お互いが分かり合えないのは死の恐怖から自分を守ろうとするから

自分が死なないために、誰かを捨て駒にして戦わせ、そいつが死んでも構わない。それぞれが自身の人生から問われている目的全うするために生まれ生きている他人は奴隷でも家来でもありません。
 
自分さえよければいい、今生では使い切れないような限りない金銭欲望を満たしたい我利我利亡者の為に命を落とすつまらない生き方はしたくない!
 このように感じた若者とそれに共感する自分の人生を大切にしている大人たちは声を上げ、立ち上がっています。

 インターネットの普及のお蔭で世界中の若者たちは既存の価値観に疑問を抱いています。
 原爆を否定するアメリカの若者は半数を超えてどんどん増加しています。
 大人たちの説明を素直にそのまま受け入れるのではなく、自分で日本に来て広島や長崎を訪れ、現地の人の話を聴と若者たちは考えます。
 しかしながら、自分を守るために戦時中言い訳をして、人々の苦しみを受け入れないと封印した老人たちは同じように惨状を見聞きしても感じないふりをして考えもしません。

 これからの世界を変えるのは若い人たちです。
 私は彼らを応援する。
 宗教家として今生の今、ここで、真理との邂逅を果たし、死の恐怖を克服し、サムシング・グレートに全てをまかせ満足と安寧の内に生きられるがあることを伝え切ります。
 恐怖からくる劣等感を煽り、人々を闘争状態に陥れ、物のように焼き尽くし無き者にするような為政者を許してはいけません。
 
 声を挙げましょう。それも世界の若い人たちに向かって!
 恐怖におびえた劣等感を持つ、変わりたくない人、耳をふさいでいる人たちに何を言っても始まりません。
 名もないそこらにいる人も全てが人生から問われている目的があるのです。それを果たすために平和は必要です。だから平和の記事を私は書いています。
 真理との邂逅が真の目的ですが、それ以前に言論を封鎖され、爆弾が落ちてきて死んでしまってはなにもなりませんので。
 自分の場所で自分の出来ることをして、同時に発信していきます。
感謝していること
 平和を訴え行動している人たちがたくさんいる日本を私は誇りに感じます。
 

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