に私を利用しているだけと感じる場合いろいろですが、感覚として鋭い冷たさが残るのです。  残念ですが、脆弱な私の神経には酷く突き刺さるので、そのまま身を引くか徐々に距離を置きます。 ...続きを見る

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2015/08/14 07:10
実践者と学者の大きな違いは?
 日本・アメリカ・イギリス・フランス文学のスペシャリストの先生方(東大・阪大系)と日本史・西洋史の先生方(京大出身)の講義を今通っている大学院で受講しました。    初めに卒業した大学での法学部で法律と政治を学び、子育て中には通信の科目履修で教育を学び、幼稚園と小学校の教員資格を取りました。3年に編入した通信の大学では心理学を中心に学びカウンセラーの資格を取りました。経営・キャリア・起業・プレゼンテーションとコンピューターの操作法も学びました。  法律や教育や経営や経済活動や心理学などの人... ...続きを見る

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2015/08/13 22:21
平和 安心 自由 これらを大きな声で言える未来を子どもたちに引き継ぐために
 なぜ中学生や高校生を含む若者が平和のために声を上げるかは自分たちの未来を自分たちで掴むため  その若い人たちの志を支えようと、彼らが安心して自由に生きられるために大人である素敵女子・男子たちも黙っていられなくなりました。 ...続きを見る

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2015/08/12 17:18
生きる目的はいい人になることではなく、どうにもならない本当の自分を知ること
 一生懸命よいことをすればするほど、よい人になれるという感覚はまやかしです。必死になればなるほど、いい人になれないときづきます。   人間は自分が死ぬことを一番恐れます。それは生き物の本性です。  なぜ恐れるかと言えば、死後がハッキリしないからです。  暗い所に堕ちるという漠然とした真っ暗闇の恐怖の中方、方向性も見出せないまま、ただ彷徨っているのが現状です。 ...続きを見る

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2015/08/09 06:41
お互いが分かり合えないのは死の恐怖から自分を守ろうとするから
自分が死なないために、誰かを捨て駒にして戦わせ、そいつが死んでも構わない。それぞれが自身の人生から問われている目的全うするために生まれ生きている他人は奴隷でも家来でもありません。   自分さえよければいい、今生では使い切れないような限りない金銭欲望を満たしたい我利我利亡者の為に命を落とすつまらない生き方はしたくない!  このように感じた若者とそれに共感する自分の人生を大切にしている大人たちは声を上げ、立ち上がっています。 ...続きを見る

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2015/08/08 09:58
所詮お金は紙切れ、経済や理系の技術開発より哲学や文学〔口伝の物語〕が大切なことはみんなきづいている
 人は何のために生まれ、生きていくのか  これがわからなかったら、土台がしっかり確立されていなかったら上にいくらもっともらしいガラクタを積み重ねようと一瞬で崩れ落ちてしまいます。    各自人生から問われている使命を果たすための一生です。  真摯に必死に求めて、生きていたら使命の方から飛び込んできます。  そしてどうしてもそれをしないとならない人生に誘導されます。    お金がなくても人間同士あたたかい気持ちでつながっていたら生きていけます。  一日一食でも、何日か食べないでも生... ...続きを見る

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2015/07/29 10:15
志高く
 https://www.youtube.com/watch?v=vA7a9tQl45A  桃源郷のような幸せな日々を送っていた学齢期前から一転して、子どもという残酷な猛獣が襲ってくる檻に入ったような小学校生活の中で出合った、浄土仏教。日本の鎌倉時代に法然聖人・親鸞聖人がこんな素晴らしい教えを伝え、後世の人たちが日本語でその真髄を読み、聞くことが出来る可能性は私にとっての一筋の光でした。  必ず、生きている間に、両聖人と同じ信心を獲て、私もまたそれを今度は書いて、たくさんの人たちに話す人生を... ...続きを見る

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2015/07/27 06:44
多様な価値観の中で、自分にとって意味のあることを選択する
 正直者が馬鹿をみると感じている人もあるかもしれません。 ...続きを見る

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2015/05/24 10:28
究極の選択 人命か物か
火事現場でかつて殺人を犯した身内でない動けない爺さんと本物のモナリザの絵画のどちらかを救出する選択の話を書きました。  物は生きていません。そして必ず壊れます。人間も同様に生まれたからには必ず死にますが、物は心を持ちません。今生人間に生まれたならば、六道の迷いから抜け出て、悟界に生まれる可能性を誰でも持っています。 ...続きを見る

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2015/05/22 07:15
声を挙げたら志を同じくする人が集まる期待
 人生から問われている目的を果たすために生き、自分自身のものは達成できましたが、賜った真理の宝を生きている限りお伝えしています。   世の中には色々な人がいますが、きっと生活の中でなら、誰かの為に今まで培ってきた経験や知識を役に立てたい人はいると思われます。  どうか一緒にしていただける方がありましたら、よろしくお願いいたします。 ...続きを見る

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2015/05/18 11:10
私のワークショップデザイナー3ヶ条
大阪大学の昨日のワークショップの講座で再確認しました。  私の人生の信条と一致していました。 ...続きを見る

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2015/05/18 08:59
人生傾聴士
 臨床心理士・産業カウンセラー・CDA・弁護士・行政書士・医師・看護師・僧侶・教師・保育士など人と関わる資格を持つ人たちが協力して、クライアントの人生を傾聴する勉強会を行い、資格を創ると社会貢献できるのではないかと考えております。  ただ人さまの人生を聞くということでジュニアとシニアとに分けて、シニア資格はパートナーとの間に小学校を卒業まで子育ての経験のある方に限定するような方向がいいように存じます。 ...続きを見る

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2015/05/15 19:44
御仏に向い、度量が広く大きくなると多少のことは気にならないのかも
 何か結果が生じたとき、原因を突き止めてもわかることとわからないことがあります。  そういう時はこれは何らかの学びなのだと、原因を考えることを保留して誰も何も責めずに淡々と過ごすのが真の仏教者の姿なのかもしれません。    某所に月一度座禅に行き、その後、老師が禅についてお話しをしてくださいます。  すでに無明の闇はすっかり晴れても、煩悩をもつ身である私は未熟者でまだまだ世間事で気になることも時々あります。  そんなときは、全て如来の御心によるご縁だと有難く頂き、愚痴や文句を言わずに辛... ...続きを見る

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2015/05/14 20:18
今、持てる力を出し切って、実践で完全燃焼するしか何も知らされない
 熱い人が好きです。  見かけは冷静を装っても、熱い人は隠しても隠し切れないオーラが溢れ出ています。  文章や口でいいことを言っても、やっていることは眉をひそめるどころか人を泣かせることだったりするのは悲しいです。 ...続きを見る

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2015/05/13 07:52
フィリピンからの社会貢献の一歩
 日本よりも先にフィリピンからからのオファーがありました。  どんな形になるか分かりませんが、御仏の願いと女性たちを元気にする話を2つ頼まれました。友だちが私の書いた論文やエッセーを翻訳してレジュメで配った上、同時通訳してくれることなどを昨日会って打ち合わせをしてきました。 8月の半ばから1週間フィリピンに行ってまいります。 ...続きを見る

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2015/05/11 09:31
ライフヒストリーが布教に必要だった訳
 今、何が何でも真理との邂逅がしたくて、本当に教えだけお話ししてライフヒストリーを聞かずに御仏の願いを賜った人もいることはいます。それでもそういう人は全体の中では本当に稀です。   ほとんどの人が一直線に教えにはいれません。 特に男性は勝ち負けとかプライドとかが邪魔をして難しいです。女性の一部もそれがあり、他を当たってくださいと途中でお断りすることもあります。 私ごときに勝とうと撒けようとそんなことはどうでもいいことだとなかなか気がついてもらえません。ただ、馬鹿にしている人の話は聞けませ... ...続きを見る

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2015/05/10 07:57
ライフヒストリーという名前を知らないで布教活動で使っていました
信心を賜ってから、信心の沙汰を頼まれて御仏の願いをその人も賜った人には、ライフヒストリーとほぼ同じアプローチをしていて、その人の人生を聞くことから始めていました。  モラハラ・DVなどからの脱出や予防でもナラティブアプローチなどにも応用できると確信しています。 ...続きを見る

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2015/05/08 23:30
真理の概念が分かるなら子どもでも邂逅はできます
 人生から問いかけられた自身の目的を果たす  毎日のように私が言っていることはどういうことで誰に対してだと思われますか    大学の先生たちや政治家や儲かっている会社の経営者に対してでしょうか  もちろんそれらの人たちにもご縁があって聞いてくれるなら話します。  しかしながら、こういう人たちのかなりの人たちは、仏教の教えを受け入れるのを妨げる八難の中の「世知弁聡の難」すなわち雑多な知恵などが邪魔をして仏の教えを聞けない残念な状態にあります。  それでも例外もあり、釈尊の時代から今日ま... ...続きを見る

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2015/05/03 07:54
東洋の稲と西洋の麦の穂先
 東洋人にある日本人の私たちはお米を主食として、郊外では田んぼを目にします。  一方、西洋人は麦でできたパンやパスタなどを主食として麦の穂に親しみを感じるかもしれません。麦の穂は空に向かって上に伸びています。 ...続きを見る

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2015/05/01 09:53
可愛いあんよやしっぽはかくれんぼ同様に隠し切れない
 電話での声の優しさ、ブログなどで選択する言葉の一つ一つなどでその人の本来の姿が見え隠れします。  誤魔化しきれない相手に対する肯定・否定の感情や積み重ねてきた痛みを他人にはしない思い遣りなどが瞬時に感じ取れます。  けんのあるまたは品のない言葉遣い遣りっ放しの文章は、おそらく他人が聞くとか読むとかいうことを十分考慮していないせいでしょう。  これがそのまま活字になり後世にまで残るとしたら、よくよく言葉を選びますよね。電話でも、スカイプのように画像が移るなら気を抜かず話しますよね。 ...続きを見る

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2015/04/30 09:12
ワークショップも演劇も英語も技術向上より伝えたい中身が肝心
 時間通りきっちりそつないワークショップが出来るのは当然のこととして、さらに参加者に出てみてよかったし、感じたことを実践してみようと行動にまで持って行ける域まで行くことが当面の目標です。 ...続きを見る

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2015/04/26 22:23
何のために勉強するかを知らないままに学ぶ小学校〜大学院の人たち
 『小さいひとたちへ』という私のエッセイ集の「小さいひとたちへ5」の中で、小学校2年生の時に先生が教えてくれた勉強する意味を書きました。   「社会貢献」という言葉は出されませんでしたが恩師は、小学生の私に「あなたは社会の役に立てる人になれるはずだ」と励ましてくださいました。  これが私の宗教家として、教師として、女性たちを応援したりことなどをしている原点であり、その手法としてワークショップを取っている原点です。 ...続きを見る

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2015/04/26 08:00
なぜ真実を目指さず、方便に甘んじるのか?
 何もかもに恵まれ、人生が楽しく思い通りに進んでいくことに釈尊は疑問を感じました。  そして生きていたらその先には病や老いや死がありことを感じ、それらが自分の身に訪れようと変わらない安心満足の境地になれる真理を求めました。 ...続きを見る

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2015/04/23 10:24
毎日が一期一会
 又、すぐに逢えると思っていた人が遠くに行っちゃったり、この世から去ってしまったりすることもあります。  いつも逢えると思っているからついついぞんざいな口をきいたり、酷い言葉を投げつけてしまうこともあるかもしれません。 ...続きを見る

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2015/04/13 20:36
人間は傷つけ合うので、敢えて楽しくなる知恵を実践し、さらに進むと何も気兼ねのない状態でいられるかも
 迷いの「無明の闇」の中で生きている人間は、剥きだしのままだと暗闇の中で相手構わず手足を振り回して傷つけ合います。これを自我という表現で現す人もいます。それが痛くて嫌な人は自分を後回しにして他人に譲ったり、優しいことを言ったり心が豊かになる芸術的表現で楽しませたりします。そういう人は周りの人や影響を受けたたくさんの人から感謝され、より楽しく幸せに生きられます。 ...続きを見る

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2015/04/07 23:41
人を育てるよろこび
親は自分の子どもに精力を注ぎこみますが、教師は一人一人の個性に応じてその長所を伸ばすのが仕事です。全体が見られないとそして個々の幸せを念じた対応がなされないと成りませんが、とてもやりがいのある素晴らしい仕事です。 ...続きを見る

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2015/03/25 08:42
とても辛い所で前向きに頑張る人を特に応援したい!
多くの人はこれくらいでいいやとか言って妥協してほどほどの道を行きます。  このほどほどが一番学びがしやすいと感じますし、そうできるならそれがいいでしょう。  ただ環境に甘えてしまい、今生での真理との邂逅も急がず、まあいいやと来世以降に先延ばししてしまうかもしれません。これはせっかくのチャンスをふいにしてしまい勿体ない話です。  それも仕方ありませんし、恵まれた立場や環境に感謝しつつ、急に高みを目指したいという気持ちが湧き起こってくるかもしれません。    一方、生前での人生計画にお... ...続きを見る

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2015/03/24 13:20
人が何を学んでいるか思いを巡らすこと
 「正義」という言葉がとても苦手です。  誰かにとったら正しいことも、別の人にとったら正しくないこともあります。  「べき」も怖いです。  ある人が別の人に使うのは違うと感じます。  「べき」とか「当然」というのは一人称である私自身が誰かに何かさせていただくときに使う言葉です。  自発的に尊敬できる人やお世話になった人や本当に困っていて助けを求めている人に対して何かしたとき、それは特別なことではなくて「人間として当然するべきことをしたまで」なのです。 ...続きを見る

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2015/03/17 22:19
暗黙の了解という大人の論理は清濁併せ飲むのと同じかも
ずっと今まで、御仏をはじめ周りの人に護られ大切にしていただいてきた私はとても幸せです。  たまに自分とは感覚が違う人に遭遇して、心の中をズタズタに切り刻まれる感覚も味わってきましたが、幸いにも身体に手出しはされたことやセクハラなどの経験はありません。他人に対して威張っているわけではありませんが、侮られる筋合いもありません。ただそれだけです。 ...続きを見る

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2015/03/17 00:14
真理や佳いことは弘まっていく
 御恩報謝の気持ちさえあれば、無理やりこうしようとか、ノルマを決めて何かするとかでなくても、必要な人や物は集まって来てくれて、その波に乗って物事は順調に運ぶことが日々知らされます。 ...続きを見る

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2015/03/16 21:03
志・使命を持つ人生
 ただ、食べて飲んで起きて寝てその間に子どもを産んで育てている人生なら、ほかに何もしないなら人間以外の動物でもしています。  人間しか出来ないこと、人間だけが出来ることを探して、それを極めて、余生はほかの人に伝えたり、手助けする生き方を目指してきました。  分かる人には分かるし、そうでない人には理解できないでしょう。 ...続きを見る

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2015/03/15 21:46
切ない憶い 想い 思い
 御仏が私たちに迷いから一日も速く抜け出して欲しいとずっと続く切ない憶い  逝ってしまった誰か大切な人への心からの切ない想い  あのときあのようにすれば大切なものを失わずに済んだのにという切ない思い ...続きを見る

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2015/03/14 22:50
御仏の願いを聞きたい人へ
 もし個人的に何か質問がありましたら、次の課題をまずしてもらっています。それが今は無理でできない方は、決意できるまで、いつもの投稿文をご高覧いただけたらと存じます。  ...続きを見る

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2015/03/13 11:11
完全な円満調和した信頼を獲たら心身ともに自立し子どもや後身に御恩送りの日々を
 人間は自身の生きる目的である迷いの世界から抜け出て、真理を体感しながら生きることが出来た後、何をしたらいいか分からない人もいます。 ...続きを見る

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2015/03/04 13:18
今、アジアの人たちに御仏の願いを届ける
 昨日はフィリピンから日本に御仏の願いを伝える勉強をしている女性とそのお子さんとご一緒しました。  彼女は親戚に預けているもう一人のお子さんを来月迎えに行き、春から3人で日本で暮らすために一度帰ります。その時の土産として携帯用の六字の御名号と入れ物がある京都駅近くの店を案内しました。いつもお念珠の材料を求める時に行く店にもいきました。店の奥さんに簡単な念珠の作り方を特別に教えてもらい自作の念珠が出来上がりました。 ...続きを見る

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2015/03/01 09:10
義務が覚悟や決意に変わると苦しみが楽に変わる
 「こうあるべき」・「こうしなければならない」→「これでいい」・「これがいい」  このように変わった時点で目的が成就されます。  義務の段階ではとても苦しくて何度も挫折しますが、ある時点を超えて覚悟や決意に変わってしまうと執着が無くなります。 ...続きを見る

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2015/02/25 10:50
自分の力を完全に全て出し切った後にあるもの・・・・・・
 真理との邂逅などと難しいことを言っていますが、結局は自分の力は一切、間に合わないとハッキリ知らされることです。  中途半端な言動をしている人には知らされることはありません。  本当に精一杯自分の存在を賭けて、真理を体得したいと必死にじたばたした後に知らされることだからです。 ...続きを見る

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2015/02/23 13:12
いつも人や物には真正面で向き合う
 サイコパスや何かで殺そうとする、暴力を振るう気配が感じられる、または愚痴やわざと意地悪なことを言いやる気を削ぐような人以外には、真摯に誠実に私は対応しています。  威張ことも、威張られることもありません。  お互い対等な人間です。    この世での役目が大資本家や政治家や医師や学者でなくても、別にそれらの人より劣っているとも感じません。知識がなくて搾取されたり、戦争のコマにさせられたとしても、彼らに馬鹿にされる筋合いなどありません。    どうせみんな死んでいくのです。  今生で... ...続きを見る

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2015/02/22 21:12
些細なことで人の役に立つのに・・・・・・
 人間の能力など大して違いはありません。  それでも長く人間をやっていると本当にちょっとした心遣いが出来るか否かで、家庭や周りが明るくなることに気が付きました。    明るい家庭は父親やおじいさんが威張りません。絶対に女・子どもに手を出しません。  自分の力の方が強いし、威圧感を与えることになることをよく知っているからです。  彼らは冗談を言ったり、おどけたりわざと間違えたり失敗して家族を楽しませてくれさえします。  社会的地位がある人でも、家ではすすんでダメおやじを演じている人さえ... ...続きを見る

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2015/02/19 20:18
自分がよろこぶだけを乗り越えてこそ
 自分が真理との邂逅をしたとよろこんでいる人はいるのでしょうが、それを伝える人は余りいません。  それはおそらく相手が聞く気がないし、断られることが嫌なのでしょう。それでもそこを乗り越えないと先には進めません。  一円の得もないのにするのは損だと考えることは無慈悲だと感じます。    どうしたら伝わるのか、いろいろなことを考えて、実践して試行錯誤をしていく所存です。またまだ未熟ですが、人さまのお役にたてるような人生を送ってまいります。  http://ryuseizan.tsuvasa... ...続きを見る

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2015/02/18 20:04
病は死の便り〜今、ここで御仏を疑いなく信じて〜
後どれくらい生きられると思っているのでしょうか?  今病に苦しんでいるのはとてもお気の毒ですが、もし今回治っても死ななくなった訳ではないのです。 ...続きを見る

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2015/02/17 20:55
仰々しい正義の前でも私は私でいる決意
世界中が物々しく、一般市民は無力感に陥っているとき、私も何をしていいか分からず意気消沈しておりましたが、これでは御恩報謝になるはずもありません。  そういう中でも、御仏の願いを何らかの形でお伝えしていこうと決心しました。何かしている内に必ず協力してくれる人も現れてくると存じます。今までもそうでした。 ...続きを見る

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2015/02/17 09:39
真理との邂逅後見えてきたあれこれ
 ぎりぎりのところで、自分の力と徹底的に対峙したとき知らされたのは何もできなかったということでした。  御仏に全ておまかせするしかなかったのでした。  その後は何もできない自分から始まり、そこからはとてもよく世界が見す。 これは真理に近づくご縁になるとかならないとかが瞬時に判断できるのです。 ...続きを見る

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2015/02/17 02:35
どうしたら御恩に少しでも報いられるか
 御仏をはじめとして日々様々な御恩を受けているのに、私は何も報いることが出来ず、とても残念でなりません。  今を生きられるようになり、自身の使命も知らされているのに何かしたい気持ちだけが先走り、能力もなく空回りしている感じです。    中途半端なことがどうしても我慢できなくて、行き着くところまで徹底的に真理を求めた結果、もう絶対自分の力では間に合わないと知らされました。だから二度とまた探そうという状態に戻ることはありません。  それでも、ほとんどの人はそれほどまでに徹底的に自分が何者であ... ...続きを見る

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2015/02/16 23:54
知識と実践の間には途方もない乖離がある
 あれも知っている、これも分かっているという人は大勢いる。  でもそんなのはパソコンに言葉を入力して検索のところをクリックしたら一瞬で出てくる。  大切なのは心で何を感じるかを表現すること。  喜怒哀楽や温暖や意志や行動を起こさせるか否か等々。    知っていても何もしないのならコンピュータの方がずっと賢い。  この地球という星は行動が伴わないと学べないことになっているらしい。  何もしない人は傷つかない代わりに、何も学べない。  何かするとやり玉に挙げられ、いろいろ言われるけれ... ...続きを見る

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2015/02/14 00:41
御仏の願い
 何をしても安心できない、満足もできない。  本当は時間がうつろうことも何も変わることもなく、今存在するだけなのにそれが分からず、迷いの中でもがき苦しむ。  心が真暗で何も分からず、どこにいるのかどこへ行こうとしているのかもわからない。  自分が一体何者なのかそれもわからない。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/02/13 09:29
幼稚園では習わなかったこと
『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』の中の幼稚園で習ったことは以下の通りでした。  「全てを分かち合う   ずるをしない   人をぶたない   元あったところに片づける   散らかしたら元通りにきちんとしておく   人のものを取らない   誰かが嫌な思いをしたらごめんなさいという   食事の前には手を洗う   トイレは流す   焼きたてのクッキーと冷たいミルクは体にいい   バランスのとれた生活をし、少し学び、考え、お絵かきをし、歌い、踊り、遊び、毎日ちょっ... ...続きを見る

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2015/02/12 21:33
人間の真価は肩書を離れて評価される
 ある年齢が来たら最前線を離れる時がやってきます。  そのときにまだなお惜しまれて、こういうことをして欲しいとお願いされる人でいる。  それがそれまでしてきたことへの評価なのだと私は感じます。    頭がクリアで、身体が動くけれど、後進に譲らないと若い人たちは育ちません。  本当はいつまでもいて欲しいけど、そうも言っていられません。    定年が来たら今までとは違った形で、請われることをしていかれることが大切です。  どこからもお呼びがかからなかったら、子どもや孫のお世話をしなさ... ...続きを見る

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2015/02/10 19:08
大学生や子どもたちのためのみんな仲良く暮らすワークショップ形式の講義
ただ本を読んだり講義を聴いたりしても、自分の心にコトリと落ちないと、それは知っただけ覚えただけになります。  これだけコンピュータが発達してボタンを押すと詳しい情報がすぐ得られる時代に暗記中心の試験は無意味です。   講義も対話形式にして、分からない所を生徒が聞いてそれを教師が答える方式にしないと両者の需要(知りたいこと)と供給(分かって欲しいこと)の差は縮まりません。  何か知りたいことがあり、それに応えることが学びの基本でしょう。あるテーマに沿って、ある課題を提示してそれは... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/02/08 12:54
気高い志と使命を持って真摯に生きてたら気がつくと同じ人に囲まれています
恐怖や劣等感で過去や未来を気にして他人と比べて生きることを止めませんか。  不平不満を言っているとそこから抜けられません。  そこが嫌なら別の人たちの集まる場所に行ってしまったっていいんです。  思い切って今の環境とは違う人たちのいるところを覗いてみませんか。 ...続きを見る

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2015/02/01 21:48
人の命は重いです
人質にされ亡くなられた世界中の方々のご家族に心よりお悔やみ申し上げます。   少なくても元気でまだ生きられたし、生きたいと思っていたのに無理やり命を取られたならご本人もさぞかし無念だったでしょう。やり残したことなどがあったでしょうし。 ...続きを見る

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2015/02/01 19:52
心が動くのはきっと自分と同じ嬉しい感覚を見つけたときなんだ
 これだというものを見つけると一時期理想に燃えますが、線香花火のようにパッと燃え上がり、持続させる忍耐力がありません。  瞬間にパッと飛びつくことは簡単ですが、理想を理念にまで持って行ってそれを持続させる地道な努力を続けることは大変です。時には自分の殻を破って今までしてこなかった方法や思い切った自己改革なども必要になってきます。  そうなった時が分岐点です。それでも心惹かれるものと一緒に何かしたいと思うか、自分には無理だと諦めるか。 ...続きを見る

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2015/02/01 11:53
世界中の人が安心して生きられるような世の中にする子どもを育てましょう
どんな場合だって誰でも安心して生きたいと願っています  どこの国のどんな時代の誰であっても死にたい人なんていません。  なぜ無差別で人を殺す空爆を止めないのでしょうか。  20世紀の戦争で明け暮れた時代はお終いにしませんか。    どうして力を誇示したがるのですか。  みんなで食べ物を作って生命の歓喜の溢れた歌を歌いましょう。  どうして人よりたくさんお金や物を持って、自分以外の人たちから奴隷のように搾取する必要があるのでしょうか。 ...続きを見る

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2015/02/01 01:21
経験したことと想像力で補えることなど
今心身の病気で苦しんでいて次の3通りの医師がいたとしたら誰に診てもらいますか。   @死への恐怖や疼痛などを患者として経験した新米の医師 A自分は病には罹っていないけれど臨床でたくさんの苦しみ悩む患者を目の当たりにした医師 B医師免許はあっても診察などの臨床の場には出ないで病気の研究を重ねる医師。    私ならBの医師には診てもらいたくありません。恐らくこういう人は病院には来ないでしょうから大丈夫かもしれません。これらの人の中には病気を治す何かを発見できる人もあるか... ...続きを見る

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2015/01/31 15:24
世間虚仮
 「世間は虚仮なり、唯だ仏のみ是真なり」 (上宮、聖徳法王帝説。天寿国繍帳銘文)  「世間は無常であり、世間という場所もまた虚構である。ただ仏の願いのみが真実である。」というように私は解釈しています。世間を時間と空間両方の意味に捉え、全てが夢幻の実態のないもので、その中は無明の闇で昏く、真理が見えず、人間たちは欲にまみれ、お互い傷つけ合って生きています。 ...続きを見る

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2015/01/23 12:44
子どもや生徒の幸せをほとんどの親や教師は願うものです
 人間同士は心の内が見えないので、自分の都合のいいように相手の気持ちをとらえます。  そして、中には自分の名利のために他人を利用するサイコパスのような人もいます。  それがわかったときはさっさと逃げないとなりません。    元いた真宗系の団体で会長を含め会が信じられなくなったきっかけは、会長の「剽窃」の事実をインターネットで目の当たりにしたことでした。一つや二つではなく、ほとんどの彼の書いたものは他人の物の丸写しか、ちょっとだけ言葉を変えたものかでした。  他人のものを自分の書... ...続きを見る

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2015/01/23 12:40
自信教人信
 「自信教人信 難中転更難 大悲伝普化 真成報仏恩」 善導大師の『往生礼讃』のお言葉です。 「みづから信じ、人に教へて信ぜしむること、難きがなかにうたたさらに難し 大悲を伝えてあまねく化す、まことに仏恩を報ずるになる」と読みます。    自ら信心を賜ることそして人にも賜ってもらうことはとても困難です。御仏の深いお慈悲を伝えて、御仏の願いがそれぞれの心に届くことが 本当の御恩報謝となります。 ...続きを見る

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2015/01/22 20:02
温室の中での互いの讃美
  かつていた真宗系の団体では自分のところだけが正しいと言っていました。   同会が発行する新聞や書籍などの印刷物にも自分のところが正しいと相手を批判することばかりを書いていました。   それを講師も会員も信じてほかに行けなくなってしまっていました。 ...続きを見る

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2015/01/21 22:50
先生や人生の先輩には何かしらの考えがあるものです
 三次元の世界では他人の心が見えません。  先生や先輩などに私は恵まれています。  ときどき厳しく、冷たい態度を取る方もありましたが、避けていると何も身につかないし、自分にはわからないだけで 「何か深いお考えがあるのだろう」と今まで必死でついてきました。  その結果、自分が思ってもみなかった何かの意図があったことがわかり、今ではとても感謝しています。    もし何も教える気がないのなら、適当に差し障りの無いように接して来られたでしょうが、何かあるのではないかといつもそれを自分で考え探... ...続きを見る

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2015/01/21 08:42
優越感を持って他人を責めても何もなりません
 超人的な素晴らしい人だとか、目立ちたいとか思われたいから真理とか御仏の願いとか書いてるって思われてたら、とても悲しいし残念ですが仕方ありません。  所詮人間同士です。仏さまからご覧になれば上下などありません。お互いが自分自身の使命を持って生まれ生きているだけです。  自分がいかに自分を認めてあげられて、優しさの中で生きられるかどうかです。 ...続きを見る

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2015/01/20 22:08
真実に従ってください。人じゃなくて
 元いた真宗系の団体は私にとっては入ったすぐから、会長も組織も何もかもが滅茶苦茶でした。  それでも教えが正しいと信じて長い間所属していました。  あるとき会長の剽窃の事実をインターネットで確認して、スッカリ心が離れました。  真実の教えを真摯に弘めようという人は剽窃などしません。  親鸞聖人などの善知識と言われる方々は、必ず釈尊や他の高僧のことを出される時は誰誰が言われたことだと根拠を示されました。 ...続きを見る

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2015/01/19 21:35
まず肯定することから始めませんか
  自分と他人はつながっていると考えるか、全く別物で分断されていると考えるかで人生を楽に生きられるか辛いことが多いか決まります。  もちろん「肯定」する人の回りにはたくさんの人が集まり、笑顔が溢れます。 そういう集団は、来るものは拒まずの去る者は追わずのスタンスなので、あっさりして後腐れもないので気分が楽で居心地がいいです。 ...続きを見る

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2015/01/18 15:32
人生の学びは真理との邂逅を果たし、たくさんの相手共によろこべるか
 「おんなじだね」娘は子どもの頃、よくそんなことを言ってニコニコして報告してくれました。 同じであることが嬉しいようでした。  「そうだね。おんなじだね」と応えるととてもよろこんでいました。    真理との邂逅を果たした境地を仏教では「一味の境地」といいます。  同じ心持になれるのです。  見かけや持っているもの徳や置かれた立場や知恵などはそれぞれが異なりますが、真理との邂逅を果たしたという点では全く一緒です。 ...続きを見る

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2015/01/17 22:56
今、悩みがあるとするなら・・・・・・
 何も食べなくても、飲まなくても生きていられるなら別に口に入れたいとも感じません。  海外に行く目的も昔は絵画など美術品や風景など綺麗なものを見に行くことでしたが、今は真理を知りたい人たちに現地で話がしたいだけです。英語で分かるならと思って研鑽しています。  昔から人に褒められるより、仏さまだけが知っていて下さればそれで満足でしたが、今は何もかもご存知だと分かったので意識しないでいろいろ自由にできています。    病気になったら高額の治療などしないで、枯れるように還ります。  お金も宝... ...続きを見る

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2015/01/14 00:13
真理だけ仏さまなどから聞ける人なんてほとんどいません
 真理との邂逅を強く願ってから、信心を賜るまでに30年近くかかってしまいましたが、どうしても今を逃したらいけないと危機感を感じて1週間も経たないうちに、最後の最後は本当にあっという間のことでした。あれだけ疑っていたのが、全く何の不足もなく信じているというより、きづかせていただいたように光が差し込んで、闇が全く晴れたようなそんな感覚に救われました。完全に真理と私は欠け目なく調和している状態が6年間ずっと続いております。 ...続きを見る

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2015/01/13 21:52
昨年学んだこと
 付き合う人は慎重に選ぶこと  やる気の温度差がある人とは同じ教室で学べない(能力ではない)  他人を尊敬できない人とは挨拶くらいにしておく、場合によっては挨拶も止める  日常、困っている人がいたら、さっと手を差し伸べられる人は信用できる  例)落としものを拾う。ベビーカーを運ぶ。大変そうな誰かにさっと席を譲るetc. 先生は有難い  人は本当に困らないと変われない。  昔は見合いで結婚できたが、今は最低限のコミュニケーションが取れないとお付き合いすらできない人が多くいる。 ... ...続きを見る

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2015/01/12 01:11
真理と方便の関係
  まず、真理が分からなければ何が真理なのか方便か全てが分かりません。   だからこの二つが分かるのは真理との邂逅が出来た人です。 また、方便のことを言われる「世間虚仮」とはとても誤解を生みやすい言葉です。   今、火のついた火事が出ている最中の家で暮らしているように安心できない、この世のすべてのことは全て空ごと戯ごとであり、真であることはない。ただ御仏の願いによって救われることこそが真理であると親鸞聖人は教えてくださいます。 ...続きを見る

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2015/01/11 13:49
真仮の水際
 疑いが晴れたときのことを貧困な語彙や拙い表現力ではありますが、書いてみました。  長年の私にとっての聞法とは内陣から御仏の打ち出す真実の玉と外陣にいる私の雑行・雑種・自力の玉の戦いでした。御仏の真実の玉をひょいひょいとすり抜け、全く役に立たない自力で応戦していたまことに愚者の私でした。 ...続きを見る

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2015/01/06 10:47
宗教家と求めている人に願うこと
 法を説く立場の人は信・未信に関わらず、自分の欲得の為に法を捻じ曲げることは全人類を不幸のどん底に堕とします。これは絶対あってはならないことです。   もし未信であっても、とりあえず、お経やお聖教のお言葉を自分の思いを入れずにそのまま説くことは可能です。御縁の深い人はそれを聞いただけで救われることもあるからです。  自信教人信が理想ですが、そこまで行くのは御縁の深い人であり、なかなかいません。  4,50年の期間がかることだって普通にあります。それくらいかかろうとも今生で救われたらそれでも... ...続きを見る

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2015/01/05 22:03
信心を賜るのは一つの通過点という事実
 真理との邂逅をした人、他力の信心を賜った人は知者であり人格者であるという幻想が私にはありました。世間のいろいろな酷いことを見聞きしてきたので、尚更に清らかな世界に憧れていたのかもしれません。 ...続きを見る

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2015/01/05 10:38
無い袖は振れない
 弥陀は泣く  振れないはずの  無い袖と  後生大事に 椅子に腰かけ    何もしてもらっていないのにお礼を言う事は出来ません。  それなのになぜ多くの日本人は御仏の名前を称えるのでしょう。  それも嬉しそうに感情をこめて。  私にはいまだによく分かりません。    そのまま来いといわれる召喚の呼び声が心に感じられたならば、それ以後は嬉しくて懐かしくてまるで親に呼びかけるようにお名前が口から出てしまいます。  大好きな人やお名前を用事も無いのに呼んでしまい、その相手さまか... ...続きを見る

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2015/01/04 17:23
おかる同行の信心から
  信心の事は日頃は、御仏と一体になっているので、6年ほど前より当たり前になっております。  まだ信心を賜っていない人にはお話をさせていただく事が私の御恩報謝と思っております。  名医ならまたは自身がその病にかかっていて克服したものなら、同じ病に罹っている人がいたら放っておけません。  私は説法をする名医ではなく、無明業障の怖ろしき病を御仏より治していただいた、ただの凡夫ですが、そこに至るまで(疑いが起きてそれを晴らさせていただくまで)の辛く苦しい心の道程、苦悩・葛藤などは忘れたくても忘れ... ...続きを見る

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2015/01/04 11:58
サウサンプトンの想い出の短歌
The Memory of Southampton  英国の eikoku no 夏の終わりの龍宮城 natu no owari no ryugujyo 窓の初雪 mado no hatuyuki これも夢なの kore mo yume nano ...続きを見る

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2015/01/04 11:20
徹底した真理との邂逅を一人でも多くの方々に~初春の決意〜
 宗教的体験を語る人はたくさんいます。  しかしながら幻想を見聞きしたり、また元に戻ったり中途半端なものが多いのは残念です。それから誰かの話を聞いている内に、自分のこととその人のことが混同されて、信心を賜ったつもりになり安楽椅子に腰かけている人たちもたくさんいます。元に戻った自覚がある人はいいのですが、「つもりの信心」ほど始末に負えないものはありません。    これが地位も名誉もない若い人なら指摘されて、これは大変とまた求め出しますが、何かの権威とかで社会的立場を獲ている人たちは絶対認めよ... ...続きを見る

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2015/01/02 17:35
自分をどう見せるか、どう思われるかとかよりただ必死に生きてきた日々
 ずっと死んだ後どうなるのか恐ろしくて、そのこと一つ解決したいと思って生きてきました。だから、人生をいつも特に楽しいとも感じずにいました。  何だか休む暇もなく動き回るのは性分みたいで、真理を賜る事に自分の力が何一つ全く間に合わないということが知らされた、死の解決が出来てもあまり変わらないようではあります。 ただ、無味乾燥だった世界が少しずつ味わえるようになった気はします。何だかいつもくすっと笑っちゃえるような。  御仏の願いを賜ってからは、振り返ると訳も分からず、直後からインタ... ...続きを見る

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2014/12/31 23:59
真理との邂逅は目に見えない世界だから難しいけど易しい
 この世のことならたとえば、ビジネスでの成功、難関大学への入学などを成し遂げた人が割合たくさんいます。そしてその人たちが講演をしていたり、ハウツー本を出していたりします。  目的を見失わずに、言われている、書いてある方向に向かって努力すれば、それなりの成果は得られます。 ...続きを見る

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2014/12/31 11:10
真理や事実を知るために何をしたらいいか
  何か起こった事実なら、そこに行ってその時のことを聞いて回り、自分の足や目や耳を使って直に取材すること。二次情報ではなくその場で体験した人の書いたものや話を集める。どこかのジャーナリストが言っていることですが、とても重要です。 ...続きを見る

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2014/12/30 20:34
疑いが晴れてこそのよろこび
あなたとの 出値いのときから 消えていた 要らぬ疑い これがくせもの  ...続きを見る

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2014/12/30 09:42
今後は私も引いちゃうよりネタにして笑い飛ばしましょう!
先日はある研究の第一人者である先生のお寺をお尋ねしました。友だちと二人で参りました。  先生に対しては元々尊敬の念を持っておりました。学者としても、お人柄も素晴らしい方です。驚いたのはやり手?というかエネルギッシュな奥様でした。  お二人で何でもネタにしてブラックジョークも交えながら、笑い飛ばされているのにはびっくりしました。 ...続きを見る

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2014/12/29 19:34
一味の心境にある人は何となくは分かります
 もちろん真理と本人さまのことなので、正確に絶対同じ心境にいるかどうかは言えません。また、数日前は違ったけれど、今日の今の時点までで真理との邂逅をしているかもしれません。こればっかりは分かりません。  今、この場で直ちに真理との邂逅は出来ますので、念々のことなのです。  こんな理由で、あの人はまだ信心をいただいていないと、未信の人だと本来ならば非難することもできません。それに自分が賢くて努力だ出来て賜ったものではなくたまたまのご縁で何の不思議か全てが御仏の方からのことなので、早く同じ身に救わ... ...続きを見る

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2014/12/28 21:36
研究者の陥りやすい罠
 最近気がついたことがあります。  研究者は研究して「○○(人名)についての考察」などといった論文を書きますが、いつの間にかその研究している対象の人たちと自分の考えとが一緒くたになってしまうことです。  誰かとその内容について話しているとき、研究の対象者本人はこう言っていたというのですが、 「ではあなたはどうお考えであり、どう感じているのですか」と問い返されるととっさに出てこない。  本当に分かり切っていないと相手を納得させられません。  別の人はこう言っているということを言われる方も... ...続きを見る

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2014/12/28 13:37
感謝もお礼も要らないから、ただ嬉しい笑顔だけ見せて!
悪く思われないように親切にすると、感謝され、お礼を言われることを求める気持ちが出て来るので、自分がその都度、したいことだけ昔からしていました。    いい人だと思われなくても全く構わないのです。相手が笑って嬉しそうにしているのを見ることが好きだから。  「意地悪力」は全然身についていなかったし、計算を全然しないので、そういう人間がいるのを信じられない人から誤解され、嫌がらせを受けました。自分が思うように考えていないのと、見返りを求めないのが信じられないので癪に触り目障りだったのでしょう... ...続きを見る

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2014/12/24 23:16
これしないと悪く思われ、すると見返りがある打算じゃなくて、今、目の前にいる人がタダ嬉しいだけでいい!
 頭の回転が速くないし、面倒なことが苦手なので画策とか計算とか私はしないんです。  今、この瞬間そこにいる人の気持ちが明るく、共に学べたらそれでいい!    御仏をはじめみなさまのお蔭様で本当にいろいろなものに恵まれているし、何といって欲しいものもありません。一息切れて死んだ先も全て御仏に任せてあるので何の心配もありません。世間が決めた善悪も自分にとって必要かそうでないかと捉えられるようになってきました。 ...続きを見る

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2014/12/24 11:36
余程のことがないと、人は自分が死ぬと感じない
 今死ぬと思えたならば、できるだけ他人にやさしくしようと努めます。  もう二度と会えないのなら、文句を言うより優しい言葉をかけようとします。    意地悪力を磨くのはいつまでも生きていられると思うから。そして死んだあと、何もなくなると漠然と生きているから。  もし、今日が死ぬ日で、死後自分がしてきたことを反省して、償わなければならないなら、少しでも自他ともに明るく楽しくなる生き方をするでしょう。  自分の遺志を継いくれる人がいて、今生でできなかったことを託せるなら、自分の持っているもの... ...続きを見る

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2014/12/22 20:02
目的は果たし、使命のみなので気楽で面白く生きてます
変な人がいたり、理解の限界を超える人との遭遇もありますが、そんなに深刻にならず意外性を楽しみつつ、結局最後は冗談にして茶化して、笑っちゃっています。  不謹慎だと私のことをよく知らない人には、叱られるかもしれませんが、それが一番。  わかんないものはどんなに頑張ってもわかんない。  美的感覚が合わないものは受け付け不可能。  最低限の常識がない人、意地悪力がすごい人とはつきあわない。 ...続きを見る

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2014/12/22 19:56
その人の真摯さで物事を判断してたらもっと早く見切りがつけられたのかも
  信心はその人がサイコパスだろうと何だろうと関係なく給われます。   しかしながら、信心を説く人がサイコパスだったり、途中から目的がずれていたら、そんな人について行っても、きっとお金やその他を巻き上げられて、死ぬまで救われないでしょう。   自分や家族などの身内が救われることだけしか考えていませんから。もしかしたら家族もどうでもいいのかもしれません。自分が救われたら、その後はどうしたら自分の欲が満たせるかそのことしか考えないと私は思い至りました。 ...続きを見る

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2014/12/13 18:35
本来の目的がゆらいだ結果は・・・・・・
全てのことには目的があります。それに向かって物事は進みます。この目的が忘れられたりずれたりすると推進力が停滞し、横道に逸れたりします。  人間はそれぞれが生まれる前に計画した使命を持って生まれてくるという考え方があります。それが楽しいものか、壮絶極まりないものなのかは本人が決めたこと。  その人生での学びの度合いや使命を果たすのにふさわしい両親や環境などを決めて来るのでしょう。 ...続きを見る

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2014/12/13 10:44
救われない宗教をとんでも「江戸しぐさ」から考える
今日は「江戸しぐさが」とんでも話で、江戸時代のものではなかったことについて、資料を調べ先生のお考えを教えていただきました。  江戸時代の一般庶民の男女関係を杉浦日名子さんを通して修士論文に私は書く予定です。それについても、江戸時代への憧れや期待や願望というものが先に来て、冷静になれずにいると、うそを信じたり、さらにそれを書いてしまったりすることを気を付けようと強く感じました。 ...続きを見る

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2014/12/12 20:15
二人の伯母を悼む
7月に父の姉が、その少し後に母の義姉が逝きました。  なので今年は年賀状を書く気がどうしても起こりませんので失礼させていただきます。  二人とも80台半ばでした。おばあちゃんは92まで生きていたのでちょっとだけ早く感じて、残念でした。 父の姉は息子夫婦と孫暮らしていました。母のほうは伯父がずっと昔に亡くなり、目が不自由で整骨院を経営する従妹と2人でいました。 ...続きを見る

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2014/12/11 21:12
西へ西へ向かうアメリカ人たち
 浄土仏教のお同行は「西へ向かう」と聞けば、阿弥陀仏のお浄土に向かうことを連想します。  ところが、アメリカ人は西部開拓やその後の日本を含めたアジアへの侵攻で自分たちが世界を支配してきたことを考えるのかもしれません。 ...続きを見る

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2014/12/10 06:19
御恩報謝
今日は授業で短歌を詠みました ...続きを見る

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2014/12/09 05:58
本当に有難い先生方と大学と周りの方々
 今まで自分でコツコツと私の使命である実践宗教家としての御仏の願いをお伝えするそのための方法を毎日考えては改良してきました。特に言葉に関してはとてもとても眠れないほど考えます。  そして、同時に教師、カウンセラーとしての私は真理との邂逅どころではない人たちに、いま直面している問題であるジェンダーやフェミニズムでの困難さを緩和できるようなことも、これもずっと大学以来、民間研究家として取り組んでおります。 ...続きを見る

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2014/12/04 21:25
その気になれば出来ること
 今日は午後から友だちのチアリーディングの舞台のある高槻に行ってきました。  手作り市の会場の舞台で子どもたちの次に大人の部で踊っていたのを拝見しました。ミニスカートでのスリムなスタイルと満面の笑顔でステージを駆けまわる様子に元気をもらえました。彼女はマラソンにも挑戦しています。 一般の人の前に出るのが苦手な私は舞台で踊るとか、街頭に自分の顔のポスターを張るとか、ラジオで話してもテレビは出ないでしょうが、自分の出来ることを思いっきりしたくなりました。 ...続きを見る

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2014/11/30 18:46
今生の自分の使命と学びの範囲
この人には何を言っても今は分からないだろう。  これが、今生では絶対無理だろうに確信したときは、その人からさよならする時です。  努力すれば何でもできるようなことを無責任な大人たちから小さい時に教わります。  これは嘘です。  出来ないことの方が多いのです。  100メートルを10秒切って走ることが出来ないことなど超人的なこと以外でも、出来ないことなど日常にはたくさんあるのです。 ...続きを見る

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2014/11/28 06:14
心に響く講演とは
 今通っている大学院は阪神淡路の震災で被災しました。  大学も壊れ、近所の方の避難場所にもなったようです。  住民の方々と共に復興の道を歩んできたと聞きます。    通学路では、新しい家が立ち並びます。  はじめどうしてこんなに新しい家ばかりがあるのかわかりませんでしたが、あるとき西宮北口を降りて付近を散歩した時にきづきました。この辺は震災で壊滅して、区画整理の元に新しい街が出来たのだと。 ...続きを見る

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2014/11/26 08:42
使命を果たす者は傍観者ではいられない!
 私は今生の残りの人生を高いところから見下ろすような傍観者ではいたくない!  今、嘆き悲しむ人がいるのに、それに手を差し伸べる試みもせずに、ただ気の毒だと観ているなんてできない!   何の役にも立てないかもしれないけれど、私ができることをできる範囲でさせていただいている。 それは周りの人に対するちょっとした言葉や文章や明るさやいつも機嫌よくしているような些細なことかもしれないけれど。  平凡に波風が立たないように保守を決め込んでただ食べて寝て年を取って、死んでいく人生なんて真っ平御... ...続きを見る

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2014/11/25 21:03
趣味や気晴らしでの文章を私は書かない!
ある人はツィッターや投稿記事などを、また別のある人は雑誌への投稿論文やシンポジウムの発表を本業の気晴らしだと私に言いました。  初め何の事だか意味が分かりませんでした。  なぜなら私は自分の生涯の中で、そんなことをしたこともないし、考えたこともないからです。 ...続きを見る

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2014/11/24 18:29
あなたの今生のプレゼントである最高の書籍や論文を一つ教えてください
 その時、その時、研究者として問題意識を持って生きていたら、何らかの形でこれだけは伝え残しておきたいものが書き残せるはずです。  初めの大学の法学部での卒論は、明治の民法典論争について書きました。封建的な「家」制度が無くなれば女性は幸せになれるのではないかと当時は思っていました。  それから約30年が経ちました。二度目に三年次編入した大学での論文は「モラハラ・DV」のテーマで書きました。大学卒業から現代までの30年間の女性に対するハラスメントの先行研究を書きました。封建的な家の概念が形骸化し... ...続きを見る

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2014/11/22 00:24
人間関係のツールが違う人たちと関わるには覚悟がいる
思いやりや優しさの言動を以て自分以外の人とコミュニケーションを取ろうとする人と、暴力や脅しで言うことを聞かせようという人のアプローチの仕方はとても異なります。 ...続きを見る

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2014/11/17 07:51
「円満調和」にします。「絶対調和」はよして
 今日もいろいろ考えていましたが、やっぱり「絶対」という言葉の響きにどうしても違和感があるので、「円満調和」に変えます。またもう少しいいものを見つけた方はお知らせください。 ...続きを見る

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2014/11/14 23:06
『悪魔の手紙』
 英語の授業でこの本の講読をしています。  イギリス人のルイスの作品です。  新米悪魔が受け持つキリスト教に改宗した「患者」を再び悪魔の道に誘い込むノウハウを叔父の大先輩の悪魔が指南する内容です。 ...続きを見る

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2014/11/12 22:13
簡単にできていると感じるようなことも実は多くの複雑な御縁で成り立っている 
水一杯飲むのにも、洋服を着られるのにも、雨露しのげる家に住めるのもたくさんの人のお蔭で出来ていることを忘れてしまいがちです。  蛇口をひねればきれいな水が出て、糸をつむいで布にして縫製しなくても既製品が売っていて、大工さんが建てた家に住んでいる私たち現代人は何でも当たり前になっています。 ...続きを見る

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2014/11/07 23:29
百年も 真理知らずに 生きるより 真理知って 一日生きよ
 自分の力は何一つ間に合わず、何の苦労もなしに救われてしまったことを涙ながらによろこんでいますと言われる方があります。  本当にその通りなのです。私たち人間の力は一切間に合いません。  全て御仏がお膳立てしてくださり、御恩報謝のお念仏を称えたりする心まで賜ったら、どうして御恩返しせずいられましょうか。 ...続きを見る

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2014/11/07 00:30
共に御仏のお名前を称え御加護を賜っている実感を念々ある嬉しさ
一緒に信心をよろこんでいるお同行から、今朝はこんなメッセージを頂戴しました。 「以前は、人やものに感謝してもむなしさがついてまわりましたが、救いに値ってからは、むなしさがどこかに消えました。これも阿弥陀仏のおかげだと思います。今日も充実した一日を過ごしたいです」  とても前向きで、生き生きとした気持ちが伝わってまいります。  御仏と二人でもいいですが、ほかにもよろこびを分かち合うお同行のあることは素晴らしいです。 感謝していること  昨日は藤原京跡と飛鳥に行き、今日は国立博物館で「... ...続きを見る

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2014/11/06 08:32
賜ったものをずっと願っていて、常によろこべたら御恩報謝せずにいられない
 御仏への御恩報謝を常行大悲をとも言われます。これも自身が何かするというより賜った真実と共に生きることが嬉しくて嬉しくて何かさせていただかずにはいられないという感じです。  御仏の側から賜ったもののお礼まで、させていただける気持ちを起こさせていただいています。怠惰な私が御恩報謝させていただこうという気持ちなど起きるはずがありませんから。 ...続きを見る

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2014/11/05 06:55
誰かの為にどうしても訴えたいもやもやを言葉に出来たら感動が伝わる
 言葉に表せない信心を賜った世界を御仏が教えてくださるヒントや頭の中や経験や全てを総動員して文章に書き始めてからもうすぐ5年になろうとしています。 ...続きを見る

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2014/11/04 10:46
去年と今年の秋のバラ
去年はバラを見るために福山に小旅行に出かけました。   そこでは失ってしまったオメガの苗を探していました。   今年も枚方のバラ園でバラたちに会うことができましたし、オメガも探しましたが、違った見方ができました。   オメガは縁があれがばまた私の手元に来るだろうし、今、家にある3種類のバラや他で咲いているものをその時その時、楽しもうと。 ...続きを見る

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2014/10/27 17:45
全体・連続・永遠な悠久を感じつつ、足元の今に目を向けましょう
現実の実際の生活は単調で変化がなく、同じことの繰り返しです。  食べて寝て起きて子どもが親になり死んでいく。    日本でも原始人や弥生時代位の人たちはこれを繰り返していても、何も疑問に感じずその日暮らしをしていたのでしょう。  それから後も今日に至るまで、一般の農民や物作りをする人たちなどは蓄えも持つことが出来ずやはり、日々の生活を繰り返してきたのでしょう。    国が出来て、その首長らが自分たちの持ち分を増やそうと戦争を重ねたのが今までの歴史です。  それで... ...続きを見る

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2014/10/25 20:00
資格を取ったことはただの出発点で、それだけではほとんど貢献できません
資格をたくさん取りましたが、それだけでお金が稼げるとは私は思っていません。  起業するには経験やスキルが必要です。  誰かに雇ってもらうには、尊敬できて喧嘩別れしないような謙虚な優れた経営者を探さなくてはなりません。 ...続きを見る

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2014/10/24 22:08
正しさの真の意味を知る人は、正しいものに従えとは絶対言わない!
 この世は相対の世界なので、真の正しさなんてどこにも存在しません。  時代や場所や個々人の都合に依って「正しさ」が異なることを知っている人が正しい判断のできる人です。    ではなぜ人は正しさを声高に叫ぶのでしょうか。  おそらく自分に自信がないのでしょう。だから他人に負けたくない、つまりは劣等感がなせる業です。  劣等感のベースにあるのは、他人に攻撃されたくない、従いたくないという怖れでしょう。  その底にあるのは死にたくないという死に対する怖れでしょう。 ...続きを見る

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2014/10/21 21:18
「理論と実証について」
 理論がしっかりしていても中身が存在しているか確かめられないのでは何もなりません。体験はあってもそれが、全ての人に当てはまるかが理論的に証明されないと人が信用しません。そして理論が難しすぎて分からないとまた信じられません。 ...続きを見る

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2014/10/20 08:46
極論かもしれませんが、人間は大きく2種類に分類出来るのでは
 真理を求めて生きる人とそうでない人の2タイプです。  一つのタイプは、煩悩を満たすほかに真理のようなものが必ずあるはずだとそれをどんなに苦しくても求める人。 もう一方は、ただ単に煩悩の中にとっぷり漬かり、煩悩を満たすことが出来、浮かれてはしゃいで、楽が出来ることが自分にとって是であり正しいと感じる人。 ...続きを見る

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2014/10/19 18:12
相対の人間の頭で絶対の真理・光を信じることは不可能
 ちょっと考えれば分かることですが、言葉にしてみないと分かりません。  頭で考えるのではなくて、真理・光などと一体化したことが分かった時が信じたときという表現の方がより近い気がします。  また、一体化するというのも自分とは違う他者がどこかから飛んできてくっ付くとか入り込むというようなものではなく、自分と思っているものと、もともとそれも含めて全体として一緒に初めから共存していた不可分なものの存在とが波長が合って両者がつながったときが信じたとき、言い換えれば、知らしめられたとき、賜ったときという... ...続きを見る

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2014/10/19 13:18
信じ切れるとこ・信じられなくても信じることの違い
 真理との邂逅はもちろん信じ切ること、信じて疑いが全く無くなることです。  しかしながら、真理との邂逅を果たしても、今生の残りの人生を生きていかなくてはなりません。臨終が邂逅の時なら、そんなことは気にしなくてもいいのかもしれませんが、せっかく人間に生まれてきたのですから、今の自分の姿で出来ることを生きている限り精一杯生きていく所存です。    真理と一体になると、煩悩の酔いの中、それが歓喜に変わりよろこびの人生が始まります。嬉しいことは嬉しいのですが、元々最低限、身体を維持する以外は煩悩に... ...続きを見る

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2014/10/15 07:46
御恩報謝に邁進する
  ちょっと昔に、えんどう豆の上に寝たお姫様についての記事を書いたことがあります。布団を20枚くらい重ねた布団の下の方に一粒入れてあったえんどう豆が気になって眠れなかったお姫様の話でした。    同じ人間でも何かちょっとしたことが気になる人と、余程のことがないと何も感じない人がいます。全体の中の何パーセントかは、そのちょっとしたことが感じられ、気になるらしいのです。みんな自分のことしかわからないので、自分が感じやすいかそうでないか知るには、周りの人の話を聞くことや、映画やドラマや本の中の人た... ...続きを見る

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2014/10/12 23:10
組織を創り、自前の建物を建てる意義について
 確かに組織があることで目的が早く達成したり、より多くの人に伝わったりすることはあります。  しかしながら、組織があることで、腐敗が起き、建物を維持するためにたくさんのお金を集める必要が出てきたりします。     組織の長が尊敬できる自らを律して、私利私欲を超えて、組織の内外の人たちのことが考えられ、なおかつ先の時代まで見通せる人であるならば、それは成功する可能性もあります。   ただし、伝統的な組織の代替わりの中なら、帝王学のようなことが教えられているでしょうが、そうでない場合の成り... ...続きを見る

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2014/10/12 19:32
余程のことがない限り尊敬の念を持って私は人に接します
妬んだり僻んだり羨ましいということがないせいでしょうか。  他人が羨やましい気持ちを持つ人は、反面相手を恐れる気持ちがあるので、攻撃したり失礼な態度をとるようだということもわかってきました。    オーラが茶色とか、めんどくさいという言葉を発することがない人には私はいつも尊敬の念を持って対応するように心がけています。  とにかく、初めににっこりそして穏やかに、その人がそのとき私に出合ってよかたっと思ってくれるように、佳い言葉、元気が出たり、人格を尊重し尊敬するような態度をとります。 ... ...続きを見る

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2014/10/10 23:42
迷いの中に暮し、その迷いが大好きでそこから抜け出したくない人が大半です
人間のほとんどは、迷った状態しか知らないので、そこで勝つこと、たくさん何かを持つこと、人を顎で使うことなどが楽しくて仕方がないのです。   煩悩の刺激が酒や麻薬のように作用しています。      真理の素晴らしさをいくら話しても、そんなもの要らないと言い放ちます。   仏さまの願いを賜ることを研究する学者も僧侶も求める人は非常に少ないです。 真理を求める心と学者としての学問的興味はまた別です。  職業とし僧侶をしているのと自らが迷いから抜けて真理をお伝えするのとも大きな違いがあ... ...続きを見る

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2014/10/04 19:33
直すというのは正しさを知っている人がすること
 真理との邂逅は結局、全ての空間は空っぽで何もなくそれが全てだということを鮮やかに知らされた体験でした。  真理であるという事は何かあったらそれは真理とは呼べず、イコール何にもないすなわち、空ともいえるものですから、そこには人間があれこれ言うような正しさも間違いも存在しない。自分が思い描いていた真理とは全く異なった次元の想像が及ばない世界です。  人知を超えているのです。  ただし、真理というのは何もないのですが、人知を超えた智慧を持ち、温かくてよろこびを与えてくれる光のような性質があり、... ...続きを見る

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2014/10/03 09:27
仏さまじゃなくて人間に人生をゆだねちゃったら、その人が倒れた時一緒に倒れるよ
人間ほどあてにならないものはないんですよ。  だって、限られた命しか持っていないもの。  生きてるときはどんなに頼りになったって、先に死んじゃったら、それは最大の裏切りだから。  私より長生きしてっていくら願っても、無常の風に吹かれたら置いてかれちゃうから。  人間じゃなくて永遠の命のある御仏、言い換えると宇宙の真理みたいなものを信じなくちゃね。    家族や友達や恋人の人生を束縛して、不自由にさせている人がいたら、そろそろ解放してあげてね。  その人たちに、自分は自分のできる... ...続きを見る

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2014/09/29 19:56
自分の人生に責任を持つ
 一人一人が自分の使命を全うする自覚を持ち、今この瞬間を精一杯、他人のせいにせず物事を遂行していったら、争いも起こらずみんなが光の中で笑って生きていけるのでしょうが。  自分じゃない人のために生きてたり、誰かの言いなりさせられたり、過去や未来にこだわったりする人ばかりで、そして、そんな人たちはそのことにきがついていなくて。 ...続きを見る

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2014/09/29 19:40
英国の湖水地方である夏の日、草原を渡る風や湖の向こう側の雲間から差し込む光の中に一人いました
 幼少の頃から、外で絵を描いたり、筆を止めて、風に吹かれながら温かい光たちがあちこち反射しながら遊んでいるのを黙って見ているのが好きでした。  言い換えると、移りゆく、ゆっくりとした時間の流れの中に身をまかせて、宇宙全体と一体化したその瞬間の積み重ねを全身で受け止め身をまかせることを楽しんでいました。 ...続きを見る

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2014/09/28 11:53
術後、更なる活躍を期して養生中のmate(相棒・法友)にこの詩を贈ります
 今生で近くにいたのに、中々出合えなかった真友であり、法友であり、先生でもあるあなたに、この詩を贈ります。  今回は夫婦ではなく、メイトとしての立場で巡り合いましたが、同じ使命を心のどこかにひっかけて、阿弥陀さまとぼちぼち気楽に一緒に歩いていきましょう。 感謝していること  お互いが出合えたことは、苦しかった過去から解き放たれること、新しい形で使命を全うする機縁を、かの仏さまがプレゼントしてくれたのだと有難く感謝しております。  先生、やっと、人生の醍醐味を謳歌するスタートラインに... ...続きを見る

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2014/09/27 12:01
やっぱり仏教とのご縁が私にはあったのでしょう
 小学校で鎌倉新仏教を学び、真宗の教えが信心一つの救いだと知り、  中学の歴史の資料集のガンダーラの釈尊の仏頭の写真に心惹かれ  高校では歎異抄を謹書し、阿弥陀仏のご本願に思いを馳せました。 ...続きを見る

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2014/09/21 02:23
今、この瞬間を精一杯生きていますか?タイトルの意味
 これは私が御仏の願いを賜りそれをお伝えしていく中での溢れる想いを何とか形に残そうと始めたブログのタイトルです。今でもいくつかの投稿媒体とリンクしてこのブログは続けています。  なぜなら、きづきを賜って10か月後から始めた投稿記事は私の目覚めたときからの気持ちの変遷の記録だからです。これを残しておきたいという想いからブログが閉じないように毎日のように更新しています。 ...続きを見る

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2014/09/20 09:22
タダだそうだ、そのタダが分からない、タダだった
真理への到達の道には段階があります。  自分の力が何一つ間に合わないで真理に帰依して、融合して一体化した状態の時がタダと知らされた時として話を進めます。 ...続きを見る

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2014/09/18 19:00
サンデル教授の白熱教室
 時代は対話だ!  21世紀は今までのような講義形式の学びから、対話でお互いの理解を深めていく形に変わっていく気がします。  講義で一方的に話すのは教える側にとっては楽ですが、聞いている人たちはそれを十分に消化しきれないことがあります。 ...続きを見る

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2014/09/17 15:45
おばあちゃんの命日
 おばあちゃんは1999年の9月16日の未明に心不全でお浄土に還りました。 「私があの世に行ってもお母さんの事はお浄土から見護っているから。」 ...続きを見る

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2014/09/16 14:33
娑婆は火宅無常の世である想い
 「行者つねに娑婆の依正において火宅の想を生じて、無益の語を絶ち、相続して仏をねんずべし」『往生要集』  帰国後、O大学でのゼミで拝読した源信僧都のお言葉には、強烈なインパクトがありました。御仏がいつまでも旅行気分で浮かれていてはいけないと諭してくださっているようでした。 ...続きを見る

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2014/09/15 12:04
法蔵菩薩の願心
絵を描いて隠居生活などしている暇はありませんよ。  逃げて楽をしようとしている後ろ向きな私に、あちこちから周りの人が真理へ向かうお手伝いを主として生きるようにとのお誘いの手が掛ります。 ...続きを見る

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2014/09/13 18:02
サウサンプトンの会議のこと
輝く光明と対極の無力感とを携えての帰国でした。  阿弥陀仏のご本願は世界をあまねく照らすものであることを知らされました。  しかしながら、言葉・人種・ご縁の鉄壁に体当たりして、ブロックされ跳ね返されました。我が身の無力さを思いきり知らされた英国の旅でした。 ...続きを見る

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2014/09/12 21:58
阿弥陀如来のお導き(ご招待)で英国での魂の同窓会へ」
 みなさま、ごきげんよう。  いよいよ明日からイギリスです。  先生や家族を始めたくさんの方々の励ましや協力で渡英が叶いました。  目には見えませんが、全てが阿弥陀仏の思し召しと自覚して、現地でたくさんの方々と交流して学んで元気に帰ってきます。 ...続きを見る

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2014/08/27 08:32
嫌いな人は自分とは別の世界の人と見なし無理に好きにならなくてもいい
 どうしてその人を好きになれないかというと、相手が私のことをどうでもいいと思っていると気が付きました。  好きの反対は嫌いではなく無関心なのです。これが一番始末に悪いです。  その人にとって私はどうでもいい人なので、嫌なことを平気で言ったり、気まぐれや些細なことでドタキャンしたり、貴重な私の時間を浪費させても後悔の念に駆られることもありません。悪いことをしたと改心して、以後二度とそのようなことはしないと誓うこともしません。その人が自分のしていることにきがつき、言動を変えようと決意しない限り、... ...続きを見る

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2014/08/24 07:29
自由度が広がる生き方〜自分の出来ることは自分でする〜
 自分で自分の機嫌を取ることを書きましたが、ほかにも生活全般で心身を支えることは人を当てにしないで自分ですることが自由度を拡大します。    誰かや何かがしてくれることを待つ受け身の人生は他人や運まかせです。  そんなあてにならないものに対して口を開けて待っていても、牡丹餅はなかなかするっと入ってくれはしません。  牡丹餅が食べたかったら、作るなり買ってくるなりした方が早く楽しめます。人生短いので待っている間に死んでしまったら、食べない内に人生が終わります。  これは牡丹餅に限ったこと... ...続きを見る

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2014/08/23 22:10
こつこつ諦めないことが力になる
 今まであきらめなかったことは、御仏の願いを有縁の方々にお伝えすることでした。物心ついた時から御仏に護られているように感じ、いつかは信心を賜りたいと願ってきました。それが人生から問われている使命だと諦めないでいたら、数年前に真理との邂逅を果たしました。  その時より毎日のように御仏が今、ここで私たちすべての人間を救ってくださるのだからそれにきづいてくださいとネットでメッセージを送っています。  それでもなかなか聞かれる人が現れませんが、御仏に対する御恩報謝を憶うと諦められません。  メッセ... ...続きを見る

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2014/08/22 14:15
解決策のない問題の指摘は恐怖を煽るだけだから・・・・・・
 デマやありもしない噂がこの世の中にはたくさんあります。  都市伝説とか陰謀説とか言われて、善良な市民の恐怖を煽ります。  子どもの頃に1999年までに地球が滅亡すると言われていましたが、とても住みにくくはなりましたが、いまだに世界も日本も存在します。 ...続きを見る

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2014/08/20 01:46
奥深く度量の広い人でいるために
 上品さを最近考えていますと、その反対が表面的な浅く狭い範囲でしか物事を捉えられないことなのかもと思い至りました。  物事には何らかの法則や因果応報があるのに、何か起こるたびに大声を上げて泣いたり叫んだりよろこんだり悲しんだりするのはいかがなもので、下品でさえあるような気がします。    真理との邂逅を果たしてからは益々、自分の身に降りかかることは因果応報かもしくは御仏の善巧方便と捉えて、やってくることに身をまかせてお浄土への道を御仏と歩ませていただいております。 ...続きを見る

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2014/08/19 18:23
サイコパスや陰謀説に対する考え方
「サイコパスや陰謀説に対する考え方」  何とか資本や何とか教による選民思想による大量殺戮が止まらない。  アジアやアフリカなど有色人種の住む空から病原菌やウィルスが撒かれ、予防接種のワクチンに様々な病原菌を紛れ込ませ、病気を引き起こし、人口を減らす計画がある。人体実験なので、自分たち以外の人種がどうなろうと構わないし、細菌兵器の利き具合をためしているだけ。また、それらを治す薬を売る禿鷹商売が横行している。 ...続きを見る

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2014/08/17 22:13
上品さが漂う文章・生き方
 今まで気が付きませんでしたが、何と言っても、文章では日本の古典の源氏物語や伊勢物語。 これらは和歌を中心に据えて、物語が展開します。和歌の解釈は読者まかせで、細かいところくどくど書きませんが、想像にまかせますというのが洗練されて上品だと感じられます。筆者の考え、感想などは出来たら書かず、淡々と事実や短歌などを書き進めていくことが、読者の想像力を高め、深めていくことなのかもしれません。 ...続きを見る

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2014/08/17 13:30
救われたい魂の叫びと知的好奇心は雲泥の差
 自分が何処から来てどこへ行くのか気になる  死んだら魂が無くなってしまうのではないか  今生で何のためにこんな苦しい思いをしているのか  誰にも打ち明けられないこの胸の思いを何もかも分かる真理と出値いたい ...続きを見る

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2014/08/13 00:24
言いたいことはたくさんあるのに・・・・・・
 英語の単語・イディオムがわかれば、文型がわかれば、外国人と意思の疎通ができるものと簡単に考えていました。  いざ、メールのやり取りをすると、お前の英語は分からないと言われ、先生が見るに見かねて、英国人に出す前に私に英文を送ってくれたら、それを添削しますから、そのようにしてくださいといわれ、送りました。念のために日本語も付けて送りましたが、日本語も分からない所を指摘されて、かなり落ち込んでしまいました。  日本語すら相手に分かるように書けない自分に修士論文が書けるのだろうかと不安になってしま... ...続きを見る

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2014/08/12 20:58
先生が生活の糧だけで生徒を教えるのはもったいないと思います
先生は毎年のように新しい生徒を受け入れ、卒業させて、自分も定年になりやがて学校を去ります。  定年までの一瞬一瞬を生徒に自分の真摯さや誠意を見せないと後で後悔するでしょう。  いい加減に過ごすことは生徒だけでなく、自分にとっても佳くないことです。 ...続きを見る

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2014/07/29 09:59
欧州の集まりについて
今回の英語のメールの添削のやり取りで、英語ばかりでなく、日本語も拙く自分の気持ちが表現できていないことも知らされました。  たくさん言うより、短い言葉で言わなくてはならないことがたくさんありました。  夢ではなく強い意志で参加することだったり、ダダそこに参加するのではなく、阿弥陀仏を通しての心の交流を持ちたいとか、お邪魔かもしれませんが会場準備のお手伝いしたいとか、所属はなくても仏教を学んでいて、日本では人にもお話ししているとか  先生の方が私の気持ちを汲んでくださり、誤解のないように... ...続きを見る

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2014/07/27 10:41
何でもハッキリさせることは奥ゆかしくないばかりか息苦しいのでは
  大学の法学部で55人の中で女子が5人という環境に身を置いてから、その状態がとても心地よく私には合っているように感じました。  争うことはしたくないし、譲れるのなら譲って自分は後回しでも構わないとずっと思ってきた私には、自己主張する女子たちが苦手でした。  学生時代、周りの男子は権力欲に取りつかれた一部の人を除いて、「どうぞ」と人に譲ってくれる人が多く、その中では私も同じように譲り合い、そんなに剥き出しのきつさを感じないでいられました。  おそらく女子校に行っていたら、居場所もなく... ...続きを見る

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2014/07/26 07:35
恩送りー貧窮・孤独・死別・仕事などで死ぬほど辛い所を通った人しか私は信じません
 子どもの頃、生家が貧しく給食費が払えなくて「忘れました」と何日も言っていたら、先生に「では取りに帰ってきなさい」と言われてそのまま学校に帰らなかったし、兄弟と「払えないもの仕方ないよね」と言い合ったという話をある方から聞きました。悲しくて胸が張り裂けそうな気持になりました。思わず泣いてしまいそうになりました。 ...続きを見る

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2014/07/24 22:54
本当に手に入れたいものは心のブロックが外れたら今すぐ手に入る
救われたいと思って宗教団体に属している人たちのほとんどは本当に救われたいと思っていないでしょう。  何故なら、本来の目的である真理との対峙をしている人を見ないから。    口では救われたいといいながら、団体の世話や金儲や名誉を得ることに一喜一憂している人をたくさん見てきました。  そして無常が迫ってきているのにこんなところで仲良しごっこのお遊びはしていられないと団体を出ました。 ...続きを見る

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2014/07/18 07:52
本当に心から真理との邂逅を望む人は滅多にいないことがようやく判ってきました
  いつも御仏の方ばかり向いていた私は、ほかの人間の思惑を全く気にせず生きてきました。とにかく中途半端なことが苦手です。  勉強も仕事も手を抜かないというポリシーで何事にも取り組んできました。  何しろいつも御仏が私をみまもってくださっているので、いい加減なことをすることやましてや嘘をつくことなどとんでもないことでした。  救われていない時も、御仏を悲しませるようなことは極力避ける生き方を目指しました。    もう自分の力が間に合わない、もう自分では助かる見込みがないと自力がすたったと... ...続きを見る

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2014/07/17 00:13
存在するのは真理で正義じゃない
正義や正しいということをいう人が苦手です。  そんなものはないと知っているから。  正とか義を振り回すと争いが起こり、戦争につながります。    御仏の智慧や慈悲の前では、みんなが平等なので争いは起こりえません。  21世紀は20世紀で学んだ無為な戦争の反省を踏まえて、地球というものを全体として国境や境界線をなくして、互いの利害関係を乗り越える時代にしていきませんか。  それは子どもたちや、まだ生まれてきていない人たちのために。 ...続きを見る

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2014/06/25 21:58
体験と理論(教学)の両方を説くのは難しい!
 宗教家と呼ばれる人で歴史に名を遺した人たちは、真理との邂逅の体験がおそらくあり、それを理論立てて説法していきました。  本当は体験だけで構わないのですが、小賢しい人たちを納得させるためには、理論や理屈が必要だったからでしょう。  後に教えに基づいて体験を獲た人たちは数多くありましたが、教えをその時々に応じた言葉で、時には外国語を翻訳して残した人はその中でもわずかです。 ...続きを見る

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2014/05/24 18:47
実践的な布教活動と僧侶もしくは教師として知識を講義することの違い
 目の前のこの人に御仏の願いを今、賜って欲しいと念じながら話すこと、書くこと、タイピングすることと、信心がなく、単に知識を伝えることで生計を立てることで向き合うことでは、たとえ同じことを伝えていても、その意識に大きな違いがあることにやっと私は気が付きました。 ...続きを見る

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2014/05/19 08:05
憂きことも悲しきことも全てが方便・・・・・・
 楽しくて、嬉しくて、自分の思い通りになることばかり起こっていたとしたら、果たして私は真理を求めたでしょうか。  おそらく、そんな境遇でも、関係なく、きっと真理を求めたと思います。  ただ、苦しみの中に身を置かなかったら、叫ぶことも泣くことも出来ないくらいの絶望の内に身動き取れないところでずっと時を過ごしてこなかったら、人に伝えようとはしなかったでしょう。 ...続きを見る

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2014/05/18 19:51
御仏の願い(真理)をお伝えしている方へのエール
 どうかご自身の無力を嘆かないでください!  本願にすくい取られてから5年余り、私は毎日に何らかの方法でその境地の素晴らしいことをお伝えしてまいりました。御仏のお名前を称えながら。  これが私の人生から問われている使命だと、ハッキリ知らされたから。    私には才能も、能力も、超能力もありません。ただの愚鈍な怠惰の塊の凡夫です。しかし、それでも受けた御恩が大きいので、休むわけにも、死ぬわけにもいきませんでした。  なぜ、聞いてくれる人がないのだろう、必死で話しても、そこへ行っても助から... ...続きを見る

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2014/05/18 16:54
心のフレームをなくしていただく
 自分はこんな人間だ  人からこう思われている  こういう思いこみは実際は違っていることが多いです。  心のフレームとも言われます。  その範囲の中で、そう定義付けられた自分を演じるだけの人生なんてもったいないです。  どうか、自分の無限の可能性を信じで、少しずつフレームを拡げませんか?   ほかのことは、いきなり外すことは自分の力では難しいですが、魂の迷いだけは御仏が一瞬で取り去ってくださいます。 ただ、「そうなんだ」と信じるだけです。それだけです。  これが一番難... ...続きを見る

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2014/05/07 08:43
「無常観と罪悪感」をあぶり出して、それが無くなれば「迷界」とさよならです
  仏教で、ご縁のある人は「無常観」「罪悪感」を感じる人だと言われています。  感じない人よりは、それが苦しみの元だと分かっているので、手放しやすいのかもしれませんが、感じていない人は刹那的に生きていられるので、感じている人の方が、中途半端に辛いような気もします。  それでも、刹那的に生きている人も、そうしている内に「無常観」「罪悪感」を感じるようにシフトする前段階と捉えるなら、まだ迷界を離れる段階に近いのかもしれません。 ...続きを見る

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2014/05/06 11:24
普段は追いかけたりすがったりはしないけど、死なれた時には・・・・・・
 あっさり、さっぱり、すっきりを信条として生きている私ですが、おばあちゃんと大学時代の大切な友だちが他界した時にはさすがに落ち込みました。 もっと、もっと一緒の時間を共有して笑い合いたかった。心を通わせ合いたかった。もう一緒に居られない、その人たちと同じ空間で今生過ごすことのできない寂しさに直面して、3か月くらい立ち直れませんでした。 ...続きを見る

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2014/05/06 01:56
本当に必要で大切な邂逅は、突然訪れ、無償で獲られる
 ある人が真摯に生きていて、真理を獲たいという想いがあって、それが思い出すのではなく体の一部になるくらい自然なものとなった時、必ず邂逅が訪れます。  そんな素晴らしい人を真理も、もしくは真理を体得した人も知っていながら放っておくはずがないではありませんか。いきなり真理を受け入れるのは無理があるので、既にそれにきがついた人をきっと差し向けてくれます。    それは本当に偶然的なこともあり、ミラクルだと思われるような出合いだったりすることもあるかもしれません。  普通だったら、この人とは絶対... ...続きを見る

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2014/05/05 19:45
若い人の純粋さは時として盲目でもあり・・・・・・
 18歳で某真宗の団体と関わって、40代半ばまでそこの会員でした。  その団体と縁があって、4年後くらいに、講師養成の学校が出来ました。先輩や同期、後輩が仕事を止めたり、大学を中退してこぞってその学院に行きました。  浄土仏教は在家のものだという信念を持っていた私は、どこかの団体の僧侶や布教使になる気はありませんでしたし、今もさらさらありません。    名の知れた大学にせっかく入って、後の人生の成功を約束されたと思っていた子どもたちが、何が悲しくて新興宗教団体の講師になるのかと、親御さん... ...続きを見る

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2014/04/29 17:24
今の自分は二度とないから、本当に心から望むことをしましょう
 こんなことをいうと、妬まれたり、僻まれたり、誤解されたりするかもしれませんが、生まれてこのかた、人に悪く思われないためのことや、気が進まないことをしたことが不思議とありません。  本当に義に適わないこと、嫌なことは断固お断りしてまいりました。だからといって殺されることもなかったので、今現在生きています。 ...続きを見る

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2014/03/22 22:27
夢も希望もないことが一番心地よいのかも
 夢は儚く、希望は希な望みです。  おそらく未来に向けての、今はない願いが叶うことを意味しているのでしょう。    現在の私には何の夢も希望もないことに気が付きました。  特にこれといって欲しいものはありません。  様々な好きな勉強に打ち込め、連れ合いも子どもも自律していて、借金も病もなく、顔を見るのも嫌な人も周りにいません。 ...続きを見る

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2014/03/22 07:59
親御さんの真の願い(お話し76)
かずさま たかさま みつさま こんばんは ...続きを見る

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2013/07/26 22:56
受け取る能力の高い人=与える能力の高い人
たとえば、入れ物に何かが入っていても、一杯にならないと溢れません。 慈悲や愛や思い遣りなどもそういうところがあるのではないかと最近感じます。    一杯になる早さは、周りの影響というよりも、本人の生まれる前に描いたシナリオによる周りの配役や自身の認知能力なのでしょう。  恥ずかしながら、私の周りには素晴らしい人々や本やそしていつも見守って下さる御仏の智慧と慈悲の光が充満していたのに、ちっとも気が付かず当たり前に思って、まだ足りないと不平不満を言う毎日でした。  私の御恩に対する認知能... ...続きを見る

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2013/07/17 06:55
親御さんの真の願い(お話し66)
 本当は真実を生きたい、真心を以て人と接したいと思っていながら、名利のために、人に勝ちたいために正反対の生き方をする人がいることは分かっていました。   それでも御仏に救われた人にはそんな生き方を改めて、真摯に生きて欲しいという叶うことのない願望を捨てきれなかった私でした。 ...続きを見る

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2013/07/13 23:27
親御さんの真の願い(お話し65)
 疑いについては、聞く側の問題よりも、説く側に問題があることも多いことは事実です。  前にも書きましたが「勝他 利養 名聞」を目的に教えを説いたら、それを見抜かれて、教えが真実であっても離れていく人がいます。     それから、聞く人は迷った価値観を持っているので、たとえば有名な寺の僧侶や布教使であったり、大学の教師など、名前の知れている人の話を尊いと思い込んで、私のことなど初めからバカにして聞かれない人がほとんどです。    磁石になって磁場に引き寄せて、お浄土にご一緒したいと願って... ...続きを見る

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2013/07/13 09:06
親御さんの真の願い(お話し62)
「真理の光源」を疑い文句を言い受け取れないことは次のことと似ている気がします。  思春期に私は反抗することなど考えられなかったのですが、自分の子どもが甘えて、呼んでも返事をしなかったり、口答えをするなどして私に対して冷たい態度を取ることをとても悲しく感じています。  子どもの幸せを願わない親はいないのに、なぜこの気持ちがわからないのだろうと身を切られるように辛いです。  特別難しいことを言っているのではありません。使ったものは元の場所に片付けよ、脱いだものは洗濯機に、ゴミはゴミ箱に直す... ...続きを見る

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2013/06/28 09:18
親御さんの真の願い(お話し54)
たかちゃん、みなさま こんにちは ちえです。 ...続きを見る

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2013/05/19 07:29
親御さんの真の願い(お話し50)
みつさま、かずさま、たかさまこんばんは ちえです。 ...続きを見る

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2013/05/08 21:47
親御さんの真の願い(お話し49)
かずちゃん、たかちゃん、おねえちゃん こんにちは ...続きを見る

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2013/05/08 08:26
日本人は御仏の願いとともに世界のリーダーに!
 オリンピックを見ても、ほかの大会や学会やノーベル賞などの授賞式でも、日本人がまず口にすることは周りへの感謝です。  世界中探しても、みんながみんな自分以外の人に対して「感謝」する国は見当たりません。  たいていは自分の努力や才能を声高に叫びます。  たとえ本人に類稀な才能があり、血のにじむような努力をしても、親が生んで育ててくれなかったら、周りの人の助けがなかったら、ここまでこれらなかったことは忘れています。  ところが、日本人はそのことを小さいうちから周りを見てか、先達の発言を聞いて... ...続きを見る

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2012/08/28 12:41
御仏の救いに底を敷くなかれ!
 「今、ここで救ってくださる御仏の願いを疑うことが、人間にとって最も罪深いことですよ!」  このように言われて以下のように答えられる方は、本当に幸せです。  「はい、その通りでございました。確かに疑いがなくなり、救いを賜りました幸せ者でございます」  このようにきっぱり言えて、御仏のお名前を称えさせて頂ける身にならせていただけるところまで、御仏に向かってください。 ...続きを見る

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2012/08/24 20:42
スパイラルダイナミクス8段階
 人間の進化の歴史を「スパイラルダイナミクス」の8段階で表していることを授業で学びました。  日本語の質問事項に答えて、点数を合計していき8段階目が断トツで多くなりました。  レベル3は0でしたし、8に至るまで緩やかに上がり、8が突出していました。  それでもレベル2も点数が高かったのは翻訳だったので、どうも意味が判然としないものがあったのかもしれません。元の言語ならもっとハッキリ出たのかもしれませんが、やっていないのでわかりません。 ...続きを見る

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2012/07/26 20:03
もし壊れているなら、直さない・・・・・・
 これはゲシュタルト療法のクリスティン・プライスが提唱しているらしいですが、「直さない」のはその通りと感じます。  これができるかどうかは別の話として、そのまま、ありのままで置いておくのがいいでしょう。  ただしもし、壊れていないとしてもも手を加える必要はありません。 ...続きを見る

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2012/07/25 19:19
宗教と学問の間に立ちはだかる高い壁
 宗教とは生きることと全く重なるものだと私は捉えています。  一方、哲学などの学問は、生きている中の一部でしかないと痛感しています。    宗教はその人そのものです。  その人が感じていることそのままです。  自分に対しても人に対しても嘘のないものです。    ところが、哲学などは理想の姿、目指すべき姿であって、「今、ここ、この瞬間」である必要はありません。  そこに大きな壁があるような気がします。  宗教的体験は憶いと言動と一致しますが、極端な話、学問は机上の空論であってもい... ...続きを見る

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2012/07/23 12:45
疑いが晴れたとはどんな?
 「信じている」は、疑いを内包しています。  疑いが晴れたのは、「信じている」のではなく、「知っている」のです。  たとえ0,00000001でも疑いがあれば、「知っている」とは言えません。  明らかになった過去の事実は「知っている」と言えます。    簡単な割り算をしてみます。  1÷1=1です  1÷0、1=10です  割る数が0、0000000000000001は、答えはとても大きな数になります。  それでも、少しでも疑いがあれば、無限にはなりません。  0になったとき... ...続きを見る

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2012/07/15 01:44
NPO法人設立に向けて
 ある企画を立てています。  完成したら皆様にもお知らせします。  皆様の苦しみを抜き楽になれるようなものにします。  なかなかありそうでないような、公益に資するものにできたらと一生懸命考えています。  お役に立てることや、御協力してくださる方がたくさん出てこられることを念じています。    御仏の願いのきづきを、一人でも多くの方々に、賜っていただきたいのですが、それ以前の問題として、目の前の苦しみが酷くて生きているのも辛い人もたくさんいます。  救われてからも、苦しいことは以前と... ...続きを見る

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2012/07/14 23:14
人間の長生は孫育ての為という学説有り
 おばあちゃんは自分のことも世の中のことも、子どもの私から見てもよく分かっていました。   細かいことは大目に見て、最後に辻褄が合うように調整してくれていました。   一緒にいてのんびり、ゆっくり、安心できました。 ...続きを見る

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2012/07/13 20:34
妙好人
 世の中には歴史に名前が残ったり、今、現在リアルタイムでも、広く一般の人に知られている偉人がいます。  宗教や宗派の教祖や、中興の祖といわれる人や宗教改革をした人、世界的に有名な宗教学者などは、社会科の教科書などに載るなどわりあい知られています。  真宗の信心を獲得した人で、僧侶でもなく、学者でもないけれど、世の中に影響を残した人は「妙好人」と言われていますが、それらの人たちは知る人ぞ知るといった感じで余り知られていません。 ...続きを見る

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2012/07/13 08:59
どうしてもあいたい ヨーロッパの人たち
 昨日の記事のことで、尊い方が親切に御教示してくださいました。  まず、念仏は「称える」ものであり、「唱える」ではないということ。  御仏のお名前は、役者が台詞を言うように何も考えず「唱える」のではなく、尊いお方と褒め称えるので「称える」が正しいでしょう。さっそく訂正しておきました。御仏のお名前を称える気持ちに御恩報謝の意味もあります。 ...続きを見る

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2012/07/12 01:14
仏は常に在せども、現ならぬぞあはれなる、人の音せぬ暁に、仄かに夢に見え給ふ (梁塵秘抄)
 物心ついてときから、見えないけれど尊い仏様に護られているような感じを受けて生きてまいりました。  寺に生まれたわけではなく、幼少の頃、法座にも参るご縁もありませんでした。  祖母がお寺や近所の冠婚葬祭で「お念仏」を称える「念仏講」にあちこちで呼ばれて、そのお供物を持ち帰ったのをいただいたくらいです。  小学校高学年に歴史で鎌倉新仏教を学び、その頃鎌倉に遠足に行く機会もあり色々調べました。  法然聖人・親鸞聖人の阿弥陀仏の救いの文章を一目見て、私が今まで護られているように感じていたのは、... ...続きを見る

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2012/07/11 08:56
「さとり、救い」について
 初めにお断りしておきます。  今日の記事はちょっと長いです。  内容的にもついていけないと思われる方は、途中でスルーして下さっても結構です。  私自身も、この内容を理解するのに、40年以上、掛かりましたので、宜しくお願いします。    宇宙は規則性を持って成り立っているようです。  「 something great」が働いていて、私たちが真実の方向に導かれているという考え方は、科学者の間では、普通にあるようです。  「something great」を説明する為に、以後この記事... ...続きを見る

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2011/02/06 14:02

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