民衆が望むことは真理に導かれ生きること


 一部の人が大金を持ち、ほかの人が隷属状態の世の中を誰も望みません。
 そんなことではダメだと、東北の震災が教えてくれたのではないでしょうか。
 自然の脅威の前では人間の力は無力です。
 地震で押し潰され、津波にのまれて絶命します。

 ただ、人災は避けることが出来たはずです。原爆投下の時空襲警報が鳴らなかったのは、政府が原爆を落とすことで戦争を終了させるという密約を飲んでいたからだという説もあります。
 それなら、広島、長崎の人たちは何だったのでしょうか?投下後も、適切な治療は行わないで、人体実験のレポートを取る道具のような扱いも受けた人もたくさんいます。

 一部の人たちにとって、一般大衆は虫けらと同様なのでしょうか。
 資本家・株主は額に汗して働きもせずに、バカンスを楽しみ、贅沢三昧です。
 一方、庶民や若者は自己責任だと競争させられ、その結果、敗者は仕事がなくインターネットカフェなど木賃宿と昔は呼ばれていたところよりも酷い環境で寝泊まりして、「派遣さん」と本名も呼ばれないで仕事をしています。

 そんなことを若者にさせる国はどうかしています。
 おかしいことをおかしいと言える人がトップに立たないと、みんなが苦しみの渦の中でもがき苦しむことになります。
 どうか、上に立つ人、政治的指導者は御仏の智慧と慈悲の詰まった願いを賜ってください。そしてみんなが笑って暮らせる世の中にしてください。
 そうなれるのなら私はどんなことでもします。微力ですが、怠惰を押して出来ることをさせていただきます。
感謝していること
 公文の国語の高校終了過程のテストに子どもが合格したと先生が教えてくださいました。数学の中学と英語の高校の範囲の復習もこの春休みに終わらせ、中学からは高校の数学をぼちぼちしていく予定です。

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