真宗カウンセリングに法話を

 僧侶の立場からすると法話をしてから、そこで聞いたことを示談や談合などで話すということが常であるかもしれません。ここでその発想を転換してみるのも一つかもしれません。まず、法話の前に、どのようなことを現在気に掛けていて、どういう話が聞きたいのかをあげてもらって、その要望に基づいて、法話の内容をその場か、後日決めて説法を聞いてもらう方法がよいように感じます。そして、聞き手の言われていたことを法話に盛り込んで話します。そしてまた、法話の後か後日にカウンセリングを行います。カウンセラーが話したいことを一方的に話すより、クライアントが聞きたい話をした方がさらに真剣に聞け、カウンセリングの効果も上がります。

 法話がなぜ必要かというと真宗カウンセリングだからです。至極当たり前のように感じられるかもしれません。教えを早いうちに前面に出すことはカウンセリングを成功させる秘訣です。真宗と銘打っているのですから、法話が間にあっても違和感はないでしょう。一つ一つの表面上の人間の問題というより、それらを超えられるものを獲たいと来られる方々に説法を抜きでは真の意味での問題解決は成しえません。僧侶の資格を持っている人でもそうでなくても法話はできます。クライアントがもし法衣を着てくれと頼まれるなら、そうしたらいいし、普段の格好でお願いしますと言われたらそのようにしたらいいです。クライアントの要望に一つ一つ答えて行ったらお互いの合意ができていくでしょう。カウンセラーが説法に不慣れなら、僧侶に同席することを依頼したらいいでしょう。

 できれば、カウンセリング、法話、カウンセリングのサンドウィッチのような形の方がよりクライアントがしっくりくる話になる気がします。聞きたいこと話を尋ねて(事前に手紙やメールで尋ねてもいいです)、法話を行い、それについて共に話をすることをセットのパターンで試みてみることも、真宗カウンセリングをより佳きものにできると考えました。

 話したら話し放し、聴き放しではなかなか理解が深まりません。クライアントの話を聞いて次回もカウンセリングが必要なら法話をその次にするとか、法話は毎回入れることにしても15分くらいの短いものにするとか色々なパターンを試してみるのもいいのかもしれません。

 カウンセリングの立場からすると、法話を取り込むということは奇異に感じるかもしれませんが、「真宗カウンセリング」なので、真宗の教えを熟知したひとが話す前提で、クライアントもそれを承知で来ているので問題はない気がします。むしろ法話がない方が「真宗カウンセリング」としては物足りなく感じる人もあるかもしれません。こんなことを思いました。

僧侶もカウンセリングを積極的に学んで、法話にカウンセリングを取り入れられるようになるといいです。

感謝していること
 法話を長いこと何度も聴きつづけた日々を思い出します。それはそれで有難かったです。人生には何一つ無駄なことはなかったと知らされます。


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