この世は多様に膨張しながら佳い方向に改善されつつある

何かを発信すると、それに対するコメントが世界中から押し寄せてくる時代です。
 政府の方針で情報が遮断している国以外は、国民は自由に世界から情報を取り寄せられます。物品よりもこの情報の方が人生を豊かにしたり、為政者の偽りの政策を見抜く知恵が獲られたりもします。

 情報や知識がないと人は非人道的な犯罪行為の中にいても、それは受け入れるべきものなのだと思い込みます。
 極端な例として、性犯罪があります。
たとえば、未開の場所の人たちが少女たちを集めて、レイプを伴う儀式を当たり前のように思っていたけれど、それはやっぱり気持ちが悪いし、変だと思っても誰かからそれはおかしいと教えてもらわなければ声を上げられません。
 先進国でも幼児に対して、親や祖父母や親せきや近所の大人が性的虐待をしていても、幼児がそれを自身の身体に対する大変な侵害行為であり、許すべからざることだということが分かる知恵を持たない内は、内緒だと言われ言うことを聞いてしまい関係が長く続くこともあります。

 一方、情報は感情の共有という温かい共感の輪も広げます。
 オリンピックのスケートの初日に失敗した浅田選手に対して世界中の人が彼女に直接メールを送ったり、ブログやSNSやツイッターで声援を送りました。
 順調に金メダルを取ったとしたら、これほど反響はなかったでしょう。
 自分も不遇な中、乗り切ったり、今辛かったり、頑張っている彼女に自分を重ねたり、いろいろな思いでパソコンに打ち込んだのでしょう。

 反対に知らない方がよかったということも、これもたくさんありますが、知ったうえで、それを受け入れるか、改善していくかを考えていく方が私はいいように感じます。
 封建時代では知ることのできなかったこと、新しい発想、柔軟な対応などをたくさんの場所から知ることが出来る今の時代を、自分が人生から問われている志を果たせるものを選択して、生かしていく所存です。
 感謝していること
 何だか気分がいいです。

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