救われると今臨終になっても全く未来に対する怖れが無くなる

死んだらどうなるのか、どこに生まれるのかは人間にとって一番の関心事であり、それを怖れるがために、人と争ってまでお金や食べ物を奪い取ろうとする人さえあります。
 不安を煽って戦争に駆り出す為政者も、このままだと外国が攻めてきて皆殺しになるから、戦争に行って、戦って死んで来いと言います。
 何もしないで死ぬのと、戦って死ぬのでは戦地に行って戦った方が、死後いいところに行けると考えるように仕向けます。
 それは全くのまやかしです。戦争で死んだらその霊が英霊になっていいところに生まれるといったお花畑を信じている人がいまだにいるならとても残念で悲しいです。
 
死後に極楽地獄のような世界があり、そこに生まれるといったビジュアルの想像上のものがあるのかどうかは死んでいないので分かりませんが、生きているときにいい事をした、悪いことをしたとかいうことでは決まりません。
 煩悩にまみれた人間のすることなど、さほど変わりません。末法の世で、修業でさとることも難しいでしょう。
 この世のことならある程度努力することで叶うこともありますが、六道の迷いから抜け出て、いつ死のうともう迷いの世界には二度と戻らないという身になるには、御仏の願いを信じるほかはありません。

 戦時中はどの宗派も戦争を煽り、協力してきました。その反省を今こそよくよく思いだし、二度とそのようなことがないようにしていかねばなりません。
感謝していること
 いろいろなことがサクサク進みます。

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