根本の解決をせず表面を取り繕う人たち

民意なんて反映している国政選挙は近年ありません。
 みな巨大な某国の意向に沿う結果になっています。 
 日本国民は原発を反対する政党に投票しているのに、投票用紙をそっくりそのまま、捨てられてしまったり、経済優先の党に開票機械が書き換えたりすることも大いに考えられます。
 
まずは、機械から人間の手による開票に戻し、自主的な市民の出口調査を徹底するなど不正開票が行われない選挙を取り戻すことをしなければ栓がありません。
 選挙制度の不正をそのままにして、いくら大義名分の素晴らしい政策を唱えても何にもなりません。

 それと同様に、仏教の教えを聞く人たちも、ただ聞いていさえすれば極楽に行けるような勘違いをしている場合ではありません。
信心を賜る体験がなければ、また六道輪廻を繰り返すことになります。
 せっかく真実の仏法に遇えたのにも関わらず、また迷い苦しむことになります。
 命が終わるまでに、御仏の願いを信受ことが大切だと、一日も速く救われてくださいとお話しされる人の話を聞いてください。

 そもそも、次に人間に生まれてくるのは遠い先です。こんなチャンスは二度とないのにみんなあまりにもぼんやりして、急ごうとしないのは、真実を説く人が余りにも少ないからでしょうか。
 救われた人はまだの人たちに、話をしていこうというよりも保身や煩悩に流されるばかりで、御恩報謝はなかなかできないのでしょうか。
 こんな素晴らしい身に救われたことを、日々よろこんで、話したり書いたり毎日している私にはよく分かりません。
感謝していること
 娘のお祝いと一緒に贈られたお手紙に尊い想いが込められていたことを知らせていただきました。ご厚意に感謝します。

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